第16話



 料理もほとんど食べ終わった頃にぺペンギンが喋り出す。


「えらい遅なってもうたわ。ほな、ワイら、そろそろ寝るわ、メグちゃん、部屋戻ろか」


「うん」


 メグも少し眠たそうである。

反抗はしない。


「メグちゃん、氷三つ、忘れんといてな。ほな、お二人さん、おやすみ、やで」


幼い一人と小さな一匹はそそくさと部屋を出ていく。


・・・・・・・・。


 突然に二人きりになった状況でコミネは緊張し始めるが、サエは残りの料理を食べながら、更にシングルモルトを自分のグラスに注いでいる。


「てっきり、みんなと一緒に部屋を出られものと思っていました」


「あら、お邪魔でしたかしら。でも、このお皿を綺麗にしたら、私、自分の部屋に戻りますね」


「いえ、邪魔なんて、そんなこと思っていませんが、男と二人きりって、気になさらないのですか」


「ええ」


少し間を置いてサエは喋り出す。


「モトキから・・・、聞いていました。先生の誠実さを。だから安心はしてるのですけど、ただ、聞いて欲しい事があるんです」


「私で力になれる事であれば」


「大丈夫ですよ、私は元気です。マルセリーノさんのおかげで元気になれました。それに私、元は、こんな性格じゃなかったんですよ。もっときついっていうか、人を寄せ付けないっていうか、自分でもあまり好きではありませんでした」


 確かにそうだったような気もする。

オオサワのガーデン・パーティの時もそうだったように思う。

自分にも、上司のオオサワにも愛想笑いをするくらいで、話しかけても返事をするくらいで、自分から話の輪に入ろうとはしていなかったように思える。

あの時は化粧をしていて、そう、メークもきつい目だったと思える。

なのに、ケイとはすぐに仲良くなり、それどころかオオサワの妻にも一度会っただけなのに打ち解けていた。

女性から見る女性と、男から見る女性には越えられない壁のようなものがあるのかとコミネは思う。


「先生」


 声をかけられて、コミネは我に返る。


「モトキのことを聞いて欲しいんです。あの日、あの朝の出来事がある前の夜に、モトキからe-mailが届いてたんです。その内容を聞いて欲しいんです」


「それは?」


「はい、私にだけに当てられた遺言みたいなものです。今日、お会いできたのも偶然ではない、必然だと思っています。でも今夜は少し酔っていますし、遅い時間になりました。明日、もう一晩お泊まりくださいませんか? 明日、酔わないで聞いて欲しいんです。我が儘を言って済みません」


「分かりました、彼は、モトキは、どんどん変わっていった。その過程を知りたいとは思っていませんが、最後にあなたに当てた遺言となれば、それを聞かずに旅を続けることはできませんん。明日、もう一泊しましょう」


「ありがとうございます。それでは私、自分の部屋に戻ります」


 多分彼女は、そのことを言いたくて、言い出せなくて、この部屋に居続けたのであろうとコミネは思った。

 

 扉を開ける音がしたのでコミネはそちらの方を振り返ると、サエがこちらに向き直り笑顔を見せていた。


「先生、おやすみなさい」


 そして、静かに扉が閉じられた。

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