第22話 現れる婦人

 アノマーノとセレデリナは〈魔王城〉への侵入に成功した。

 中は真っ黒な外観と違い、意外にも壁や床は白と青が入り交じった目に優しい色合いで周辺に飾られている一方壺や絵画などは黒や紫に寄っており、薄気味悪いさと綺麗が混ざり合った空間だ。

 ただ玄関として来賓を迎え入れるための赤い絨毯もあったりと、〈魔王城〉と言ってもあくまでここは単なる王城に過ぎないようにも思える。



「久しぶりに来たわねー。相変わらずいい趣味しててなんか腹立つわ。トラブって落としちゃった壺の弁償代を請求されてるけど、払わなくていいわよね」


「無一文でもないのならちゃんと払うのだ」



 ここに住んでいた過去を振り返らないようにしていたアノマーノであったが、そんな彼女を優しく出迎えてくれる者はいなかった。



「侵入者だァーッ!」


「捕らえろォーッ!」


「「「「「ウオオオオオオーッ!」」」」」



 いるとすれば、クリスフィアが交渉に失敗した結果、国のお尋ね者として警戒されていたアノマーノとセレデリナに襲いかかる〈マデウス国〉の軍兵達だ。

 基本的には種族として身体能力や魔力がバランス良い優秀種の〈魔神種〉が中心で、門番兵同様に多種多様な得意武器を手にしている。彼らは〈魔王〉のいる王座室へと繋がる通路を人海戦術によって物理的に塞ぎ、道を阻まんとしていた。



「じゃ、一緒に蹴散らしましょうか」


「殺すでないぞ。今回の件で死人を出したくはない。父を倒しての憂さ晴らしを済まし、〈第一ロンギヌス領〉を〈ノワールハンド領〉としてバードリーに明け渡してもらう。それ以上は求めておらんからな」


「わかってるって。というかアタシ、みんなが思ってるほど殺人はしてないわよ」



 2人はクラウチングスタートの姿勢をとって、囲い込んできた来た兵士たちを視界に捕える。

 数にして300人。本来なら人数差による手数で追い詰められるのは必至であるが、それは弱者の場合にすぎない。



「余は【アノマーノ・マデウス】。父上との勝負を所望する者ぞ。……傷を負いたくなくば道を開けよ」


「アタシだけじゃないわ。強いのよ、この娘」



 一気に目の前の兵士たちに向かって疾走はしった2人。

 同時並行で服の中に隠し持っていた木こり斧ハンドアックスを2本取り出すと、アノマーノの総身が黒煙に包まれ、刺々しく両手には斧を握る漆黒の鎧へと姿を変えていく。

 目指したのは最も敵が密集した中央階段だ。ここは王座室へ直通になっており、特に人員が割かれている。

 2人は人の壁に阻まれるが、その程度で阻まれる腑抜けではない。



「奴らを通すなァーッ!」


「「「「「ウオオオオオオーッ!」」」」」


「〈セカンド・ファイアシュート〉!」


「〈セカンド・アイスショット〉!」


「〈セカンド・サンダーブレーク〉!」


「〈セカンド・サンドクエイク〉!」



 波のように押し寄せる軍兵たちは、等身大の氷の礫を射出し、雷を天井から落とし、足場を炎で焼き、地を砕いて岩で押しつぶす。様々な魔法による一網打尽を狙った。

 もはや天変地異が如き自然現象が同時に襲い掛かっているのも同然だ。

 彼らの攻勢に擦り入る隙間は存在しない。直撃すれば彼女らとしてタダでは済まないだろう。



(流石は父上の兵だ。調練が成っておる。しかし余の敵ではないのだ)


 

 だが、それは並の武人だったならばの話だ。

 この程度の修羅場をくぐり抜けずして何が最強か。



「セ、ハッ!」


「ヨッ!」



 そしてなんと、彼女らは筋や腰を曲げる、少しすり足で場所をずらす、足を上げる、全て些細な魔法の動向を見抜き、魔法の天変地異を躱しきってしまったのだ!

 それも澄ました顔で焦りなく。

 だが同時に人海戦術で多種多様の武器を握った敵兵たちも襲いかかった。数にして200人は居るだろう。



「……ッ!」



 であれば次はこちらの攻勢だ。

 前面にのみ刃を持つ木こり斧を裏返し、持ち手を使った棍棒として活用しながら一人一人の首を狙い、一瞬立ち止まっては殴打を繰り返すアノマーノ。


 波のように押し寄せる多種多様な武器による攻撃を小刻みなステップや手足を微動させた僅かなズレで回避し続け、また次、また次と攻撃を命中させる。これを受けた兵士は確実に瞬間的に気を失い床へと倒れ伏せていく。



「〈セカンド・ショックハンド〉ッ!」



 またセレデリナは2つの拳に人体麻痺を引き起こす適量の電流を流し込む魔法を付与していた。

 その後、敵の波を潜りながら数多の敵の腹部を狙いブレなくて拳を打ち込んでいく。

 非殺傷魔法ならばこれが適切である。よって、拳に迷いもなく全てが手早く行われた。



「さぁさぁ、〈返り血の魔女〉を止めたかったら止めてみなさい!」



 当然、別の通路を塞いでいた軍勢が後ろから迫り来ようと物ともせず、ただただ前へ前へと突き進んでゆく。

 もはやそこに彼女らが存在しないかのように、彼らの刃も拳も魔法も届かない。



「雑魚だったでしょ、相手」


「い、一応は余の実家であるのだぞ。兵たちを罵るような口ぶりはやめて欲しいのだ」



 最後に残るは雑兵たちの倒れた死屍累々な山だ。

 アノマーノは一旦漆黒の鎧を自身の意思で解除し、合わせて2人は両手の掌を広げながらパンパンとはたき汚れを落としながら軽口を叩いていた。


 

「じゃ、行きましょうか」


「うむッ!」







***



 深部へと進むと、目の前に1人、縦に伸びた銀の髪に、知的で鋭い瞳を持ち、化粧が施されていてどこか綺麗な素肌、手には1本のナイフを持った、まるで舞踏会で踊るかのような衣装で身を包む〈魔神種〉の女が佇んだいた。



「母上っ!?」



 彼女はシェリーメア・マデウス。〈魔王〉ブリューナクの夫である。

 アノマーノは産みの母である感謝こそあれど、武の側面に関して言えば彼女が良くも悪くも夫の存在以外はパッとしない人間だという印象を持っている。故に、何故今目の前に現れたのか理解できなかった。

 ちなみにこれは〈魔王城〉へ来ることの多いセレデリナにとっても同様である。



わらわは親不孝なお前を許さぬ。夫を倒せるなどとおごるでないぞ」



 顔に青筋を立て怒りを顕にするシェリーメア。子を愛している以上に夫への情念が強いのだと一言で伝わる。



「あー、そこのアンタ、道を通しなさい。じゃないと痛い目に遭うわよ」


「そうだ。余とて母を傷つけたくはないのである」

 


 距離は30m程離れている。

 特にアノマーノとセレデリナからしてみれば攻撃の間合いであり、今から先程までの兵士たち同様失神させまいと準備を始めた。



「確かに妾は弱いかもしれない。しかし、だからと言って阻む壁にならぬとは限らんぞ」



 母上まで敵に回るとは、そこまでして余を通したくないようであるな……。

 敵意がある以上、アノマーノは仕方なく前に出ようとする。


 ——しかし。



「ストーーーーーーッッッップ。ちょっと今やりたいことを思いついたの。だからこのご婦人はアタシに戦わヤラせてくれない?」



 セレデリナがそれを静止した。


 放つ言葉と共に、彼女はどこか楽しそうな笑みを浮かべている。〈返り血の魔女〉と呼ばれる伝説の武人らしい顔つきだ。

 アノマーノはセレデリナのこの顔が好きだ。常に自身を井の中の蛙だと信じ続けることで、更なる強敵を望み続ける戦闘狂バーサーカーの顔が。


 これもまた彼女をより強くする機会になるのならば、遮る理由は存在しない。セレデリナにはもっともっと乗り越えるべき壁として世界に君臨して欲しいのだ。



「しょうがないのだ。当たり前だが余の母上を殺すではないぞ」


「アタシってそんな野蛮人に見えるの!?」


「鏡に向かって同じことをもう1回言うといいと思うぞ」



 なのでこうは言っているが、アノマーノはセレデリナの判断をすぐに快諾した。

 どの道〈魔王〉ブリューナクとは1対1で戦う。セレデリナはいてもいなくても変わらない。彼女の好きにさせても問題はないだろう。


「てことで、アンタの相手は不幸にも〈返り血の魔女〉よ」



 シェリーメアに挑戦状を叩きつけるセレデリナ。



「なるほど、妾の相手は〈返り血の魔女〉か……。うむ、やってみよう」



 話の通じない相手だと判断されたのか彼女はあっさり折れ、自然と戦いの火蓋が切って落とされる。



「そんな自信のない口ぶりじゃ、アタシに勝てないわよ。?」



 何かシェリーメアに対するセレデリナの言動に引っ掛かりを覚えたが、突っ込むのは勝負の邪魔になるだろうと振り切って、その場からは先へとアノマーノは駆けていった。

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