第34話『今よぉ~ん! 突撃ィ~~~ッ!!』

 当初考えていた作戦ではストーカーを誘導する悠里を遠巻きから見守り、いざというときには護衛に回るという配置を想定していたのだが。どういうわけか、悠里に変装してストーカーを誘導する役割になってしまった。


 当の悠里はと言うと身の安全を確保するため、まだ犯人に特定されていないウチのアパートで桜庭と一緒に待機してもらっている。事務所や実家だと、すでに犯人にバレている可能性が高いため、こういう判断に至ったのだ。


 俺はぎこちない足取りを自覚しながら駅までの道を歩いていた。

 なんか下がスースーするし、大衆の面前で女装をしているという背徳感に苛まれて全然落ち着かない。というか、俺が妹代行するのは違うだろ……。


 とはいえ、今さらどうこう言ったところで手遅れだ。

 こうなったからには作戦をやり遂げるしかない。


 悠里に変装した俺はこれから『妹代行サービス』に向かうというテイでトートバッグを肩に提げ、無防備を装いながら駅の方角に歩いていく。


 数分ほど歩いて駅に差し掛かったとき、怪しい動きをする人影を視界の端にとらえた。

 俺は耳に入れて横髪で隠したワイヤレスイヤホンに小さな声で報告する。


「右後ろ斜めに怪しい人物を目視しました」

『――確認しました』

 すぐに返答が返ってくる。


 遠巻きから俺をサポートしてくれる妹(女子大生)だ。


「これから誘導を始めます」


 さて、作戦開始だ。

 俺は気を引き締め、駅の改札を抜けた。


 ここからは犯人に作戦を悟られないよう尾行されていることに気付かないフリをしながらマリーさんが指定した公園まで誘導する手筈となっている。


『――犯人と思しき怪しい人物も今改札を抜けました』


 俺の背後を付けているストーカーの行動は全部サポート組のによって筒抜けだ。

 俺は常に見られていることを意識して、姉の仕草などを真似ながら地下鉄のホームに向かう。


 電車に乗り込むと、犯人と思しき人物も同じ車両に乗ってきた。

 そいつは俺のはた向かいの座席に腰を下ろし、スマホを見るフリをしながらチラチラとしきりに視線を向けてくる。変装やメイクで悠里に近付いたとはいえ、さすがにはっきりと顔を見られたら気付かれるだろう。俺は俯きがちに顔を隠しながら電車に揺られ続けた。


『――おそらくその男で間違いないでしょうね』


 同じ車両に乗っているシスターズの声だ。


 たしかに俺もそう思う。初めは日曜の朝から女装して電車に乗っている男への奇異の視線という可能性も捨てきれなかったが、その人物以外に周囲の人がこちらを気にする様子はない。


 頼むからバレないでくれよ……。


 心配で冷や汗が止まらなかった。不安を紛らわせるべく、チラと隣の車両に視線を向けるとシスターズの一人が鼻の下を伸ばしながらサムズアップしている。『大丈夫。自信を持って』というサインだろうか。まったく、ノンキだなぁ……。


 そのまま不安を抱えながら数分が経過したころ。イヤホンに指示が入る。


『――次で降りてください』


 言われたとおり次の駅に到着すると電車を降りた。そのまま指示に従い、駅の改札を抜けると、やはりヤツは俺の後を付けてきている。


 この後は作戦どおりに犯人を指定の公園まで誘導するだけだ。

 怪しまれないよう自然体を意識しながら駅前の街並みを歩いていると、徐々に住宅街に差しかかる。それから数分ほど歩けば、ウォーキングロードのある大きな公園が見えてきた。

 両サイドに街路樹が生えたウォーキングロードをブルジョワな犬が散歩している。


 俺は指示に従い、公園の中に足を踏み入れた。

 日曜日の昼下がりということもあり、遊具があるエリアには家族連れが多く、運動場は草野球をしているユニフォーム姿の人たちが体育会系の掛け声を発していた。


 マリーさんに指定された場所は、この先にあるひと気の少ないスポットだ。


 目的地を間近にとらえ、少し油断したときだった。


『――犯人が立ち止まりました。尾行を続けるか迷っている模様です』

「ゆ、誘導していることに気付かれたか……⁉」

『――いえ。恐らくですがこの先に人が少ないので躊躇っているのかと』

「そういうことか、明るいうちは人混みがなければ尾行は難しい……」


 せめて夜でもないかぎり尾行に気付かれる可能性は非常に高いだろう。このまま公園に入るのはリスキーだと判断したんだ。


 どうしたものか。このままだと作戦が続けられないぞ……。


 なにかないかと視線を彷徨さまよわせたとき、ふとバッグに付いたストラップが目に留まった。


「……悪いな、姉さん。絶対取り返すから!」


 俺はあえて、姉に借りたトートバッグに付いていたアラ太くんのストラップを落としてウォーキングロードを進んだ。ヤツが犯人であれば、このストラップに見覚えがあるはずだ。


 つまり、話しかけるきっかけを用意したのである。


『――犯人がストラップを拾いました』

「了解」


 そして俺がやるべきことはこの場から立ち去ること。

 指定のポイントよりも先にヤツに声をかけられたらすべておじゃんだ。


 俺は歩調を早めてポイントに急いだ。


「マリーさん。指定のポイントに着きます」

『――了解よぉ~ん!』


 早足で歩きながらイヤホンで報告する。


 指定のポイントは、公園の最奥部付近にあるちょっとした広場だった。

 周囲には電灯やベンチ、他には便所しか見当たらない。


 俺は電灯の真下で立ち止まった。


 少しして、俺が歩いてきた道から砂を踏みしめる音が聞こえてくる。

 犯人が歩調を緩めて、近づいてくるのが足音で分かった。

 足音が止む。


「ゆ、ユリた――」


「今よぉ~ん! 突撃ィ~~~ッ‼」


 その瞬間、一九〇センチのオネェを先頭に数人の女性が草むらから飛び出してきた。


 それはまるで風邪を引いたときに見る悪夢のような光景だった。突然の出来事に戸惑うような様子の犯人にチーム妹代行事務所が飛びかかる。


 俺もウィッグを投げ捨て、乱闘に参戦した。

 しばしの間ワチャワチャともみ合いになった後、甲高い叫び声が聞こえる。


「確保よぉ~~~んッ‼」


 その声を合図に乱闘が止み、人がはけた。


 すると、マリーさんに取り押さえられて地面に這いつくばった犯人の姿が見える。

 さっきのモミクチャの中で犯人の帽子が落ちて、その正体が明らかになっていた。


「やっぱりアンタだったか――」

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