第25話 双撃

 時間は大きく遡る。

 約130年前の話だ。


 ある日、本来〈人族域ヒューマンズゾーン〉で生きるべき〈獣人種ビーストマン〉の一家は自営業失敗による借金から〈魔族域デーモンズゾーン〉へと逃げ込んだ。

 そこに、1人の男の赤子が生まれる。


 名はヴァーノ。


 非常に大人しい赤んぼうだったらしい。


 この一家は何とか職を手に入れ食い扶持を繋いでこれたが、不幸にも野党に襲われ、夫婦諸共死亡。ヴァーノは売り物として誘拐されてしまう。

 

 それから1週間後、エンドリー・ノワールハンドという貴族の男が1人で野党のアジトを襲撃した。

 〈黒拳流〉なる拳術で一騎当千の無双によって。


 そこで、彼らが奪った物品の中にいたまだ赤ん坊だったヴァーノを見つける。

 野盗の傾向からして親が殺されていることを察したエンドリーはこれを拾い、自身の屋敷で育てることとなった。

 彼には最近生まれたバードリーという一人息子がいる。遊び相手にもちょうど良かったのだ。


 ヴァーノは最初こそバードリーとは兄弟のような関係だったものの、2人は〈鬼人種オーガ〉と〈獣人種ビースト〉、大きく外見に差がある以上血縁の有無は隠せない。ヴァーノは物覚えがつく頃に実の親は既に死んでいることを理解していた。

 なので、ヴァーノは命の恩人であるエンドリーへの恩返しとして、ノワールハンド家の従者になり、バードリーの私生活を支える役目を追うことにした。

 もちろん遊び相手でもあった。

 〈鬼種オーガ〉も20歳までは同じ速度で肉体が成長するため、精神年齢もある程度釣り合う。上下関係こそあれど、2人は仲睦まじい関係を築けていた。


 しかし、2人が20歳になった年、ノワールハンド家はエンドリーがロンギヌスに敗れ、領地共々家を失ってしまう。


 家族は離れ離れになってしまい、バードリーの元についてきたのはヴァーノだけだった。


 彼はこのままでは孤独になってしまう。それは嫌だ。

 とヴァーノは想った。


 ——20年という月日を共に過ごすうちに、ヴァーノの忠誠心はいつの間にかバードリーに移っていたから。


 彼はいつも夢を語っていた。


「ロンギヌスを倒して、親父と同じ領地を治めたいんだ」


 その志には尊敬の念が強く、男としてついて行きたいと思わされた。


 バードリーはその夢を取り戻すため、〈バードリー義賊団〉を立ち上げる。

 新たなノワールハンド家を再興するためにも、ただロンギヌスを倒すだけではなく資金が必要だから。

 そんな彼のことを引き続き従者として支えていこう。生きて限りそばに居る限り、死がふたりを分かつまで。ヴァーノはそう、空に誓った。








***


 

 それから10年後、〈バードリー義賊団〉のアジトにアノマーノが現れた。

 彼女は組織を乗っ取った末、100年後に〈返り血の魔女〉を倒した上で戻ってくると宣言した。

 彼女が帰るその日まで、今のままただ〈バードリー義賊団〉として戦っていくだけでは成長が見込めないと、アノマーノに敗北を喫したバードリーとヴァーノは感じた。


 そこで取り急ぎクリスフィアに「何か師匠になってくれる人物はいないのか?」なんて雑な注文をした。


 すると、


「師匠はないけどー、クリスちゃんが昔やった修行場なら案内出るよー」


 案外、都合の言葉が返ってきた。







 それからしばらく時が経ち、彼女が案内した場所は〈魔族域デーモンズゾーン〉における最も高い山である〈創鍛山そうたんざん〉だった。



「うおおおおお、そんなベタなやり方あるか!?」


「修行って言われてイメージするまんまか!?」


「この世はサバイバルだよー。命の術を磨きなー」


「「はいッ! 姐さんッ!」」



 そこでクリスフィアは、毎日のように山を往復一周、滝打ち、落ちる丸太から逃げての中距離走、等など山で身体を鍛えると言われてパッと思いつく苦行の大体をやるように指示してきた。

 食事も山に住む動物を狩るか植物の確保が中心と自給自足のみで持ち込み不可。まさにサバイバルだ。

 日頃のトレーニングに妥協がなかった彼らはこんなもの屁でもない。そう油断していたのだが……



「なんでこんなに疲れるのーッ!?」


「姐御のトレーニング……キツすぎる」


「それがこの100年の目的だよー。この山は人を鍛えさせるために存在するんだー。1本の木さえへし折れれば合格ねー」



 初日、そこらに生えている樹木に正拳突きをぶつけベリッとへし折った後、岩石の上に脚を組んで座り込みながらそう語るクリスフィア。

 2人は揃って『無理だろ』と答えた。


 なぜなら、身体が思うように動かない。なんでもこの〈創鍛山〉には特殊な重力負荷がかかっているからだ。

 常に体が通常の10倍は重く感じ、本来の自分の技量や肉体で達成可能なはずの試練のどれも耐えきれず心身が悲鳴をあげる。

 またどうにも集中力が安定せず、魔法図を脳内で構築できないために魔法も使えない。ある意味この世ならざる、すべてが正常に機能しない世界と言えよう。


 何でも〈返り血の魔女〉が鍛える場欲しさに古代の異物を持ち込み作り替えたことでこうなったらしく、しかも1年で〈創鍛山〉での鍛錬には飽きたとのこと。

 その後、一部の武人が修業場としてここを使うことも多いが、かなりの者は1ヶ月しないうちに断念してしまうという。

 〈この地でもっとも自由な女〉ここに極りである。2人は揃って彼女を呪った。





***


「ハァ、ハァ、姐さんの修行メニュー、身体が持たねぇよぉ。これ毎日やんのー!?」


「たった1日で一生分の運動した気がするな……」



 初日の時点で全体力を使い果たし、夜になった頃には沈むように眠りに落ちていた。



『もはや命懸けでの実戦の方が楽』



 2人の中で意見が合致した程に苦しい修行だ。


 だが、彼らは折れず、1ヶ月の間トレーニングを行い、次の1ヶ月は〈バードリー義賊団〉での仕事で金銭を稼ぎ仲間の食い扶持を守る。そんな生活を続けた。

 100年後に〈返り血の魔女〉を倒したアノマーノを恥じにならない力を持って出迎えるために。

 そして、ロンギヌス・マデウスを倒すために。






 まずは最初の1年を突破した。

 未だに拳で木は折れない。


 実質半年でこそあるが、間に実戦が挟まる分肉体の成長を実感しやすく、中々に悪くない。

 特にヴァーノは低寿命種故にか肉体成長が早く、魔法による筋肉増幅なしでも以前と同レベルの戦闘力戦を身につけ始めていた。






 10年目。


 未だに拳で木は折れない。


 ここに来てバードリーとヴァーノに大きな差が開く。

 ヴァーノは〈ビルドアップ〉の魔法なしでもメイスをナイフのように軽快に振り回せるようになった。対してバードリーは〈黒炎拳ノワール・フレイム・ストレート〉に依存した魔法拳戦術のままである。

 ここでどこか、バードリーは従者であるはずのヴァーノに劣等感を覚え始める。





 50年目。


 修行期間は折り返し地点を超えることとなる。

 未だに拳で木は折れない。


 ヴァーノは老いていき、80歳――〈人種ヒューマン〉でいう40歳――へと突入した。本来なら肉体が若さ故に持つ全盛期を超えてしまっているはずなのだが、むしろ以前より豪快かつ軽快な戦闘を行えるようになっていた。これこそが〈創研山〉での修行の真骨頂である。

 対して、彼と同い年ながら1000年の刻を生きる〈鬼種オーガ〉であるバードリーは身体が全盛期のままなのに、これといった成長を感じられないでいた。

 




 90年目。


 未だに拳で木は折れない。


 いや、厳密にはヴァーノはへし折ることに成功した。

 なのにバードリーは未だ少しヒビを入れられる程度。

 全く同じ修行を共にしているはずなのに、自分よりどこか立場が下の従者に劣っている事実を受け止めていく生活が何十年と続けば、もはやその感情は毒となって精神全体を食い潰す。




 そうして、バードリーの心は折れた。



「やめたいよ、こんな修行」


 

 ある日の夜、就寝前に彼は吐露する。


 ヴァーノは忠誠を誓う相棒が自分のせいで苦しんでいる事実に――――心底腹を立てる。



『その程度の奴に俺はついてきたのか』


『こんな奴の未来を期待して生きてきたのか』


『こいつが本当にロンギヌスなんて〈魔王〉の血筋相手に勝てるのか』



 浮かぶは不安と失望が入り交じった情念の数々。

 だが同時に、ヴァーノ自身が『バードリーにとって自分は何なのか』を問いだした。

 すると、意外なことに答えはアッサリと口から出る。



「俺は若ならできるなんて無責任なことは言わねぇ」


「はは。ヴァーノちゃんらしいこと言うじゃん」


「ああそうさ、、ロンギヌスを倒せる」


「……はぁ?」



 ヴァーノの抽象的な発言にバードリーは疑問符を浮かべる。



「俺たちは何年一緒に生きてきたと思っているんだ。もう120年だぞ? 〈人種ヒューマン〉あたりはもう死んでるような時間だ」


「まあ、そうだな」


「だからな、俺たちはそもそもとして一心同体だったんだよ」


「……」


「俺たちに実力差が開くなんてどうだっていい、2人でどこまでやれるかが大事だ。だからな、若は俺と同じようにこのどうしようもねぇ重力の山であの木をへし折る、そこで姉御が課した試練を乗り越えて俺と同じ土台に立つことだけを考えろ。そしたら俺たちは同じ目的を果たしたことになる。そこに事実上な差なんて関係ない、そんなんでいいじゃねぇか」


 淡々と、しかして力強く語るくヴァーノの声音を聞いた。



「……」



 少し黙り込んだものの、どこか心を納得させられる。

 自分が覚えた劣等感の無意味さをまじまじと証明されてしまったのだから。


 コイツには敵わねぇよ。



「なんつぅか……そんな気がしてきたわ」


「だから倒そうぜ、2人で、ロンギヌスを」



 ヴァーノの思想を完全に理解したバードリーはこう返事をした。



「なら、俺たちは1人じゃない。これからは〈双撃そうげき〉だ。よろしく頼むぜ、ヴァーノちゃん」


「大槌と拳で打撃同士だからってことか? 相変わらず、若のセンスはなんとも言えねぇな」



 2人はこれから一心同体。

 これから世界に響かせてやろうじゃないか、〈双撃〉バードリー&ヴァーノのバディを。







 

 99年目の11ヶ月目



「ヨッシャァァァァァァァッッッ!!!!」



 ついに、バードリーも木をへし折った。


 ほぼ100年も同然の修行を終えた達成感は並のものではなく、その後床をドンドン踏みつけ、急に服を脱ぎ出して踊り狂い、こっそりルールを破って持ち込んだ酒を一升瓶ごと飲んだ。

 そして正気に戻り衣服を再び着ると、ヴァーノは澄ました顔で賛美した。



「ギリギリだったな。ま、これで安心だ。頼むぜ、若」


「おう、ヴァーノちゃん」



 グータッチする2人。

 この100年を通して絆は以前よりも強くなった。

 これならロンギヌスを倒せる。安心感を覚えながら2人は〈バードリー義賊団〉のアジトへと戻るのであった。




 ちなみに、〈バードリー義賊団〉の団員たちもまた100年の間皆クリスフィアが2人とは違った課題を与えられ〈創鍛山〉で鍛え続けていた。増えていく団員たちも全員が巻き込まれ、地獄のようなトレーニングだったという。

 ただ、それでも彼らは諦めなかった。団長の元で新たな居場所を手に入れたかったから。

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