断片集

たくひあい

断片集 1



細切れに保存してあった断片的なデータだけでも載せてみようと思います。

諸事情があって、全部のページが見つけられるかすらわかりません。

本当はどんな構想があって、内部でどんな計画が為されていたのかは想像にお任せします(˘ω˘)💗 これは、麻薬を見つける話かな?

どれもどこかしら繋がってるみたいです。またいつか、みんなにお会い出来たらいいですね。






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もしれない。だから何かに紛れ込ませる必要があったんですよ。例えば、カーテンや布地などの模様とか」

1階2階を回って、順にカーテンの柄を確認、模様を回想する。

1階につき12部屋あるのだが、カーテンの柄は葉、太陽、ハート、星、鳥、天使、というふうに各階ごとで繰り返されている。

4階、3階、1階、2階。

この船は3階までだ。

だからきっとここでいう4階は、地下のこと。

「4階って地下でしょう。カーテンなんか無いけど?」

黒いウエーブした髪をなびかせてエナが言う。そうだ、そんな名前だった。

パッチワークみたいなワンピースを着た、お姉さん。

「それは、たぶん、配管などの番号で代用しているんだと思います」

「なるほどね」

「3階は」

「3階は、旗が立っています」

下から始まっている理由は、上から見た際に、格子に見立てるためだろう。

見取り図を見ていた理由。

それは、転置暗号を再現するためだったらしい。

ここでは4階から1階までの経路を使ってそれをしている。

そして恐らく、黒いシャツの彼女はハート、トリ、など、目印のあった場所を、別の言葉、LOVEなどに置き換えてメモしていたようである。用心深い人だ。

例えば、紙で言うと4312の順で部屋を回って、経路図に縦線と横線を引いて格子を作り、鍵に書かれた順序にそって、文字を入れていくと暗号にするための並び方をした言葉が出来上がる。

ここでいう順序とは、4312の各部屋の回り方のことだ。この船の内装では、一部の床に、飾りのタイルが交互に散りばめられている。特に、部屋と部屋の間を繋ぐ、中間地点のタイルはそうなっており、各階に上がるときに、ちょうど真っ先に目に入る。

「目印には、これを、使ったんでしょ?」

古里さんが、スピーカーのそばに置きっぱなしだった、飾りのタイルを拾い上げて指差すと、周りがわあっとざわめいた。

「タイルにあるマークと色を組み合わせて使っていた。例えば二階なら、2の白いハート、3階なら3の赤いダイヤといった風になっていて、階が変わる際に、床で同じ模様が並んでいる中のワンポイントでもあって、縦に順に見ていくとカーテンの模様で目指す部屋がわかるようになっています。同じ模様は隣り合っていませんでしたから。そしてこれは想像になりますが、色などで方向などを示していて、それで、矢印を辿ってさっき見てきたマークをメモしたり思い出しながらも、そのときのマークの色を見て今度はそこよりも上か下の階に行き、そのマークのあった場所に近い部屋を探す。それが赤か白といった色の役目、という感じでしょうか……地下の部屋は何かで代用していると思います」

なんて体力を使う取引だ。そうすると、一つ余りというか、空きが出てしまうけど、そこは二箇所になるような色だったのだろう。タイル全ては見ていないし。









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母さんが、男に近づいていって、そして手を捻る。

手から何か袋に入った小麦粉のようなものがどさどさと零れてきた。

なんだろ。

ぼくは気にせずつづける。めんどくさい。

「なんらかの理由で剥がれたタイルがあります。それは、彼らの目印に無くてはならないものだった。3階のタイルです」

男の細まった目が、こちらをじっと見ている。

3がない、とはそういうことだったのだ。

「それがあったのは、ディナーショーの会場」

「………………」

「恐らく、誰かが後で貼り直すべく、一旦、人の踏まないような場所に運んだのでしょう」

「それは私。リハで3階まで行ったとき、剥がれてて危なかったから。持ってきて、そしたら本番になってしまったものだから、つい一旦足元に置いていたの」

古里さんが手を上げる。

足元にはスピーカーがあるので、タイルは観客には見えないし、カメラにも特に映らないのでいいと思ったらしい。

と、彼女が話している、そのときだった。

「しかもなんと、裏返して置いてあるのだし、アイドルの足元にあるせいで、確認もしづらい。だが、今日中に報告を済ませたい。そんな彼らは困ったはずだ」

後ろから声。なんか意味のわからないことを言いながら、ぼくのすぐ左側に肩を並べたのは、母さんだ。「だから、横から写真を撮った後に、拡大し、SDカードのデータを読み込ませた画像ソフトで光の角度、コントラストなんかを調整して加工、拡大して取り出した色データをいくらかピックアップして抽出、解析という手段から、色合いの幅――、RGBだかCMYKだかの色味傾向を割り出すことで、知ろうとしたってわけだよ。わかってみるとくだらないな。事前にタイルの飾りの色合いやマークの種類だけは、教えられ、頭に入れていたんだろう。だから端のほうだけでも見れば、図形がわかる。それで判断したかった」

この人、別に面白くするために撮影したわけじゃないでしょ!

男がうっすら笑いながら上を指す。天井にはいくつかカメラが付いていた。

「惜しいな、局もあるが、あれはな、身体が常に監視カメラの死角になる向きのルートだった。そしてマークの、色の《数値》が取引の値段になる。メモはその値段を外部に知られないで会計するためだったっちゅうわけなのさ。わかったかい探、偵、ちゃん?」

なんか、面倒な取引なんだなーと思ってしまう。

「…………」勝手に探偵にするんじゃない。あと、なんで親切なんだ? こいつ。

ぼくは、なんとなく思い出すことがあって、服のポケットを漁る。


[newpage]

「きみは、案外自分が傷付いているかどうかってことしか考えてないんだね。命に関わるから、仕方がないとは、思うけど」

「…………そんなこと、ない」

「うん。知っている」

ぼくが頷くと、そいつは、少し目を見開いた。驚いているらしい。

「でも、なんだか、ぼくもある日、気付いたら心がね、こう、ぱきっと。アイスみたいに、根元から折れちゃったんだ!」

そうならないように、出来るだけ明るく言ったのに。

滅多に笑わないぼくが、久しぶりに、笑顔を作ってまで伝えているのに。

そいつはどこか、困った顔をした。

「立ち直れないって思う。でもいつか治るかな? こんな話をして、ごめんね……もう、傷付きたくないんだ。勝手に傷付いてごめん。怒る?」

「…………」

ただの世界への八つ当たりだよ。

ぼくにとっての醜い、早く消して終わらせてしまいたい世界を、きみは綺麗だ、なんていったから、つい、勿体なくなりそうでさ。申し訳なくなってしまったんだよ。

だって、苦しかったから。

関係なかった。なのに、嫌われていると思わせてしまったのだろうか。

そう思ったときに思った。いっそのこと、それでもいいかもしれない。

そうしたら、放って置いてくれる。ぼくが、傷付いているよ、なんてことを、言わなくって済むよね。自分の痛みよりも、他人の痛みに傷付くようなやつに、聞かせられないじゃない。でも、とうとう聞かせてしまったな。ぼくが、こんなことを言わず、悪役で居ればきっと平穏に済んだんだ……でも。「それを知られたくなくて、逃げようと思った」

きっと、悲しい顔をするだろう。最初から表でしかないのに、きみは裏ばかり探していたみたいで、「きみは、優しいから誰かが庇ってくれると思う」

「…………」「でも、ぼくは、誰も助けてくれないからさ、自分で感情を制御するしか無かった。でもちょっと、やり方を間違えちゃったみたい。もう、諦めるね。何もかもを。眠りたいし、遠くに行きたいんだ。今なら、飛べそうな気がするし」

「それって」そいつは、戸惑ったような顔をした。ぼくは笑った。笑ってそいつの手を両手で握った。本当は、それでも、嬉しかったんだと思う。ぼくの気持ちを、気にしてくれた人は、今まで居なかったから、やっと生きた心地がしたんだと思う。だから結構、幸せだった。今まではなんだったのかと、逆に悲しくなるくらいに、楽しかった。もうそれは味わえないなって、少し寂しいけど、でも。

「そうだな、今度、ずっと行きたかった場所に、行ってくるよ」

そう笑って、言うと、そいつはなぜか泣きそうになった。

「どこに?」「お前には教えない。付いてくるなよ?」

「なんだ、それ…………」

「うふふ。生まれ変わったときは、ヒトを好きになりたいな」

「どう、して――」

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どこかに『この謎』の存在を知ってる人が居て、それを探していることを、気付いていないだけじゃないか。だから、それを最初にぼくが語れば、いや、ぼくじゃなくてもいいからぼくが語ったことを誰かが思い出してくれて、それで誰かが語ってくれたら、他の人も、その『謎』を、勇気を出して語ってくれるんじゃないかな。 「大丈夫、それは個性でしかないよ」って前向きに伝えたかった。表に出しても大丈夫だ、って。

誰かが話せば話してくれるって思った。みんな、どこかしらそうで、悩んでいる。だけど、それを伝えてもいいのかわからないだけなのだ、と信じているからだった。だから待っていた。待っているのに疲れて、いっそのことぼくが話してみることにした。

「いろんな人が居てね。ぼくみたいな人や、あいつみたいに色が沢山見える人、怪力だったり、耳が良すぎたり、いろんな人が実在するんだよ! これが、普通のことなんだよ」そう語ったぼくに、しかし誰かが言う。

「面白いね!」その頃ぼくは、普通病棟の方に居た。暇だったので、同室で知り合った子どもに、実際に出会った人たちの話をした。きっとそのことについて興味を持って調べたり、全然違う視点からその人自身の自分の考えを伴って発表してくれたりして、きっとみんなで、もっとこういう話で盛り上がれると思った。そしたらぼくたちの孤独は無くなっていくはずだと思っていた。「うん。世界には不思議がいっぱいだろう?」「で、それってさー、どんな気持ちなの?」そう言いたかったぼくに、しかしその子は聞いた。悪気なんか一遍もないだろう。けれどまさか、そんな当然のことを聞かれるなんて思わずに、どくん、とぼくの心臓が跳ねる。しかしせっかく興味を持ってくれたのだし聞かないで、なんて言ったら、きっと、興味を無くしちゃうんじゃないだろうか。すれ違う看護師さんが「そのくらい答えてあげなさいよ」とぼくを叱る。胸が痛むのを堪えてどうにか語ると、その子は面白がって喜んで、他の子に語るけど、ぼくは、 実はそのたびに昔あった嫌な思い出がフラッシュバックしてきて吐き気を堪えていた。誰かに勇気を持ってもらうために真面目に語りたかった。真剣だった。

だけど勇気を持ってもらう前に、自分が歪んでいくみたいだ。それは怖いしあまりに不快な話だからもう聞きたくない、と、最初からそうなるのだと自分の価値観だけで勘違いしていた。けれどたまに誰かに応援されてしまうと孤独が増幅されてしまって、それをぼくは身勝手にも「つらい」と思ってしまう。それでも希望を探して呼びかける。そのループをやめられなかった。勝手に自分にとっては捨てたいような不快な(と思っていた)話をしておいて、自己嫌悪を繰り返す。ただ勇気を持って欲しかった。なのに、ぎりりと心が悲鳴をあげていた。頑張れという声さえも、《残念だったな、世界中どこでも、お前は一人だよ、いいネタでしかない》そういわれているようでもある。日に日に酷くなる。そんなものは黙って我慢すればいいのに。きっと今頃、失望されていることだろう。それは尤もなことで、深くお詫びしたい。しかし愚かにも身勝手な心痛に気をとられ周りのことに気付きさえしなかった。娯楽と扱われても仕方が無いことを覚悟した上で、関わりを持たなければ、それほど関心を持たれないなら、他人との壁が崩れないなら、それを受け止められる……とばかり思っていたのだ。他者を遠ざけてその《壁》を必死に守ろうとしていたのだ。じゃないと、その他者さえもいやになってしまうのではと恐かった。


だんだん好奇の目で、その子は聞いてくるようになった。

「どんな感じ?」「どうしてそうなの?」「もっと知りたい」「ねぇもっと面白いことは?」「面白い」

それは、悪くない。なのに孤独なぼくには、まるで詰問のように思えた。

何が面白いのかはわからない。けれど、まぁ楽しいに越したこともないだろう、と気にしないことにした。

看護師さんは「それくらい」と言ったが、ぼくからしたら年齢や体重をずかずか聞いてくるようなものに思えて「それくらい」どころではなかったりする。

次の日、ぼくはできるだけ柔らかくなるように気をつけて、言った。


「ぼくだけの言葉じゃ、だめだよ。正しいことなんてわからないからさ」その子は人気者で、クラスの中心だった。きっと、わかってくれて、もっと伝えてくれるんじゃないかな。そしたら×××たちも喜ぶなぁって、そう思った。もっと×××たちのことを好きになってくれるかもしれない。×××を気に入ってくれたらいいな。×××が好きなひとは好きだ。ぼくも嬉しい。


「せっかく見本がいるのに」

でも、その日、その子は面倒そうに息を吐いた。

ぼくは、あの子達がとっても大事で心から大切にしたい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい傷付いてごめんなさい。

悪気のない「興味」の言葉たちに、次第にぼくの中の何かは抉れていくみたいだ。

どうしよう、誰も悪くないのに。

ひどく不安で、恐ろしい気持ちで胸がいっぱいになる。

どうしよう。どうしたら、これが伝わるんだろう……伝わらないのかな。今にも暴れそうな心臓をどうにか押さえつけて、ぼくは、ぎりぎり笑う。よくあることなんだ。取り乱しては、だめだ。この子は悪くない。思い切って違う話をしてみた。自虐を楽しく交えて、あとついでに、昔あった事のある、その子とは違う人物のことを思い出しながら、これまでとは無関係な話をしてみよう、とそう閃いた。ああ、自分とは関係ない、誰かの話なんだな、って思ってくれると思って、普通やるかー?ってくらいに酷く自虐的な話をしておいた、そのつもりだった。怒られてしまった……ちがう、こうじゃない。なんで逆の感じになるんだろう。うーん、でも、やっぱり《面白い》とかそういう感じじゃぼくの中では、無いんだ。「誤解となってしまうかもしれない。ぼくだけの感覚だけを参考にしたり、肯定だけしていては、違う例が見過ごされてしまう、個人差がすごく大きいから」

必死に説明する。その子は笑ってくれた。「興味深いね、もっと聞きたいな、面白いな」

心臓が、ばくんばくんと、だんだん早い音を立てている。その子は好きだけど、でも、でも……。なんだかこわくなる。「勝手にしてよ、面白がっても構わないけど、でもぼくからはもう話さない」ついに耐え切れなくてぼくは言った。意見が違うのだし、関わらなければいいのだ。その子の時間を奪っているみたいで申し訳ないし、ぼくは泣いてしまいそうだった。その子は怒っている。

ぼくが何を言いたいかは伝わっていないみたいだ。難しい。

「だって、面白いって、知ってほしいんでしょ? いいよね、きみはさ、面白い人間でさ。羨ましいな。聞かせてよ」

「面白い、かな。うける、のかな……」

「たぶんね」

「へぇ。そっか」

聞いてもらえて嬉しかったんだ。あんなに、興味深そうにしてくれたから。

「…………そっか」

まさか、詰問を受けるくらいのことをしてしまったのだろうか。だとしたら何がいけなかったのだろう。日常の中にぼくにとっての悪夢が入り込んできて、ぼくが、捨てた(じゃなく、本来、《現実と切り離してしまいたかった》という表現にすべきだった部分)、部分までを悪夢に食されて現実を侵食されていくみたいな錯覚に襲われ続けるようになり、ご飯がまともに食べられなくなってきてしまって戸惑った。そうめんは美味しい。夏バテかなと思うけれど、そのときの時期はまだ春になる前くらいだった。

好きだったものや、好きだった人が自分の《悪夢》になって襲いかかってくるみたい。

もともと世界に八つ当たろうって思っていた。同じような誰かが共感してくれるって思って話したそれを、なのに醜いではなく綺麗だって言われたら、ぼくは何を憎めばいいのだろう。このままでは別のものに当たってしまいそうでこわいし、夢と現実とは分けていたいからなるべく壁を作らせておいてほしい……と思ったときに閃いた。いつかどこかで嫌な解釈をさせてしまうようなことを話す場合があるかも。傷つけてしまうのではないか。それなら先に、言わないでおくつもりだったことを言っておこう。何にも関係していないつもりで話しても、何かに関係していると思われて混乱させてしまうくらいなら、先にこういう感じのことを話そうと思うんだけどと言っておけば安心してもらえるんじゃないかな? と、話してみる。むしろ悲しい目をされてしまった気がする。あれ? 壁は出来ていくけど、作りたかった壁じゃない。話しても話してもいろいろと空回っていくみたいで、息が詰まる。ぼくは何をしてしまったのだろう。

「そもそも面白いってなにが? ぼくがそんなに変ってことなの?」つい口を出た言葉。ただ不安だっただけなんだ。劣等感だ。よくあるね、って言われたかったけど、それが無くて、ひとりぼっちで。その子は少し眉を寄せてこちらを睨む。

いきなり何言ってるのって感じが伝わってくる。

「嫌そうな顔をして、もしかして、迷惑になったの? 今更、酷いよ」

そうじゃないんだ。そうじゃないんだ。

そうじゃなかったのに。上手く言えない。きっと、ぼくはまた酷いことを言いそうだ。

そうじゃないのになんでだろう。

ぼくがこんなにコミュニケーションがダメで、変わり者だから、報いみたいに自分の中の悪夢のようなものを見ているのだろうか? 周囲にじわじわ責められているのだろうか。 

だったら、それは責められないししかたが無いよね。けれど、世界中が、真っ黒になってしまったみたいで、なんだか、寂しいな。前よりも、ずっと孤独だ。

「そんな人、どうせほとんど居ないでしょ?」

「…………っ!」

[newpage]


その言葉がなんだかやけに響いた。

つまらないとか、言うのは別に構わない。

それが事実だっていうならそれは受け止めているし、事実を聞くのには慣れている。

取り乱したりしない。むしろ、「そっかー」と、あえて自虐的にネタにできてしまうくらいのことなのだ。事実は変えられないし仕方が無いので、それをどうこう言ったりはしない。

それになにせあの母さんだって厳しくて批評家だし。

でも。

「もう……関わらないで」

でないと、ぼくはおぞましくて醜いものを見せ付けるだけになってしまうよ。

その子の綺麗な目を曇らせるような話をしそうだ。

その期待を、きっと大いに裏切ると思った。

そのときが来るのが怖いんだ。

ぼくが、そう言うと、その子は、ぼくが泣き出すより先に怒り出してしまった。

これまでに無いくらい怒っている。

「は……?」

その子の目を見て、ぼくの、これまで自分のことだけでずきずきと痛んでいた、それでも押さえつけていた心に、別の痛みが加わってしまった。

「なにそれ、せっかく聞いてたのに、自分で知って欲しいっていったのに手のひらをかえすんだね! ひどい、気持ちを試していたんだね、実験だったの」

裏切られたという感じで、悲しそうに言う。

「ち、ちが…………!」

言い訳を探しているのに、話を聞いてもらえなくて、悲しくなる。

全部がそういう風になっていくんだろうか。

なにもかもが嫌な感じにとられてしまうのだろうか、だとしたら、何も言わない方がいいかもしれない。いつも上手く伝えられないみたいだ。

でも自分が傷付いていることだけは隠しておきたいと思っていた。

どの立場で、と言われると思ったのだ。

今、もしそう言ったなら言われているのだろうか。

でも辻褄を合わせたら全部こういうことになる。

具体的に言うのを避けて、隠そうと思った。日記にしてしまおうと思った。

世界に八つ当たる醜い日記だった。

だから、あまり見られてはいけないものだったな、と思う。

傷つけたくなくて、遠ざけた。そして結局傷つけてしまう。

あの人も、あの子も、誰のことも。そうだった。それだけだった。

実験なんてしていない。

ただ、ただ、みんなで分かち合いたいなって、そう思ったんだよ。伝え方が良くなかったのかもしれない。

いつも良くない。

言葉がいつも通じなくて困っているんだ。

言語が同じのはずなのに、どうしても通じない。

なんでだろう。もしかして今も、通じていないのだろうか。

だとしたら、もう何も話さないでおこう。

「は、話を、聞いてよ……待って、違うんだよ、居ると信じているんだ!」

「なにが」

「みんなで話せる話題だけどみんながそれに気を遣っているだけなんじゃないかなって、そう思っていたんだ、どこにでもある話じゃないかな? って思っているんだ。だからもっともっと深く話が出来たらいいなあって、ただ、そう言いたかったんだ」

「居ないよ。そんなの考えるわけないじゃない」

「そう、だよね。上手く言えなかった。ごめんなさい。もし居るのならみんながそうなのに誰にも言えないなんて寂しいって思ったんだよ、だから」

何をかわからない。でも、つらくて、なにか、やめて欲しかった。

いや、やめたくなって逃げ出したかった。心をかきむしられていくみたいなこの痛みを、いったいどうすればいいのかわからない。この痛みさえも、悪い方にとられてしまいそうだ、という言葉さえも皮肉のように聞こえてしまうのだろうか……どうしよう、上手く伝わる言語が見つからない。もう喋らない方がいいのかなと思ってしまう。

もともと誰かを傷つけたい性格でもないけど、なんだかこれでは同じことだ。

「いるわけないでしょう」

「いないとしても、信じていたいよ」

「架空の中にしか居ないよ」

「そうなのかな、でも架空のなかにも架空の現実があるよ、だから、その中では実在するじゃない?」

「でも居ないんだもん」

「きみは悪くないと思うんだ。けどね、きみといると、その考えとは違うぼくは、傷付いてしまう。だから」

「なにそれ、面白いじゃん。どうして傷付くの?」

「それは、ね……」

そんなことまで、面白がられるのかと、思う。

面白いと感じるのもどんな解釈があるのも自由だ。

なのにその自由が怖い。

たった一人で戦っているみたいになってくる。

何を言っても上手く伝わらないのが怖い。

何も言わなくても伝わっていく何かがこわい。

ああ、でも、怖いってことは、まだ誰かを傷つけるのを恐れることが出来る人間性が残っているらしいのだ。少し安心する。

でも、やっぱり閉じこもっておけばよかったかなと思う。

たまに、

どこにも故郷の星が無いんだろうなって。





















だってあれは「謎」だ。どこかしらで、誰かのかかえる現実なんだよ。

だからそれに、ちゃんと向き合っていくために語ったのに。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




違う、と言えないまま、目の前がぼやけていく。

最低? なにから、どこまで。

「最低だよ! よくそんなことが言えるよね」

誰かが言ってる。

自分は何もしてない、こいつがおかしいっていう、そんな自信に溢れている。


普通の気持ち。

(はあ。最低。か…………)

目の前で、その子と、そして別の誰かが怒っている。

数が増えてくる。

そうだそうだ、と合唱が始まる。なんだか、だんだん頭が痛くなってきた。

何が、誰が、どこが、どこから?

わかんない。

どんな気持ちで、どんな考えかなんてさ。

聞かれること自体が。

どうして。どうして。『人間』だよ。

「他人の気持ちも、考えて」

誰かが言う。粘度を持ち、脳裏にこびりつく言葉。

「だったら!」

だったらぼくの話も、聞いてよ。

誰も、聞いてくれない。

それは、その場に残されるぼくにはヒトの気持ち、と聞こえていた。



「ご、ごめん……ちがうんだ、ただ…………!」

叫びは、誰にも届かない。ただ、

ただなんだろう。

けど。

背中が遠ざかっていく。

何から、どこまで悪いのだろう。意味がどこかで曲解され、次第にずれて伝わって、誰かの独断で歪んでいく、そんな漠然とした不安感に、取り残されてしまいそう。

まるでどこにも味方が居ないようなそんな気がして、怖くなっていく。

やっぱり、こうでなくちゃってくらいに、世界は黒くて、歪んでいる。

なぜだろう、いつも言葉が通じないのだ。

誰かが勝手に怒って、意思と逆の読み方をされて、それで離れていく。

「いいよねー! 特徴があって!!」

困惑していた中、廊下に出て行ったぼくに、誰かがすれ違いざまに囁いて、クスクス笑った。

「…………っ」

そのとき。

とうとう、言葉を失った。別に、よくも悪くもないけどな。

よくわからないけど、いろんな何かを、持っていたはずの大切なものを、誰かに代わりに全部取り払われてしまったようなそんな気分になったのだ。

手元に、何も残らなくなってしまったみたいな、そんな空っぽの気分だ。

もちろんそれは気のせいなのだ。だけど、問題は「あれ、自分は何をしたかったんだっけ?」 と、根拠にしていたものが、揺らいでしまったことだった。

だから、これまで語っていたことをやめてはいろいろやってみたけど、なかなかしっくり来なかった。

先月、お見舞いに行った病室で一緒にホラー映画を見た際には、主人公がゾンビを縛り付けて閉じ込めようが「ふーん」って感じだった。クマも、むしろ嬉々として主人公を応援していた。クマに監禁されたことがあるぼくは、どうも、それほど大した表現であるとは認識していなくて、あとで幼馴染のユキにその話をしたら、かなり引かれた。

そこまでする? ってことだったけど、フィクションだしホラーだし、と思った。

ユキは、残念そうにぼくを見ていて、あれ? って感じ。

盛り上がってくれるって、思ったのに……どうやらクマに毒されているらしい。

でも、その後で観たミステリーはちょっと怖かった。恐ろしき錯誤、だったと思う。

おかげで眠れなくなってしまって、クマに電話をかけたら「あのホラーは平気なくせにどうしてそっちが怖いの」と笑われた。錯誤は怖い。

微妙に事実が絡んでいるからこそ、誤解に気付きにくくなるし、互いにしなくてもいい不安を気にしなきゃいけなくなる。

怖いじゃないか。

クマは笑っていった。「いっつも経験しているのに、こわいんだ?」

だからだよ。ぼくは言う。


「…………」


目を覚ます。なんだか激しく動悸がしている。

寝付けなかったから、頭がぼんやりしている。

昔の夢を見た。ぼくは、そうだ、確か普通の子の居る病棟で知り合った子達と揉め事を起こしてしまったのだっけ。そう、それで、あそこに居られなくなったんだ。

いつだって正義は、誰かに決め付けられている。ぼくの入る隙間なんて無くて。それでも良かった。ユキを見つけたときだって、×××を、庇ったときだって、そう。

「誰も聞いてくれないどころか、『きみはおかしい』って、CTに連れてかれるんだもんな……あれは、もう」

あの頃は今も恨まれているけど別にいいや。

真の居る病室の方を、あいつらが「変なやつの集まる場所」って感じで、変な目で見てくるから、ごく普通の病室だよ、そんなこと言わないで、異常なんてどこにもないよって、言って。それが伝わっていると思い込んでいた。

だってそれは当たり前のことだったんだから。でも、よくよく考えたら《あえてそういう風に庇ってる変なやつ》って思われていたんだ。あの子たちには『普通だけど異常だよな』みたいに思われていたのだ。

やっぱりこれを、ありふれた日常、と呼んじゃいけないのかな。


救いだったのは真と、××ちゃんだけ、その話を聞いて唯一、ぼくの気持ちを考えて、くれたことだった。

それで充分、嬉しかった。

なのに、もし変なことを言ってしまっていたらごめんなさい。

悪気はないんだけど、伝えようとすると、なぜか上手く行かないんだ。


でも……ちょっと残念だな。

『珍しがられない』居場所を欲しがっていたのにな。ぼくは、ごめん、と真に言った。そいつは、ただ、綺麗な目でこちらを見るだけだった。



「相変わらず、きみは無駄に諍いを起こしてくね」と、だけ言って、微笑む。

ああ。わかりあえないなぁ。

そう思って、なんだか悲しくて、星の綺麗な夜、窓を開けたまま、二人で静かに泣いた。

心の奥がかきむしられたようなそんな痛みが、ひりひりと貼り付いて、3日くらい泣いていた。

普通のことを、ただの自然を、願ってはいけないのかな、そんなことないよ、そう言い合った。

「いつか、一緒にここから飛び降りよう」3日目の朝が来たときには真が笑い、ぼくは頷いていた。二人で絶望を噛み締めて、それから、大笑いした。

あー。なんだか、昔からそうだな。

何かを守ろうとすると、結果的に、自分が敵みたいになっていて理解者はどこにも居ないのだ。あの構図には慣れているけどさ。


でも××ちゃんと、あの子は、聞いてくれた。「あー、おもしろ、相変わらずバカだね」とか言って、ぼくの失敗談を笑い飛ばしてくれていた。

なぜだろうか、あの面白い、は他のものよりも心地よかった。

「今日、出かけるんだったな」

身体を起こす。

行きたくない。

いや行かなきゃ。

チケットも、ただではないし。

知り合いのやっているイベントに招待されている。

机に置いている目覚まし時計の時間は朝6時。


◇ ◇

これでお仕舞いにする。





それに、もともと、この話はこれで終わるってつもりだった。

少し休もうっと。



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