第42話 猿飛佐助

桜と蒼紫の前には、二人の腹心を先行して歩ませながら、

石川五右衛門は後方の守りについた。

移動と共に気配を感じさせる事の無い、微かな葉音が

耳元に届く程度ではあったが、広範囲に精鋭200名の

忍者部隊を配して、完全な守りを敷いていた。


誰もがいつでも命を投げ出す覚悟をしていた。

前方にいた飛燕ひえんの足取りが止まった。

零燕れいえんはすぐに飛燕の更に前に出て、すぐさま

印を結ぶと、意識を失った彼女を彼はそっと支えた。


蒼紫と桜は後ろにいる五右衛門をサッと見たが、

彼は真剣な眼差しで頷いて、問題ない事を二人に伝えた。


ほんの僅かな時間であったが、急な事であった為、

時間の経過を長く感じた。


1分ほどして、何事も無かったように彼女は目覚めた。

五右衛門はすぐに話しかけた。

「問題か?」

「いえ。私たちには関係ないかと思われますが……」

「判断は俺がする。何を見たのか言ってみろ」

「佐助さんが戦っていました。相手は例の者たちです」


少しの間の後、零燕に問いかけた。

「敵は何名ほどだ?」

「20名ほどいました」その問いの答えに神妙な顔色を見せた。

「あの者達は猿どもを殺しているのか?」

「いえ。全ての者は徒手で戦っています」

「確かに問題ないな。先を急ごう」


桜は零燕に近寄り、背中を軽く叩いて意識に触れた。

「さっきのは何ですか?」

彼女は優しく微笑みながら答えた。

「あれは意識を飛ばす術です。範囲内は個人によって限られますが、

簡単な術ですけど無防備になるので使う場合は誰かが必要になります」

桜の好奇心溢れる眼差しに、昔の自分が重なり合い、笑顔で問いかけた。

「よろしければ今度お教えしますね。ただ危険も伴うので蒼紫さんがいる

時などの時だけお使いください。先ほどは鳥の意識を奪って上空から

見たのです」桜は唯々、憧れるように彼女を見つめていた。

「はい! ぜひ教えてくださいね!」

零燕は優しい顏でゆっくりと頷いた。


そんな様子を見ながら、蒼紫は後ろにいる五右衛門に話しかけた。

「石川殿、この辺りはもう幸隆の領土なのですか?」

「旦那、石川殿はやめちゃーくれませんかね? 

言われ慣れてないんで、何かむず痒くなっちまうんでね。

気軽に五右衛門と呼んでくだせーや」


「分かった。俺の事も蒼紫と呼んでくれ」

「じゃあそういう事で。えーっと、この辺りはもう真田の領土で

まだ見えてこないが、難攻不落の要害になってますぜ」

「幸隆の采配が見事なのか?」

「采配は確かに見事だが、この辺りの立地を活かして、

高い場所に周囲を囲むように櫓を幾つも立ててるんでさぁ」

蒼紫は辺りを見回しながら登って行った。

「なるほどな。辺りは山々に囲まれて天然の要塞になってるのか。

確かにここを落とすのは骨だな」


蒼紫が回りを見渡しながら歩いていると、

木から木へと素早く飛び移りながら、一瞬のうちに五人は取り囲まれていた。

「悪ふざけが過ぎるぞ! 出て来い! 佐助」

パッと見だけでも百体以上の猿が、

頭上の條々じょうじょうに光を遮るほどいた。

その中から身軽に本物の猿のように、巨木の上からスッと降りて来た。


「旦那、久しぶりですね。今日は賓客が来るって聞いてやしたので、

警護のつもりで来ましたが、必要ありやせんでしたね」

「当たり前だ。俺が厳選した精鋭200名の伊賀忍者たちだ。

信長様の命令でな、俺が警護につかされたのだ」

佐助は覗き込むように、蒼紫と桜に目をやった。

「二人だけの護衛にこの態勢とは、確かに賓客だ。

あっしは先に戻って、幸隆さまにご報告してきやすね」


「ああ、ついでに猿たちも連れていけ! ここまで来れば必要ないし、

忍の部隊もいるからな。それに幸隆殿ならお前以外にも手は打ってるだろう」


その五右衛門の言葉で、何かあるかのように佐助の口元が緩んだ。


「新顔の御両人。あっしは猿飛佐助と申しやす。また後ほどお会いしやしょう。

長く居たら旦那に斬られちまうんで、先に戻って報告してやすね」


大木を猿のように器用に登ると、そのまま枝から枝へと飛んで一瞬で消えて行った。

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