第11話 新星-エース-

「ついにアイツの演説が始まるぞーッ!」


「あの強いガキが何を言うか楽しみだぜ」


「あ、団長、後でお茶しませんか?」


「今はあのガキに集中しろ」


「まあいいじゃないですか。私たちががこういうノリなんですから」



 ——しかし、アノマーノが口を開く寸前にドタドタと大勢の人間が食堂に雪崩れ込んでくる。


 その正体は〈バードリー義賊団〉の団員たちだ。


 実は幾つかある食堂の扉のうち、彼らはアノマーノが通らなかった位置から部屋には入らず話だけを聞き耳していたのだ。

 彼らからしてみれば、自分を殴り倒し、あまつさえ信頼しているも副団長も団長も倒してしまった武人が何を考えているのか気になって仕方がなかった。



「アンタたち、ちょっとは落ち着きなさい。流れってもんがあるでしょ?」


「コホン、気にするでないぞセレデリナ。では気を取り直して語らせてもらおうとではないか」



 不機嫌を示したセレデリナを抑制し、アノマーノは改めて我が目的を語る。

 そう、この地に君臨する、“あの人”のような“世界の覇者”になるためのストーリーを。





「先程の話で大体が纏まったのだが、余はバードリーが貴族として復帰するために、この〈バードリー義賊団〉の団員として活動するつもりだ。その過程で手に入れた土地は『〈返り血の魔女〉セレデリナにとって、不自由のない居場所になる土地』として扱ってもらいたいがな。ただ、この条件を飲んでくれるのならばいくらでも余は皆に手を貸そう」



 アノマーノは自身の思惑を強く打ち出した。

 それも、野望のために〈バードリー義賊団〉を利用させてもらうという宣言を。



「え!? あの〈返り血の魔女〉と!?」


「そ、それは嫌だなぁ」


「いやでも別にナメた態度を取らない限り別に人を傷つけたりはしないらしいわよ。こんなこと本人のいるところで言うのもアレだと思うけど」


「本当にそんなもんなのか?」



 なおざわつく団員たちを前に、セレデリナは手を振りながら自身の立ち位置をアピールしている。



「お、オレちゃんの手伝いをするだって!?」


「落ち着け若、こういうのは話を最後まで聞くもんだ」



 一方でアノマーノの言葉に驚嘆するバードリー。ヴァーノもまた自身の態度を隠してはいるが同様の心情である

 それに、ヴァーノが言う通り話はまだ終わっていない。

 ……なにせ、アノマーノがここから語るのは、だったから。



「具体的には、過去に〈ノワールハンド領〉であった土地を改めてバードリーの領地にしたいと考えている。その過程で、バードリーにはロン兄……ロンギヌス・マデウスを己の拳〈て〉で倒して打ち貰いたい」



 この言葉を前に誰もが目を強張らせた。


 あまりにも都合が良すぎる。


 団員たちはバードリーのおかけで悪行に手を染めないで食いつなげるようにしてもらえている自覚があったが、貴族が統治する正式な領地での暮らしへの憧れも強かった。だからそのゴール地点が存在する〈バードリー義賊団〉での活動にも誠心誠意尽くせていた。

 もはや〈返り血の魔女〉と同じ土地で暮らすことなどどうでも良い。その程度の条件、いくらでも飲もうじゃないか。

 もう彼女には、歓喜の言葉を浴びせるしかなくなっていた。



「おいおいマジかよ!?」


「このガキ、最高じゃん!」


「いやしかし、元団長の復讐まで本当に果たせるなら言うことなしだぜ!」



 だが盛り上がるガヤ以上に、バードリーはこの言葉を受けて強く体が震えていた。

 まさか本当に自分のためにアノマーノが動くとは考えていなかったからだ。



「なあお嬢ちゃん、それは本当なのかい?」


「うむ、これは余にとっても合理的であるからな。それにバードリーは余にとって重要な家臣になりうる存在。セレデリナの次に尊重したい人物なのだ」


「「……」」



 その言葉を前に、バードリーはもはや感謝の言葉すら出せないでいた。彼女の背中を追えば自身の目的は果たされる。過去を取り戻せる。その事実を受け止められないまま、心が動揺して動けないようだ。

 加えて従者であるヴァーノもまた、同様にバードリーの目的を果たすために復讐に加担している身だ。黙っているがやはり感動に打ち震えている。



「では、〈ノワールハンド領〉奪還を果たすための今後の目的について語らせてもらおう」



 まだアノマーノの話は終わらない。

 大きく野望を語ってはいるが具体的なプランが透明なままだ。それについて語るのならば、団員たちも、バードリーも、ヴァーノも、寡黙になる。





「余は、〈魔王〉ブリューナク・マデウスを倒すッ! そうすることで彼に余の実力を証明させ、ロンギヌス・マデウスとバードリーによる〈ノワールハンド領〉を賭けた御前試合を実現させるつもりだッ! どうにも余を一族から追放した我が父への恨みを捨てきれん。あのとき認めて欲しかった、それすら叶わなかった、あの頑固親父を一発ぶん殴ってスッキリしないことには気持ちよく前へと進める気がせんッ! 何せ余が目指すのは“世界の覇者”ッ! この世の誰よりも強い存在にならねばならぬのだから、これは必要な儀式なのだッ!」





 放たれるは、この世で最も強い3人の人間をたる〈世界三大武人〉が1人であるブリューナク・マデウスを打ち倒すというとんでもない言葉だ。

 もはや雄弁などという領域ではない。ただただ無謀と言うべきか。

 そもそも彼を倒した者は未だこの世界に1人としていない。

 それを果たそうというのだ。実現できやしない、夢のまた夢な話である。


 なのに、ここにいる誰もがそれを実現するのだと信じて疑わなかった。

 彼女はやる。アノマーノはやる。そう思わせるだけの覇気と自信が伝わったのだから。


 その言葉から続くのは約5秒間の沈黙であり………………、



「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」



 すぐさま鳴り止まぬ歓声へと切り替わる。



「伝説が始まるぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「ここにいてよかった! 団長の傍にいてよかった!」


「アンタが仲間なら百人力なんだぜっ!」


「アノマーノ様万歳!」


「ばんざぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」



 無言でアノマーノに近寄るバードリー。彼女はアノマーノの右手を掴むと、共に天へと腕を突き上げた。



「今日からこいつがオレちゃんたちの新団員――いや、新星エースだ!」



 バードリーは少し淡々としつつも最後の一言は新たな仲間をただただ称えていた。



「「「「うぉぉおおぉぉ!!!!!」」」」








 なお、この演説内容は全てセレデリナに居場所を与えるため、能動的に彼らを味方に率いれることを目的とした作為あるモノだ。

 もちろんアノマーノは一応王族側の人間。自身の発言には強く責任をもっており、決して詭弁ではなく実行することを前提に語ってもいたが。






***



 そのまま宴が始まらんとしていたが、そんな空気を無視してアノマーノはクリスフィアにひとつ疑問を尋ねる。



「お姉ちゃ、姉上は今後どうするのだ? ああは言ったが、余の目的は一種の国家反逆罪になりかねん。今後も〈バードリー義賊団〉に仕事を振ってくれるのだ?」



 これは〈バードリー義賊団〉の団員達にとってもメインの雇用主クライアントであり、気になる話だ。他の面々を耳を傾けた。



「あー。その辺は気にしないでー。クリスちゃんはアノマーノのことがだーい好きだから、アノマーノの邪魔になることもしないしー、バードリーちゃんが領地を手に入れるまでは仕事を振っていくつもりだよー」



 彼女の答えにアノマーノはそれまで続けていた真っ直ぐで真剣な表情を綻ばせ、ニッコリとした子供の笑顔になる。



「お姉ちゃん、だぁぁぁぁぁい好きなのだぁ〜」



 そのまま再開した時と同じようにまた抱きつくアノマーノ。姉が大好きにも程がある。



「んもう。そんな姿を大っぴらに見せるのはやめなよー。今ここにみんないるのはー、アノマーノのことを期待してくれてる同じ組織の仲間なんだからー。新星エースとして期待されている以上、威厳のある態度を示さなきゃー」


「す、すまぬ」



 言葉の通り団員たちは皆、やっぱり彼女は子供なんだな。とアノマーノの本質を理解した表情をしている。

 と言っても幼女な外見に限らず姉以外の家族に愛されないで生きてきた15歳の少女なのだから当然と言えば当然で、幻滅した訳ではない。



「クリスちゃんの役割はねー、言うなればトランプのジョーカー。ある意味どの陣営にとっても絶対的な味方としては動かない八方美人って体で動くからー、そこんとこよろしくねー」



 皆に向けて両手をプラプラと振りながらアピールする。

 なんだかんだ、その遺伝子を持つだけで優秀さが保証されているも同然のマデウス家の人間が味方に居続けてくれるのは確定した。2人の姉妹愛には賞賛の拍手が送られる。 






「あー。じゃあアタシから思いっきり空気が悪くなる話をしていいかしら」



 演説を聞きながらも、50本目のビール瓶を指圧で開封したセレデリナ。

 片手に酒瓶を持ちながらもまるで素面のように真っ白な顔をしつつ、拍手喝采に対し大声を上げて遮る。

 〈返り血の魔女〉という2つ名は、赤い髪は殺した人間の返り血で染まったものだという逸話から来ている。他にも〈この地でもっとも自由な女〉、〈暴力の女神〉、〈皆殺しの魔女〉とも呼ばれることまである。

 そんな彼女の声には皆が畏れをなし静まり返った。続ける言葉は揺らぎようのない事実であるのだから、尚更だ。



「アタシはアノマーノの考えには本気で賛同するし、全力で手伝いたいと思った。何せ、ずっと居られる居場所なんて世界のどこにもないんだもの。アタシに恐怖せず当たり前みたいにならず者たちとも余計な区別なく救おうとするアンタには頭が上がらないわ。人生一番の祝福を受けてると言ってもいい。でもね」



 自身の心境を語るセレデリナだが、そこで一呼吸置いた。

 ある意味言い難い言葉でもあるのだろう。



「アノマーノ――アンタは弱すぎるわッ! そこの団長ザコを倒した程度で王になれるなんて思わない方がいいッ! 〈魔王〉を倒す? アイツとアタシは未だに決着の付かないライバル関係なのよ。言ってしまえばもう1人の世界最強とすら言えるッ! アイツに勝とうだなんて甚だしいにも程があるわよッ!」


「……確かにそれはそうである」



 世界最強を自称し、他者がそれを否定させない貫禄を持つ彼女が放った言葉は世界の理そのものだ。

 ここに居る者もまた、同様の不安を抱えていた。

 ならば、そんな今更な事実を告げる彼女が何を言いたのか?


 答えは直ぐに出た。


 セレデリナは一度瞬きをすると、口を大きく開きこう叫ぶ。



「アノマーノ・マデウスッ! あんたをアタシと同じ世界最強の女にしてやるわッ!」

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