ノクターン2

 最上階につくと、酷く荒れていた。

 地下は緑に包まれていたが、どうやらここでは紛争があったようだ。かつて戦ったかのような武器があちこちに落ちており、かつて死体だったものがいろんなところで転がっていた。

「どうやら、暇している間にずいぶんと物騒となってしまったようだな」

 人影がいないかを注意しながら慎重に部屋に入る。人の気配はないが、かつて人が残したであろう罠がいくつか残されていた。落とし穴、落下物、自動攻撃と、様々だ。けど、どれも不発ですでに作動しないものさえあった。

「慎重すぎか。いや、油断は命取りだ。ここは気を付けていかねぇーとな」

 そのとき、ドーンと雷が近くで落ちたかのような凄まじい音がした。それと同時に建物が揺れる。近くでなにかがあった。その場所へ行く前に棚の上にあったものが落ちてきた。

「え?」

 避ける暇はなかった。あの音をしている最中に棚が倒れてきたのだ。支えを失っていた棚は倒れるしかなく。彼女は避けようにもこの態勢では無理。ましてや手を使って押さえつけたとしても、棚の中身を食い止めることはできない。字を書くにも間に合わない。

 彼女は、受け入れるしかなかった。

 ガシャーンと棚が倒れる。そして、棚の中に入っていた瓶を頭からかぶってしまった。緑色の液体が彼女の頭から手足へと流れ出る。彼女が息をする前に、彼女の体に異変が起きる。ガクガクと揺さぶられ、そして銀色の髪だったものが、緑色へと変色し、銀色と緑色と二つの色が髪に宿った。

 彼女は慌てて、水辺がある場所へ走った。崩れた階段から滝のように流れる場所を方角から察して、その場所を見つける。大きな湖となったかつて研究所があった場所は三階まで浸水しており、当時の面影は残されていなかったが、彼女はここをどこなのか知っている様子だった。そして、考えもなしに水の中へとダイブした。

 緑色の液体が水の力によってはぎ取られていく。しかし、緑色に染まった髪は水の力では無理だったようだ。しばらく泳いだ後、外へ出る。

「クソッ…馴染んちまったか。しかし、あの揺れはなんだ? …いや、この気配…人だ。…懐かしい」

 ニヤケてしまう。知っている。どこかで暴れている人がいる。この人は、きっと自分のことも覚えていてくれているのかもしれない。そう思うと、会いに行きたいと思った。

「…いる!」

「いる! いるんだ!」

「いる!!」

 その人を追いかけて後を追う。ほとんどの扉は開かなかったが、”雷”を与えれば、開いてくれる扉はあった。それでその人を見つけるのは容易かった。

 彼女は見つけた瞬間、思わずギョッとした。

「これは、なんという…力だ」

 吹き飛ばされた2メートルほどの熱さがある扉が倒れている。この扉は”雷”の力を与えたとしても開くことはない。それほど厳重で重厚だった。

「目覚めた奴は、クソ野郎だな」

 でも彼女は、思わず笑みを浮かべた。

 彼が立っていた。けど、後を追いかけたとしても、この先は数々の罠が配置されている。彼を止めるべきか、いや、私の姿を見ても彼は気づくことはないだろう。それに、この扉のように力任せに壊されてもおかしくはない。

 少し距離を置くべきか、…いや、確かこの先は…。

 彼女は走った。別のルートを通った。彼女ぐらいの体のサイズならこの階層の通気口なら通り抜けることができる。彼女はいくつかルートを間違うが、彼よりも早く外へ出なくてはと急いでいると、床が抜けた。そのまま滑り落ち、そして、お日様が差し込む外へ出られた。

「ああ…まぶしい。けど、随分と遠い未来へ来てしまったようね」

 かつて街だったこの場所は緑に生い茂っていた。ここが都会だった。人が行き交いしていた。車という乗り物が走っていた。いろんな店が並び、いろんなものが買えた…なーんて、遠い過去の話だ。

 流石に疲れたか。足がビリビリしている。その辺に座れる場所を探して、座り込む。

 扉が勢いよく飛び込んでくる。”重”と書くと扉は地面に押さえつけられるかのように落下し、グシャリと音を立てて潰れた。

「まっていたぜ。久しぶりすぎて、随分と見た目を変えちまったな」

 黒く染まった外観。酷い火傷の痕だ。罠が発動し、なんらかの液体を浴びてしまったようだ。

「だぁれぇ?」

 声がかすれてしまっている。そのうえ幼稚のような喋り方だ。

「私の名はノクターン。かつてここで働いていた研究者だ」

「しらねぇーなぁ」

「それもそうだ。君は博士でここの最高責任者のひとりだ。そして、実験のため自ら実験体となった。名は、エルム。私の上司だった男だ」

 エルムは知らないようだった。

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