第35話 先を往く幼女、追う魔女

 その後、バードリーの住む貴族屋敷の隣にある、それなりに豪華な三階建ての一軒家に移動したアノマーノ。

 ここは彼女の家だ。下手をすれば領主であるバードリー以上の重要人物でこそあるものの、今は贅沢もできず、あくまで一般的な上流家庭程度の暮らしをしている。

 そこに1人、彼女を待つ者がいた。



「おかえり、アノマーノ」



 赤い髪の、世界最強を自称する女。セレデリナだ。



「ただいまなのだ、セレデリナ」



 2人は現在同棲しているわけではなく、それぞれ別の住宅に住んでいる。……つまり今日は自宅デートだ。



「ほーら、コーヒーを淹れたわよー」



 準備をしていたのか、セレデリナはアノマーノにコーヒーを差し出す。

 今回はミルクが手に入ったのかマグカップは2つある。

 2人のデートは、コーヒータイムから始まるのだ。



「冷めないうちにどうぞ」


「セレデリナの作るコーヒーはだーい好きなのだー」


 

 マグカップをコツンと交わし合うと、早速コーヒーを口につける2人。

 鼻孔にツンと刺さるような、何か安心感を覚えさせる独特の香り。

 苦くてコクのある、なのに舌を魅了するあの渋い味わい。

 人はこれを飲むと何故か落ち着く。だからこそ、誰にも愛される嗜好品なのだろう。



「美味しいわね……アタシのコーヒー」


「うむ。確かに例の才能もあるだろうが、その上で好きであるぞ、この苦味は」



 なんだか、恋人に調理品を褒められると照れてしまう。

 プロポーズを皆に聞かれたときは軽く照れる程度だったのに、今は2人きりだ。

 赤裸々な朱に染まる頬をアノマーノに見せていた。


 そう、セレデリナは居場所と共に、この〈ノワールハンド領〉で自由を得た。

 だからこそこうやって、心の底から落ち着いていられるのだろう。

 各々の寿命差もあり永遠とはいかないが、少なくとも数百年はここにいるだけで人にとやかく言われずのんびり好きに生きていける。そんな長期間も安全が保証されたのなんて、本当に長い人生で初めてだ。



「なんていうか、ありがとう、アノマーノ」



 だから、この居場所を与えてくれた張本人を目の前に、無意識に感謝の言葉を述べていた。

 


 



***


 コーヒータイムも終え、いくらか時間が経った。

 時刻は夜。2人は3階のベランダに立ち、月に照らされている。



「そういえばアンタは今後どうするつもりなの?」


「うーむ。実は〈人王〉バーシャーケー・ルーラーと勝負してみたくてな。そのためにも〈人族域ヒューマンズゾーン〉へ出向こうかと考えておる」


「うんうん。アタシ好みの豪快なヤツになってきたじゃない。結局実戦を数こなさなきゃ成長できないんだから、その意気よ」


「余を巣食う呪いの使い方もわかってきた。もはやこれこそが余の力だと受け入れ、まだまだ強くなってやるぞ」


「でも鮭王バーシャーケーのことは本当に強いわよ。知らないうちにブリューナクが強くなったんだから、アイツだってきっと強くなっているはず。父親を倒せたからって勝てる相手だと思わないことね」


「当たり前なのだ。余は油断せぬ。そうでなければセレデリナのような“世界の覇者” にはなれんからな」



 この世界で最強を語るにふさわしい2人は、唯一無二の強者だけの会話を楽しみながら、手にワイングラスを持ち優雅に過ごしている。



「やっぱりワインじゃ酔えないわね……」


「本当にセレデリナの肝臓はどうなっておるのだ!?」



 やはりというべきか、今は特に緊張するようなこともない場だ。2人揃って気が緩み、気がつけばワハハと笑い合う。


 だが、その会話は意外な形で終わることとなる――



「……っ」


「!?」



 セレデリナが、アノマーノの小さな唇に自身の唇を重ねた。

 驚くアノマーノだったが、跳ね除ける気もなく頬を赤く染めながら目を瞑って態度で答えていく。



「「プアっ」」



 2人は、気づけば1分間キスをしていた。なにぶん息を止めようと思えば軽く数時間は止められるために一生終わらないかもしれない長いキスであったが、流石にムードというモノがあるのかあっさりと切り上げられる。

 少し余裕気な顔をするセレデリナに対して頬を赤くしながら慌てふためくアノマーノ。

 この不意打ちは少し読めていたのだが、無意識に構えず受け止めた結果、生まれて初めてのキスだったようでどうにも落ち着かない。



「ハハハっ、最高最高! その顔が見たかったのよ。女をそういう顔にするの、大好きだから」


「ず、ずるいのだセレデリナ!」



 セレデリナは本当に恋愛慣れしているようで、アノマーノをからかっている。

 ただ、ようやく自分が求めていた理想の人間に恋できた。それが成就されたことに対しては今でも嬉しく思っている。

 アノマーノへの愛は留まることを知らない。





 ………………だからこそ。



「セレデリナ、何か考えておるのだろう。それこそ明日にはこの国から去るつもりであるな?」


 

 心の奥底にあった思考を、アノマーノには読まれていた。



「ええそうよ。アタシはアタシで個人的に〈人族域ヒューマンズゾーン〉へ行くわ。だから、思い残すことのないように、今日という日にデートへ誘ったの」



 素直に返すセレデリナ。

 アノマーノより弱いまま現実をただ受け入れるだけでは成長できない。強い焦りがあっての思考であった。彼女はブリューナクの一件から、〈人族域ヒューマンズゾーン〉に〈呪魂具カースファクト〉の使い手が潜んでいると読み、それを狩りに行こうと考えていた。



「ふふふふふ。ハッハッハッハッハッ」


「何よ、そんなに面白いの?」



 そんなセレデリナを前に大きく笑い出すアノマーノ。これにはセレデリナも困惑してしまう。



「いや違う。余は最高の女に恋できたなと思えただけなのだ。今からでも行って来ればいいぞ。そこで強くなったセレデリナに、100年後余はまた挑むのだ」



 返ってきたアノマーノの言葉は、ある意味自分と同じ方向性の思考だった。それがどこか可笑しく、気づけば2人揃ってまた笑い合う。



「そうね。100年後の約束、忘れないでよね」


「うむ、絶対に忘れないのだ」






 

 その後もその夜2人は一緒に朝まで過ごした。

 曰く、楽しい夜だったらしい。

 

 そして早朝、同じベッドで寝ていたセレデリナは————


 アノマーノの元から去っていた。

 

 セレデリナは自分にとって絶対的な居場所を手に入れた。しかしそれは何があっても安心して休める環境にすぎない。“世界の覇者”として、〈返り血の魔女〉として、彼女は死ぬまで研鑽を続けていくのである。



***


 アノマーノはふとその時、これまでの115年を想い、強く満足した。

 なにせ、セレデリナという、“あの人”と再び巡り会えたのだから。


 100年という期間、殺され続けることにこそなったが、かえって彼女に近づけた。

 これからもっとセレデリナは強くなる。だからこそ自分も成長をやめない。それこそが“世界の覇者” であるアノマーノ・マデウスの自我エゴだ。




























***


☆作者コメント


本作をご応援ありがとうございます。第2章は今回にて完結となります。

次回以降の更新についてですが、諸事情で暫定8月中ではあるものの保証しかねる状況になっています。

詳しくは(https://kakuyomu.jp/users/yurikiti009/news/16817330661074671940)をご参照ください。


また、もしよろしければ、下にあるレビューの方で☆を付けて頂けると、執筆再開に限らず今後も含めたモチベーションに繋がり続きもガンガン書いていけますので何卒よろしくお願いします!

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