02:ルーゴの魔法


 この世には加護というものが存在する。


 人ならざる者がもたらす奇跡の力の総称で、加護を受けた人間は他にはない力を振るうことが出来る。


最強の冒険者集団であるルークのパーティメンバーもまた、加護を持つ精鋭が集まっていた。


 リーシャ・メレエンテ。

 聖女である彼女は『女神の加護』を。

 

 オルトラム・ハッシュバル。

 賢者である彼は『大精霊の加護』を。


 エル・クレア。

 魔法使いである彼女は『魔人の加護』を。


 加護の効果は様々で多岐に渡る。とある加護は身に降りかかる災厄を払い、ある加護は精霊自身が守護者となり、ある加護は絶大な魔力を与えたりと。


 国が保有するたった一人のSランク冒険者――ルーク・オットハイドに与えられた加護は、数ある奇跡の中でも類稀な物だった。


『不死鳥の加護』


 神鳥が司るその奇跡は、その名の通り不死をもたらす。加護を受けた者が諦めない限り、その肉体は再生を繰り返して滅びることは決して無い。


 それはつまり、ルークは絶対に死なない、ということだ。







 王国から少し南に離れた辺境の地。

 そこにポツンとあるアーゼマと呼ばれる田舎村に住む15歳の少女、リリムは少々困っていた。


 つい3か月前、村にとんでもない奴が引っ越して来たのである。


「リリム、どうした? 危険だから呆けてないで離れていろ」

「わ、分かりました。ルーゴさんこそ気を付けて下さいね」


 屈強な魔物がわんさか出る森の中。


 人間を一撃で刺し殺すキラー・ビーと呼ばれる蜂型の魔物の巣の前で、真っ黒な兜を頭に付けた男――ルーゴが手の平を突きだして構えた。


 このルーゴという男がとんでもない奴なのである。


「では害虫駆除を始めるとしようか」


 そう言って真黒の兜の隙間から覗かれる眼光が、巨大な樹に営巣されたこれまた巨大なキラー・ビーの巣に照準を合わせる。


 ルーゴから少し離れた所でリリムは固唾を飲み込んで様子を伺っていると、次の瞬間――ドンッという衝撃音と共に手の平から灼熱の炎が射出された。


 キラー・ビー達が飛んでくる炎の塊に気付いたところでもう遅い。逃げだす間も与えられず、巣と共に焼き尽くされてしまった。


 様子を見守っていた村人達から歓声が上がる。


「うおおおおお! 流石はルーゴさん!」

「害虫駆除なんてお手の物ね!」

「けっこうでかい蜂の巣だったけど一撃だったなぁ」 

「まあルーゴさんに掛かればこんなもんだな」


 村の近くにある森に魔物の巣が出来てしまったと困っていた村人達だったが、このルーゴという兜の男が一撃で葬り去ってくれたのでもう大喜び。

 

 ただ、そんな村人達とは対称的に、リリムはどこか釈然としない表情だった。


(やっぱりおかしいですよ、あの魔法)


 先ほど、ルーゴが放った灼熱の炎は見るに明らか魔法であった。


 魔法とは本来、何十年という修行をへて初めて扱える高度な技術である。と、リリムは聞いている。


 この魔法に夢見てわざわざ王都へ出向く者も多いが、結局は才能が無くて帰ってきたり、使えてもせいぜい生活の足しになるような魔法しか使えなかったりと、簡単に扱えて良い物ではないのだ。


 だと言うのに、ルーゴは簡単に魔法を放ち、その威力は巨大な魔物の巣を一撃で焼き尽くす規格外な物。


 だからリリムは村に帰って来たあと、村長に向かってこう言うのだ。


「絶対、あのルーゴって人は怪しいですよ!」


 机にバンッと手を叩きつけて、目の前に座る村長に怒鳴りつける。しかし、村長は顎に蓄えた白髭をさすりながら、どこかのほほんとした様子だった。


「たしかに異常に強いけど大丈夫じゃろ」

「その強すぎるって言うのが危険なんですよ」


 兜の男、ルーゴが気まぐれで村に手を出したらどうするのだろうとリリムは本気で思った。危険な魔法を簡単に扱うあの男の手に掛かれば、アーゼマという村は1秒で地図から消え去ってしまうだろう。


 それにルーゴの姿格好も怪しい事この上ない。


 服装は平凡な物でただの村人といった格好をしているが、その頭に真っ黒な兜を付けているのだ。なんでも顔を見られたくないらしい。


「絶対あの人、王都で懸賞金を掛けられたから顔を見られたくないんですよ。だから見つからないように、この田舎村に引っ越して来たに違いありません」


 リリムはそう確信する。 


 しかもだ。

 王都で活躍するたった一人のSランク冒険者ルークが、魔物討伐の依頼中に事故死したとの凶報が3ヶ月前にこの村に届いた。


 ルーゴがこの村にやって来たのも3ヶ月前である。


 ややもすれば、ルーゴがSランク冒険者の事故死に関わってるかも知れない。


「またそんなことを言ってるのかリリム。それこそ、ルーゴさんに聞かれて怒らせたら、お前さんなんてひとたまりもあるまいて」

「ひ、ひいいぃぃ……。だから言ってるんですよぉぉ」


 ルーゴに襲われれば村長の言う通り、リリムなんてひとたまりもない。


 それを確信させるだけの実力を、ルーゴはこの村に引っ越して来てからの3ヶ月で散々見せつけてくれたのだ。


 ある時はウルフの群れを一人で追い払ったり、押し寄せて来たサイクロプス達を眼光だけで追い払ったり、村を占拠しようとした盗賊団を魔法で消し炭にしたりと、何か色々とやばかった。


 ただの村人が成して良い快挙ではないとリリムは思う。

 

「ほっほっほ。ルーゴさんがこの村に来てくれて本当に良かった。それに若い人が来てくれたお陰で、平均年齢52歳のこの村が潤うわい」


 村長も他の村人達と変わらずこの調子なので、今ではすっかりルーゴはアーゼマ村の用心棒としての地位を確立していた。


「もういいです。私は私でルーゴさんのこと調べますからね」

「ほいほい。くれぐれも迷惑はかけるでないぞ」

「そういえば、今ルーゴさんが何しているか分かります?」

「ハーマルさんに『森にブラックベアが出て怖いからちょっと倒してきてくれ』って言われておったな」

「そんなおつかいみたいにポンポン魔物討伐を頼まないで下さい!」


 


 どうやらルーゴはおつかいを頼まれて再び森に入ったらしいので、リリムもこっそり後を追いかけて森の中へ入ることにした。


 自分一人だと油断するルーゴをひっそりと物陰から観察すれば、もしかすればその正体を暴けるかもしれない。


 まだ村を発ってから間もないとのことなので、急げばすぐに追いつけるだろう。


「では微精霊様、ルーゴさんを追いかけたいので案内をお願いします」


 まだ昼だというのに薄暗い鬱蒼とした森の中、リリムが指を振るうと光を瞬く粒子の様な物が指先に集まってくる。


 これは微精霊と呼ばれる小さな生き物で、『微精霊の加護』を持つリリムが呼び出すと、色々なお願い事を聞いてくれる。しかし頭は悪いので複雑な命令は聞いてくれない。


 今回のお願い事は『ルーゴが居る場所への案内』だ。


「それと、辺りに魔物が居たら教えてくださいね」


 森の中は魔物が出るので加えてお願い事をする。

 これのお陰でリリムは単身で魔物が住む森に入ることが出来るのだ。


 指先で漂っていた微精霊が返事をする様に明滅すると、ふよふよと前方へ進んでいった。どうやらルーゴの気配を近くに感じたらしい。


「意外とまだ近くに居るのかな? よし、どうやってブラックベアを倒すのか見せて貰いますよ」

 

 リリムは微精霊の案内に従って森をどんどん進んでいく。

 

 道中に何度か魔物が近くに居たので迂回しつつも、20分ほど進めば微精霊がその動きをストップさせた。


「見つけた」


 木の影から様子を伺うと、森の中にぽっかりと穴が開くように出来た小さな草原の中心で、休憩中なのか座り込むルーゴの姿が確認出来た。


 じっと息を殺して観察していく。

 ルーゴに動く気配はない。何をやっているんだろう、とリリムは怪訝な表情で目を細めた。


「ずっと座り込んでるけど、寝てるのかな?」

「違うな。近くに人の気配がしたので警戒していたんだ」

「そうなんですね。意外と用心深いなぁ……って、うわあッ!?」

 

 いつの間にか隣にルーゴが居た。

 

「ちなみにあれは俺の残像だ」

「残像!? あ、本当だ! すぅ~って消えていきます!」


 草原の中心で座り込むルーゴだと思っていた物体が音もなく消え失せる。してやられたとリリムは頭を抱えた。残像を残す村人とか聞いたことねぇよ。


「まったく、たった一人で何をしているんだ。魔物に襲われて怪我でもしたらどうする。危ないからこっちへ来い」

「あ、はい……」


 呆れた様子でルーゴに手を差し出され、リリムは成すがままに草原に連れて来られてしまう。『俺と一緒に居ればいくらかは安全だ』と言われ、その妙な説得力に言い返せなかった。


「もう一度聞くが、こんな森の中で何をしていたんだ?」

「あ、いや、他意はないんですよ。ルーゴさんがブラックベアを退治しに向かったと聞いて、ちょっと見学に」 


 小さな草原の中心に来るとルーゴに手を離されたので、少し苦しい言い訳をしながらリリムは適当な所に腰を下ろした。


「それなら残念だったな。もうブラックベアは倒してしまった」

「え、本当ですか? 流石に早すぎません?」

「本当だとも」


 『足元を見てみろ』と言われてリリムが視線を下に向けると、自分が腰を下ろしていたすぐそこが、ぺちゃんこに潰れた魔物だったことに気付く。


「うわあッ!? ブラックベアの死体だあッ!!???」


 慌ててリリムが飛び退ける。


 足元に転がっていたのは確かにブラックベアの死体であり、おせんべいみたいに潰れて平たくなってしまっていた。一体何をしたらこうなってしまうのだろうか。


「ぶ、ブラックベアって王国のギルドで危険生物に指定されてる魔物ですよ? それを村から出てたった数十分の間に倒しちゃったんですか……?」

「まあな。しかし、危険生物とは言っても奴は頭が悪い。罠を張ると意外と簡単に倒せるぞ」

「罠?」


 リリムが疑念を浮かべて首をコテンと倒す。

 するとルーゴはこれ見よがしに何かを放り投げた。


「キラー・ビーの巣の欠片ですか?」

「ブラックベアは蜂の蜜が好物だからな。こうして蜂の巣を置いておき、その周りを重力魔法で覆えば即席の罠が完成する」

「はぁ、今度は重力魔法と来ましたか」

 

 手の平を突き出したルーゴが何かを呟くと、蜂の巣の周りがズンッと重たくなったの感じた。心なしか空間が歪んで見える。さっきのブラックベアはこれで潰されたのかと、リリムは一人で納得した。


「下がるぞリリム。しばらく様子を見ていよう」

「わ、分かりました」


 罠を設置した場所から少し離れた所でルーゴと共に身を伏せる。5分くらいもすれば、茂みの奥から黒い毛皮を纏ったクマ型の魔物――ブラックベアが姿を現した。


 強暴過ぎるその性格と屈強な体格もあって危険生物に指定されている魔物であったが、好物である蜂の巣を見つけて思わず走り出すその姿を見て、リリムはなんだか愛おしく思えてしまった。


 しかし、残念な事にその蜂の巣には重力魔法が仕掛けられている。


『ベアアアアアアアアアッ!!???』

「ああ……、可哀想に」


 好物に飛びついたブラックベアはおせんべいになってしまった。リリムは生命の儚さを知って思わず涙する。隣のルーゴは兜を被っているため表情が分からない。


『ベアアアアアアアア!!???』


 2匹目。


『ベアアアアアアアアッ!!??』


 3匹目と。


 次々にブラックベアほいほいの餌食になっていく危険生物達。改めてルーゴの魔法のでたらめな威力を知ったリリムは、今日は熊鍋かなと晩御飯の献立を考えるのであった。




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