第6話 快適な隠居生活

 隠居生活は順調な滑り出しを見せていた。

 幹彦の着替えなども、お兄さんが何気ない振りをして運んで来てくれた。

「地下室は温度も湿度もちょうど良くて、静かで快適なんだな。なぜかここにプランターを置くと葉っぱが青々として調子がいいみたいだし。日光は当たらないのに育つもんなんだなあ」

「確かにLEDライトかなんかを当てて密閉空間で育てるとかいうの、あるもんな。

 ん?でもここにそういう特殊なライトとかないよな?」

 幹彦は首を傾けて地下室を眺めた。

 並んだプランターに、レタスや青じそや青ネギやパセリ、イチゴ、ブラックベリー、柚子、よくわからない野草数種類と植えられている。そばにはよくわからない例の木も植わっている。どれも生き生きとしていた。

「これなんて3日前はただの枝だったんだけど、いやあ、ちゃんと根付いたみたいで良かったよなあ」

 その時チビが戻って来た。今度は大物を咥えて引きずって来ている。

「あ、お帰り、チビ。おお、今日のお土産はウサギか!随分と大きいな、偉いぞ!」

「ワン!」

「美味しそう。隠居、最高だな!」

「ワン、ワン!」

「待て、史緒」

 幹彦は気を取り直したように口を開いた。

「それ、本当にウサギか?よく知らないけど、絶対に違う気がするぞ」

 言われてしげしげとそれを眺める。茶色くて四つ足で耳が長くて頭に角がある。

「ウサギじゃないのか?」

「ウサギってこんなに大きいか?」

 それは体長が1メートルくらいあった。

「それに、ウサギに角はない」

 まあ、僕もウサギに角は聞いた事は無いな。

「これがヒト頭蓋骨だと、成長の不具合とかかな。頭蓋骨は生まれた時には3つに分かれていて、それが成長するにしたがって段々と頭蓋骨も成長し、この隙間が埋まって行くんだよ。だから身元不明の遺体を解剖して年齢を推察する時には、この頭蓋骨の割れ目を見るんだ。

 成長してもまだ頭蓋骨が成長したら、こうなるのかもな」

 幹彦は自分の頭を触って、

「頭蓋骨って、生まれた時からああいう風なんじゃなかったのか」

と呟いている。

「ま、開いて問題が無さそうだったら食べよう。ジビエだジビエ」

 なあに、解剖は得意だ。

 僕はさっさとウサギを解体して、肉にすると、ステーキにした。

「美味い!

 いやあ、ジビエ専門の店でシカを食った事はあるけど、高いんだよな。チビ様様だな!」

「チビ、ありがとうな!また頼むな!」

 幹彦と僕が言うと、チビは尻尾を振って、

「ワンワン!」

と鳴いた。


 食後、骨や内臓をどうしようかと考え、記念に角の部分を取っておく事にした。

 そして何の気なしに、内臓も開いて見た。

「あれ?このウサギ、心臓に石がある。動脈硬化でプラークが石灰化したものかな。大きいな」

 心臓近くから出て来たピンポン玉程度の小石を見て驚いた。

「……野生の動物じゃなかったのかな。まさかどこかの食肉用に飼ってるウサギ?」

 冷凍した残りの肉を、僕はそっと振り返った。






 




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