第20話 心の洗濯

「「「「えええええええ!?」」」」



 クリスフィアの宣言にどよめく一行であったが、彼女はそれすら無視して話を続ける。



「交渉はもちろん、決裂しちゃった時の後始末とか、最悪道を阻まれようものならアノマーノのために家族だろうと従者さんだろうと食い止めてみせちゃうよー」



 二の腕を見せつけるジェスチャーをしながら豪語するクリスフィア。

 彼女だって〈魔王〉の娘だ。もはやそれだけで戦力として合格なのだが、これまでの気配遮断能力からして只者じゃないという事実を脳裏に刻まれている。

 なのでもはや断る理由もなく、彼女の一助を受け入れることにした。



「も、もちろん大歓迎であるぞ」


「あ、あぁ、姐さんは元々ウチの義賊団でクライアントをやってもらっていたんだ。信用も充分あるし異存ないよ」


「若に同じく」


「アンタ、気を抜くとアタシの活動範囲にくい込んで来るわよね。まあいいわ、むしろ〈魔王〉との血縁者が仲間に増えるのはアノマーノにとっても好都合でしょ、歓迎するわ」



 というよりは、今は右に倣えな心境に陥れられたと言った方が正しいか。



「それじゃあ、クリスちゃんがウチマデウス国に来た外交官さんにオススメしてる宿へごあんなーい」




***



「姐御、自分の親父を、ましてや国の意向に反する動きをしてるが大丈夫なのか?」



 宿へと移動する中ヴァーノがクリスフィアの行動に対して不審な点を尋ねていた。今回の一件はどのような結果になろうとも〈魔族域デーモンズゾーン〉を超えた範囲にまで影響を与えることは間違いないのだから。

 


「クリスちゃんは〈調停官〉だからねー。ここ最近のパパは新しい強敵ライバルが増えてほしいって言ってるしー、〈返り血の魔女〉を倒した武人をあてがうのもひとつの仕事かなーって」



 頬に人差し指を当て相変わらず笑顔のままで受け答えしながらも、利害が一致しているのもわかるが、何とも素直すぎて逆に信用ならなくなる。昔からそうだが、コイツは裏が読めないな。とヴァーノは知り合いながらに猜疑心さいぎしんを強く覚えていた。





***





 辿り着いたの木造の東国風所謂和風の宿だった。

 玄関周りには砂利が敷かれ大きな岩も立っていたりと、〈人族ヒューマンズ〉寄りの文化なのもあって〈魔族デーモンズ〉であるアノマーノとバードリーは新鮮なモノを見た気分になり興奮を抑えられなくなる。

 というのも、アノマーノはセレデリナと修行する100年の間、社会経験がたった1人の女との会話だけであった。元々斧の呪いで肉体の成長もなく、実年齢こそ115歳であるが、精神年齢は8歳の頃から学園寮生活を続けていた15歳のままなのである。

 ……バードリーに関しては、慣れないモノに触れるのが好きなだけだが。



「王都にこんな宿があったのだ!?」


「金持ち御用達って感じだけど、こんなところに泊まれんのかオレちゃん達!?」


「落ち着け若。まずはチェックインだ」



 なお、ヴァーノもまた見慣れない光景であることは変わらず、特に危険もないためか同様に興奮している。ただ一応精神年齢だけなら老いぼれの年長者だという認識であるため、子供のように浮かれはしないと無理矢理心を抑えつけていた。


 

「アレ、なんだろこの気持ち」


「あらあら奇遇ねー」



 何故かバードリーと仲良くするアノマーノを見てふくれっ面をするセレデリナであったが、自分でも理由はよくわからなかった。



「予約を入れていた匿名グループだよー」



 その後旅館の受付にてチェックインを済ませるクリスフィア。

 それからは別で来た案内係に誘導されていき、一行は客室へと移動した。









***


「蛇口を捻ると沢山お湯が出てきたのだー!」


「シャワー鬼やべぇ、これからはオレらの国でもこれを導入していこうぜ!」


「……」



 客室にて荷物を整えると中にある銭湯に出向いていた。

 ここは擬似的ながら〈人族ヒューマンズ〉の技術を先行導入しており、シャワーという〈魔族デーモンズ〉から見て未来の銭湯を体験できる場である。 

 これを前にバードリーとアノマーノは興奮を隠せるはずがなく、男湯と女湯にある4m台の仕切を超えて大声で会話をしていた。



「クゥン……ガウガウ」


 

 ヴァーノすら、シャワーという見慣れない風呂の設備に興奮を抑えられず、〈獣人種ビーストマン〉らしく水に濡れて荒立っていた体毛が畳まれた状態になりながら「気持ちいいじゃねぇか」と小声を漏らす。



「こういうとこじゃホント犬みたいだね、ヴァーノちゃんは」


「うるせぇよ」



 ブルブルと首を左右に振りながら毛に染みた水を弾く。2mの体躯を持つ男ではあるが、種族柄もあり小動物を見ているような可愛さを覚えるバードリーであった。






「しかしまあ、アノマーノちゃんは本当に強くなったよ。まるで雲の上みたいだ」



 同時に、胸中に秘めた想いを吐露する。

 この100年修行と呼べるだけの日々を過ごしては来たが、実戦はあくまでクリスフィアから回される実力に見合った〈バードリー義賊団〉としての仕事が主である。最初は互角に近い勝負をしていたはずが、鍛錬の環境の差か、心身の差か、大きく差が開いたことを自覚し、少しだけ倦怠感を覚えてしまう。



「けど、俺たちの目的はあくまで打倒ロンギヌスだ。比較なんてする必要ねぇよ」



 従者であるヴァーノは、主と違って少し落ち着いた調子でフォローを入れる。従者である以上、バードリーの心を守ることも立派な仕事だ。



「そうだな。オレちゃんてば適当なことを言っちまった。頼りにしてるぜ、相棒」


「おうっ」



 気付けをされたことで、バードリーは左の手のひらに右の拳をグッとぶつけながら覚悟を決める。




「あんた達、覗くんじゃないわよぉ〜。仮にやったらそっちの湯船に真っ赤な入浴剤が投入されるからねぇ〜」



 少しして湯船に浸かると、仕切の向こうからセレデリナの声が聞こえてきた。急な忠告なのだろうが、今は精神を整えたい。2人には関係のない話だ。



「女の裸なんざ見慣れてるよ、わざわざそんなことしないっての」


「こういう場で堂々と言うんじゃねぇ」



 ただそこでのバードリーの言動には彼の私生活が見て取れる問題があったので、ヴァーノは彼の頭に軽くゲンコツを入れた。




***


 一方女湯。

 シャワーで身体を流し終えたため皆湯船に浸かっている。削った岩で舗装された床や岩に囲われた湯船とそのものなこの空間、流石クリスフィア御用達の高級旅館か湯加減もずっと浸かっていられそうだ。

 皆完全に脱衣した状態で並ぶと、背丈も大きければ胸も大きいく艶めかしい雰囲気を放っているクリスフィアや、胸こそ小さいが脱ぐともはや腹筋は6つに割れ手足も脂肪が少なく全身の筋肉はバキバキで、あの衣装は肌を隠すためにしているのだと察せられる肉体美を持つセレデリナに比べると、8歳から肉体が成長せず身体だけなら少し肉つきが締まっている程度で細く小さく丸っとしているアノマーノは本当にただの幼女にしか見えない。

 よって彼女らのようにはなれない呪われた自身の体質への不満から、アノマーノは彼女らに向けて頬をふくらませている。



「み、みんなしてズルいのだ……」



 とはいえそんなアノマーノの苦悩に同情するには少々手を焼いてしまう。

 だからこそ2人揃ってあえて無視をするように立ち回っていた。 



「そういえば〈魔族域デーモンズゾーン〉って〈人族ヒューマンズ〉の技術が頑なに導入されないわよねー」



 また、〈神霊種ゴッドチルドレン〉たるセレデリナは〈魔族デーモンズ〉にも〈人族ヒューマンズ〉にも属さない立ち位置なため、中立的な思考をよく行う。

 ただそれには、〈調停官〉としてクリスフィアから注意が入った。



「あんまり中立を気取りすぎても片方の味方してるだけになりがちだからやめなよー。寿命の差が100年1000年と開く動物をお互いに同族で扱いにするなんて簡単じゃないんだからさー。ま、それにしたって〈人族域ヒューマンズゾーン〉で大成した企業がたまにコッチ魔族域で出張商売するのぐらいは多目に見られるようになってるだけマシなんじゃないのって思うけどねー」



 社会全体を諦観ていかんするその物言いには〈自由の化身〉とも呼ばれるセレデリナですら返す言葉が見つからず黙り込む。




***


 10分ほど時間が経った。

 セレデリナはまじまじとアノマーノを見つめる。


 理由は何か?



(なんでアタシ、アノマーノに付いてきてるんだろう)



 そう、自分の行動を鑑みた時、違和感を覚えたのだ。

 今のアノマーノの力はこの世界でも最強に等しく、最悪1人でもやっていける。〈返り血の魔女〉なんて厄介者を連れていくメリットは存在しない。

 考えれば不可解だ、今彼女と同じ湯船に浸かっていることでさえ。


 そもそも憂さ晴らしで100年間彼女を殺し続け、そこで敗れた。ならもう関わる必要はなく、安定した居場所を用意してくれるという彼女の国には後から入居すれば良いではないか。

 合理に欠ける行動に納得がいかず懊悩を続ける。


 ただ、ヒントはあった。

 〈第一ロンギヌス領〉で感じたあの好意だ。

 というより、彼女に対してだけはどこか優しく労る様な対応をしながら照れてしまう。


 しかもこの想いには既視感まである。

 1000年以上続く闘いの旅の中で何度もしてきたあの想い。



 ——ああ、そういうことね。


 久しく忘れていた。これは恋という感情だ。

 初めてじゃない。元々風来の身で、旅先で恋した女との関係が長続きすることもなく、ここ300年は恋愛関係を持った相手はいない。

 しかも、今までの恋は全て自分より弱い者が相手で対等には向き合えなかったが故の別れも多かった。



(でもアノマーノはアタシを倒した。〈世界三大武人〉だなんて称えられて、気づけば負け知らずになっていたアタシに敗北を教えてくれた。そこで芽生えたんだ……『アタシより強いアノマーノをこの手で倒したい』そんな気持ちが)



 もはや恋だ。愛だ。究極の執着だ。

 だからこそ、その道を阻む者がいるなら倒し、アノマーノの往く道を支えていきたい。

 

 戦いこそが本能であるセレデリナは今までにない恋心を確かに自覚した。






***



 アノマーノもまた、セレデリナのことを考えていた。

 彼女は“あの人”のような“世界の覇者”を目指す自分にとって尊敬すべき師匠であり、ライバルだ。

 アノマーノはセレデリナを倒した。

 だが約束の通りセレデリナは100年後にアノマーノにまた勝負を挑んでくる。そのときまでに自分が彼女より強いままでいられるかわからない。

 ならばそう前に進み続ける彼女の背中を追うのは“世界の覇者”になるべく覇道に適している。それだって間違いない。


 なのだが、少しスッキリしない。

 実は彼女に対して、どこか言葉にするには照れ臭い想いがある。

 ただそれが何なのかハッキリせずモヤモヤする。

 

 頭を湯につけ、そのことを心胆から振り払おうとした。

 今はそれでいい。大事なのは父との決戦なのだから。

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