第21話『姉になにかあったんですか?』

 それから三日後の木曜日。


 葉山先生は体調不良で火曜日からずっと欠勤している。一応ラインで『大丈夫ですか?』と聞いてみたものの、既読すら付かないまま三日が経過していた


 先生、ピュアイノセント推してたもんなぁ……。

 ピュアアブソリュート推しの俺ですら多少ショックだったんだ。先生があまりのショックに寝込んでしまうのも仕方ないのかもしれない。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、すっかり手慣れたファミレスのホールスタッフの仕事をしていると、あっという間に午後十時を回っていた。


「そろそろ高校生組は上がってねー」


 チーフにそう言われ、ロッカーに戻る。

 それから着替えを終えて、荷物をまとめていたときだった。


 マナーモードにしていたスマホが突如ブブブッと振動し始める。見れば、登録外の番号から電話を受信していた。まあ、そもそも母さんと先生しか登録してないんだけどね。


 だが、なんとなくどこかで見覚えがあるような番号だ。

 大事な電話かもしれないので、俺は慌てて勝手口から店の外に出て画面をフリックした。


「もしもし……」

『もしもぉ~し、湊斗きゅ~ん?』


 ――プツ。恐怖を感じて思わず切ってしまった。


 それからしばし放心して、聞き覚えのある声だったことを思い出した。

 たしか以前、妹代行サービスに電話したとき出た人だ。


 すると、再びスマホが振動する。


『ひっどぉ~い。なァ~んで切るのよぉ~んッ!』

「すいません、つい……」

『まァいいわァ~ん。アタシ、妹代行事務所でオーナーやってる岡野おかのマリーヌよぉ~ん! 気軽にマリーって呼んでちょうだァ~い』

「は、はい……。えーっと、オーナーさんが僕になんの用ですか?」

『マリーって、呼・ん・でぇ~!』

「マ、マリーさん……。一体用件は……はッ、まさか……⁉」

『なァ~に想像したのか知らないけれどぉ~? 楽しいことならまた今度ッ☆』

「ひッ……」


 電話口から聞こえた吐息が耳から全身を駆け巡り、悪寒に襲われる。

 だがマリーさんはすぐに声色を真剣なものに変えた。


『実はねぇ~ん。今回はちょびっと大事な話なのよぉ~ん』

「大事な話、ですか?」

『ええ。湊斗きゅんのお姉ちゃんのことでねぇ~ん』


 この人が姉のことを持ち出してきたということは俺と、ユリちゃんもとい悠里が『姉弟』であることを把握しているということだ。おそらくアイツが話したのだろう。


 どこまで俺たちのことを知っているかはわからないが、わざわざ俺に電話をかけてきたということは一大事なのかもしれない。


「姉になにかあったんですか?」

『大丈夫よ、安心なさァ~い。ただここ最近ね、ユリちゅわァんがストーカー被害に遭っててねぇ~ん。さすがに一人で帰すわけにはいかないから迎えに来てあげてほしいのよぉ~ん』


 なるほど、悠里は妹代行サービスのことを母さんには隠しているから俺に白羽の矢が立ったわけだ。本人ではなく、わざわざオーナーから電話がかかってきたということは姉が「一人で大丈夫」と突っぱねたんだろうな。


 まあ放っておいても大丈夫だとは思うが、万が一のことがあるかもしれない。


「……わかりました。すぐ行きます」

『ありがとぉ~ん。チュチュッ、ンッ~マァ! あとでご褒』


 ――プツ。なんか不気味なリップ音が聞こえて反射的に切ってしまった。

 防衛本能がそうさせたんだ、俺は悪くない。


 ゾワゾワと悪寒がまとわりつくのを感じながら、さっさと荷物をまとめた俺はバイト先のファミレスを飛び出した。

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