第33話 世界の覇者

 アノマーノは大きくぶちまけた。

 自らの自我エゴを、包み隠すことなく、ハッキリと。

 昔からずっと想っていた。


 初恋の“あの人”と愛し合いたいと。


 そんな単純な気持ちとようやく向き合えたのだ。



「当たり前じゃない。その代わり、アタシが売る喧嘩は全部買ってよね」



 帰ってきた言葉は、OKのサインだ。

 これにはアノマーノも心の中では感激でいっぱいになるが、今はそれを表に出す場面ではない。人生の一大事なんだ、幼いのは容姿だけにしよう。



「こんなところで愛の告白とは……しかも相手はあの世界の問題児、〈返り血の魔女〉セレデリナときた」


「おいおい、ブリューナクだって似たような告白であったぞ?」


「お前に言われては仕方がない。勝負を再開してやろうではないか。どちらにせよ、負ける気はない」



 余を散々冷遇して不幸な目に遭わせておきながら父親面するではないッ!

 と叫びたい気持ちを飲み込みながら、アノマーノはブリューナクを強く睨みつける。




「……何が起きておる!?」






 が、その時、アノマーノに異変が起こった。





 ————漆黒の鎧が全て弾け飛んだのだ。



 その後彼女の周囲を黒い霧がまた覆う。そのせいで姿が一切持って見えなくなった。



「まさか、〈解呪カースアウト〉したのか!?」



 ブリューナクの読みは正解だ。


 黒い霧が晴れると、そこには1人の女が立っていた。


 背にして170cmはあり、衣服は真っ黒で胴体をしっかりと覆ったドレスではあるが、ベースとして赤いラインが入っており、同様のカラーをした長スカートも含めあの漆黒の鎧を女性用の衣服に変質させたかのような印象を受ける。全身の筋肉は細く引き締まっているがあくまで肌を綺麗に見せる程度であり、どこかグラマーな女性といった印象を受ける。



「アノマーノが大人になった!?」


「まさか……」



 驚く周囲であったが、それは当の本人だって他人事ではない。



「な、なんなのだこの姿は〜!?」



 実は、アノマーノはブリューナクが〈解呪カースアウト〉で化け物と化した姿を見て、自分もああなってしまうのだと覚悟をしていた。

 しかし現実は違った。


 おそらく〈呪魂具カースファクト〉によって〈解呪カースアウト〉後の姿がどう変わるかそれぞれ違うのだろう。

 ブリューナクは大剣の〈呪魂具カースファクト〉であったが故に、大型武器らしく自身を巨大化させ手足も増える怪物と成した。

 そしてアノマーノは斧の〈呪魂具カースファクト〉あり、多様な形状や用途を持つことからとして順当に肉体が成長した。


 おそらくそうだ。

 まあ正直に言えば嬉しい。何よりも成長しないこの身体がコンプレックスだったから。

 けれど今は勝負の場。過度に表には出さず、ニッコリ笑顔でブリューナクにこう言い放つ。



「そういうわけだ、父上、第二ラウンド開始なのだ」


「それは我のセリフであるな。茶番に時間をとりすぎだ」










***


 お互い距離は10m程度しかなく、巨大化しているブリューナクは手足の長さから圧倒的なリーチを持っているのもあってかまずは至近距離戦を選んだ。

 大剣を握る腕を除いた5本の腕と何千本という数の触手を同時に動かし、アノマーノにぶつける。質量、パワー、加えて手数の全てが圧倒的であるその攻撃である攻撃を凌ぐのは困難だろう。



「ほう、その手の攻撃なら対処に困らんぞ」



 〈解呪カースアウト〉によって大人になったアノマーノに対し、迫り来る数多の触手は足を絡め取り身動きを取れなくする役割のモノが200本、残りは全て勢いに任せた刺突で人体貫通を狙っている。

 更には彼女の身体の4倍はある大きさの拳が常人では目で追い切れないスピードで5本交互に連打し、足元に近づけば4本の足が踏みつけ地を鳴らしミンチにしようと構えていた。



(たとえ〈解呪カースアウト〉をしていようが、圧倒的物量差を覆せるはずがない)



 この猛攻と共に、ブリューナクは慢心しているようだ。



「『我が魔の力よ……』」



 しかも、何か魔法を詠唱し始めていた。

 これまでように素早くはないが、平行して行われる豪雨の如き攻撃を前には止める事はできず、完全に隙のない動きだ。


 だが、それら全てはアノマーノを追い詰めるに足らぬすべであったッ!



「確かにその攻撃は厄介であるが、対応には困らぬ」



 〈解呪カースアウト〉には発動時に全身の傷を治癒する力があるのだろう。

 先程受けた傷の痛みを覚えることなく、アノマーノは迫り来る触手をまるでナイフのように軽々と大斧を振り回すことで切り刻み、足を止めず地を蹴りに蹴って瞬発的な方向変換を可能とする高速移動を積み重ね拳による連撃まで同時に捌いていった。

 漆黒のドレスを身に纏った御令嬢はリングを駆け回る。まるでカラスのように美しく。


 それどころか――



「刃が通る程度の硬さか、なら都合が良い」



 左手の斧に大斧を持ち替えつつも触手を切り伏せ続けながら、自身に向かって飛んでくるブリューナクの右腕一本を腕を拳の付け根から狙って斬りつけ……切断した。



「『光来せし雷は全てを破壊し尽くす』」



 ブリューナクは大きく痛みを覚える。それこそ、今唱えている魔法の詠唱を一旦止めたい程だ。

 しかし、彼もまた〈世界三大武人〉。強さに貪欲で、そのためになら娘の人生を苦難の連続へ追い込むことにも抵抗がないような外道だ。全ての痛みに耐え詠唱を継続している。



「魔法詠唱の概念がないセレデリナとの戦いだけ慣れきっていたせいでかえって経験不足が足を引いてきたな……。それにしても、今まで詠唱を破棄して魔法を唱えてきたというのに、何を使う気なのだ」


 

 アノマーノはそれからも焦りを見せることなく、4つの拳に触手の山々を全て斬り落とし、足元へと移動した。

 その行動に対応し、4つの足で地団駄を踏むブリューナク。

 足1本だけでも5mはある。地に対する衝撃もそうだが落ち着いて対処できるものでもないはずだ。



「……いや、むしろ動きやすい。感謝なのだ」



 なのに、アノマーノは先端の右前脚に向かって飛び上がると次はすねの部分を蹴りつけて更に上へと飛び上がる。それどころか、次は膝、腰、胴体とぐんぐんと頭部へと向かって飛び上がるッ!

 やはりというべきか、アノマーノにとって魔法による飛行ができないことなど大した足枷にはならないようだ。

 しかし、だからと言ってこの戦闘でアノマーノが一方的に有利になることはない。事実、すでにブリューナクは彼女相手に一本取っているのだから。


 そう……魔法の詠唱がついに完了した。


 唱えたのは————



「では死ねぃ! 〈ラスト・ライトニングジャッジメント〉!」


 

 ラスト級の魔法だ。


 しかも、あらゆる魔法の上位に存在する最高ランク。本来なら使用できた人間は人類史レベルでもごくわずかで、数千年に一人現れるというレベルのモノ。

 〈世界三大武人〉たるブリューナクとて例外ではなく使用出来なかった。


 ――いや、彼はその域に至りたかったが、どれだけ努力を重ねても行き着くことができないでいた。

 しかしそれを〈呪魂具カースファクト〉は実現してしまった。ならばその力を行使したいと思うのが人間のさがである。


 だから、アノマーノが〈解呪カースアウト〉に行き着き、その魔撃を打つに相応しくなることを心から願っていた。

 今、彼の心は、



僥倖ぎょうこう



 ただそれだけで満ちている。



「存外めんどうな男の遺伝子を持ってしまっておるのだな、余は」



 元の〈ライトニングジャッジメント〉は魔力による落雷に光の熱量を加えたある種の破壊魔法。ラスト級ともなれば、街ひとつ……いや、国ひとつを滅ぼす災厄そのものになるだろう。



「では、余も本気を出すとするのだ」



 この事態に対して何故かニヤリと笑うアノマーノ。

 目覚めたばかりのカースアウトをまるで使いこなせているかのような振る舞いではないか。

 しかし、もはや関係ない、この一撃を以て我こそが真に世界最強だと証明して見せよう。



『わかってきたわ。アノマーノが何をしようと企んでるのか』


『うむ、妾も同感だ』


『じゃ、逃げなくていいわね』


『ああ』



 シェリーメアも、それに語りかけるセレデリナも、何故か彼の力を恐れてはいない。 

 そんな中、天候が曇り、今にも自分を覆い尽くすどころではない超大規模の落雷が落ちんとしている。

 アノマーノはブリューナクの身体を蹴り続けながら空へと登り続ける。

 追撃されては面倒だ。大剣を握る右腕も切り落としてやった。

 そしてついには、額を蹴りつけてブリューナクの頭上へと移動した。


 今アノマーノはブリューナクを蹴り上げながら空にいる。

 ついには彼女の遥か上の天空から、




 ドゥーーーーン!!!!!!







 と鼓膜を引き裂くほどの大きな音を立て――――――――


 



 〈マデウス国〉王都全体を飲み込むほどの大きさを持つ閃光の柱が落ちた。







「〈ラスト・マジックイーター〉」



 いや、瞬きする間に落ちようとしていた。





 ――――だがそれは、アノマーノが斧を天に掲げる斧に吸い込まれていった。





 その全てが1点の穴に吸い込まれるように流線型を描きながら、1本の閃光の柱は数十本へと疎らに変形しながらグルグルと回り、ただただ一本の大斧に取り込まれていく。

 また、魔法そのものが融合していくのか、斧は空中で位置を固定したままになっており握っている限りでは空を飛べないアノマーノが地に落ちることもないようである。


 


 そう、魔法を唱えた。アノマーノが。魔法を使えぬが故に父から見放された彼女がッ!

 〈呪魂具カースファクト〉が持つ魔法適性剥奪の呪いを〈解呪カースアウト〉に行き着いたことによってッ!

 放たれたのはラスト級、それも詠唱を破棄してだ。



「なんだ、なんだその力は!?」



 ブリューナクにとっては、悪魔に魂を売ってようやく届いた夢であるラスト級の魔法。

 それに対してラスト級の魔法を返すことで受け止めた娘を前に、ブリューナクは現実を受け止められなくなった。


 

「純粋無垢な、愛の力である」



 アノマーノが使用した魔法は、相手の魔法から魔力を吸収し、次に放つ魔法に全て上乗せするという変則的な闇属性の魔法だ。

 当然同クラスの魔法同士でなければこの魔法は成立せず、ファースト級にならファースト級にまで、サードならサードまで、であればラスト級にはラスト級で返さなければならない。

 

 これによって、魔力を吸収しきった大斧の刃は白い光に包まれ形状をそのままに膨張し、3m規模の超斧ちょうふへと変質していた。


 並行して地に降り立つアノマーノ。狙い澄ますは父、ブリューナクのみッ!!



「〈ラスト・ダークエンチャント〉」



 更にアノマーノは付与魔法を唱え斧に闇を練り込んだッ!

 神々しさすら覚える白く光った超斧ちょうふは灯りなき夜闇の如き漆黒へと姿を変えていき、正しく〈魔王〉の武器とでも呼ぶべき禍々しい代物と化す。



「では、さよならなのだ。余は父上から受けた呪いを全て刎ねさせてもらうぞ」



 腹部を狙い、横を真っ直ぐに振りかぶられる超斧ちょうふ


 アノマーノ・マデウスの人生を縛り付けてきたあらゆる柵を斧として刎ねとばす一閃――


 それは斧は敵を真っ二つに引き裂き、上半身と下半身で体が別れ、ブリューナク巨大な物体はその場でただ静止する。



「ま、まいったぞアノマーノォォォォォォォォ」





***



 ここでひとつ議題が存在する。

 何故、アノマーノがラスト級の魔法を使えたかについてだ。それも詠唱を破棄し。

 

 まずもって、ラスト級の魔法とは神話の世界にしか存在しえないとすらされている幻の域にある真なる頂きである。

 ただ1つ習得することでさえ、誰も叶わなかった。

 それをあっさりと使用してしまったというのは、非現実的な事態であることは揺るがない。

 ただでさえブリューナク・マデウスはその頂を求めて〈呪魂具カースファクト〉に魂を売った。その娘が同じ条件だからとそれを詠唱破棄で使用できるというのも違和感を覚える。

 では、その答えとは?


 ……アノマーノは元々魔法に対して天賦の才があった。


 なにせ8才の時点でセカンド級の魔法の詠唱を破棄して使用していたのだから。

 ある意味では、人類史最高の魔法の才を持つ少女なのだ。


 確かに〈呪魂具カースファクト〉の呪いは彼女の才能を蝕んだ。

 しかし、アノマーノの人生に苦となる経験やセレデリナとの出会いのような劇的な成長の契機がなくとも、老いて先短しとなった頃にはラスト級の魔法を詠唱破棄で使用する領域に到達していたとすら言える。

 〈呪魂具カースファクト〉と〈解呪カースアウト〉による魔力の増幅や魔法図の把握能力向上の恩恵に依存している以上、決して正当法ではない。だが、それでも発動したことは事実だ。あくまでアノマーノは未来の努力を前借りしただけである。


 ただし〈解呪カースアウト〉を用いた魔法の使用には制限が存在するようだ。

 アノマーノの場合、使

 しかもアノマーノが本来得意としていた闇属性の魔法に限るという更なる条件まで付いている。

 だからなんだ? と言いたくなるような弱点かもしれないが、当然MRマジックリソースの消耗も激しく、〈解呪カースアウト〉によって膨大化した上でも2度の使用が限度であり、あまり臨機応変な利用もできず、ここぞと言うときの大技にしかならないだろう。

 もちろん彼女のほどの猛者ともなると、この強みだけでゴリ押して勝とうなどとは一切思わない。


 “常在戦場”の心得を以て、無駄なく確実に打つ。


 でなければ、あっさりとセレデリナに先を越されるのだから。





***


 自分すら超える世界最強の女をこの世に誕生させてしまった〈返り血の魔女〉は、その事実を何よりも誇らしいと思い、恍惚こうこつとした顔を見せていた。



「ふふっ、最高じゃない。アタシは最高のライバルを産んでしまったわ。次はアタシがアンタを超える番よ」



 こんな強者つわものを好きになれるだなんて、嬉しいことこの上ないわ。

 アタシは多分、今、やっと、人生の絶頂に至れたと思う。

 ええ、愛してあげる。大好きだもの。強くて、ぶっ倒したくなるアンタがね。アノマーノ。

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