第三話  初めてのお仕事

「ひ、広い……」


 新人アクター向けに貸し出されているアパートの自室に入った千早は、想像以上の広さに驚いていた。

 家賃は月八万円。政府からの補助金が出ているため安くなっているとは聞いていたが、部屋が非常に広かった。

 キッチンからしてコンロが三つある。冷蔵庫まで完備している優遇っぷりだ。リビングも広く、寝室が別についている。


 なにより大きいのは、地下室があることだ。地上階のキッチンやリビングを合わせた広さの地下室は防音設備が整ったアクタールームになっている。地下ケーブルでインターネットができるほか、新界のアクタノイドを操作することもできる専用の部屋だ。

 アクタノイドを操作するには身体を動かす必要があるため、空調設備が整っている。さらに、新界での任務中にアクタノイドを駐機して仮眠が取れるようソファベッドもあった。

 冷蔵庫もあり、中を開けてみると水とお茶、スポーツドリンクのペットボトルが入っている。『熱中症や脱水症に注意してください。こちらはサービスです』と書かれた手紙が添えられていた。

 至れり尽くせりすぎて不安になる。


 千早は初めてケージに入れられたハムスターのように借家を動き回って設備を点検し、地下室のソファベッドに座り込んだ。


「ふぃ……。一人カラオケできそう」


 広々とした地下室を見回して俗っぽい感想を呟き、千早はスマホ画面に視線を向ける。

 アクターズクエストと書かれたアプリを起動する。


 アクターズクエストは政府、企業、個人が依頼を出し、千早のようなアクターがそれを受注する依頼掲示板である。

 千早は自らのアカウントを開き、情報ページを確認する。氏名、年齢、性別などすべてが初期状態で非公開になっていた。

 アカウント名は初期状態のまま『アクターU114』らしい。数字部分がアクターの登録番号かと思ったが、どうやら英数字がランダムに振られているだけのようだ。

 アカウントには早速、指名依頼が舞い込んでいた。


「新人向け、政府依頼……?」


 新人アクター向けに政府が実績作りの応援がてら依頼を発注するとは説明会で聞いていた。

 内容は物資輸送。先輩にあたるアクターの四人組に同行し、物資を新界にある『高倉仮設ガレージ』へ運ぶというものらしい。


「ガレージ……。た、確か、アクタノイドを駐機できる環境が整っているんだっけ? なら、片道?」


 片道で半日ほど。物資は装甲車で運び、アクタノイドは政府が貸し出すオールラウンダーを操作できる。

 千早が新人アクターであることは政府から説明されるため、さほど気負う必要もない。

 千早は深呼吸を一つして、依頼を受注した。


「うへっ、う、受けちゃった……」


 早くもチームを組んでの依頼だ。


「あ、そうだ。ボイスチェンジャーを入れないと」


 チャットでも会話はできるが、緊急時には声での応答が一般的だ。せっかくアカウントで性別欄を隠していても声からばれては意味がない。

 パソコンを起動してボイスチェンジャーを始めとしたソフトを導入していく。


「えっと、あったら便利なアプリ一覧……」


 ネットで検索すればアクター向けに配布されている様々なアプリソフトが見つかる。

 有名どころは新界の動植物について映像や画像から特定ができるようになる図鑑のようなアプリや、政府が開発、無料配布している資源探索アプリなどだ。

 他にも、アクタノイドに指定した動作を繰り返させる反復動作アプリ『ルーちん』などもあるのだが、オールラウンダーは処理能力が低いためアプリを導入できない。


 しかし、千早は図鑑アプリや資源探索アプリをパソコンに導入していった。これらのアプリはラグさえ無視すれば自宅パソコン上でも動作するからだ。


「しゃ、射撃統制アプリ? ……害獣駆除に? あ、そういうのもあるんだっけ」


 一般的に、新界の動物は大型のモノが多いという。

 千早は導入したばかりの図鑑アプリで新界生物の予習をして、依頼当日に備えた。


 ――そうして三日後、千早は初の依頼に参加するべく開始時間の十分前に貸出機のオールラウンダーに接続した。

 この三日間で新界にある訓練用のオールラウンダーに接続して何度も訓練を行った。動作訓練はもちろんのこと、銃器も基本的な扱いや射撃訓練を行っている。

 オールラウンダー側である程度の姿勢制御をしてくれるため、銃の反動はあまり気にならなかった。


「よろしくー」

「新入りさんでしょ。あんまり無茶しないようにね」

「アクタノイドが壊れても新人は新界資源庁が補助金を出してくれるし、あんまり心配しなくていいよ」

「それじゃ行こかー」


 四人組のアクターチームは新人の千早を緊張させまいとしてか、緩く気安い空気で歓迎してくれた。

 千早はこくこくとアクタノイド越しに頷いて、装甲車の後ろを歩きだす。

 装甲車は新界資源庁の職員、大塚がアクタノイドを使って運転しているらしく、二台が連なって走り出す。

 舗装もされていない、それどころか切り株まで放置されている雑な道を装甲車はガタガタ音を立てながら走っていく。時速四十キロメートルは出ているだろうか。


「……ふ、普通に追いつける」


 千早が感圧式マットを踏み体重をかけるだけで、モニターがわずかに揺れてオールラウンダーが走り出す。オールラウンダーの最高時速は八十から百キロメートルだというから、これでも余裕がある方だ。

 人型だけあってモニターに映る視界は上下するが、首の伸縮により高さが都度調整されているおかげで酔うこともない。鶏や鳩の頭を想像した千早は馬鹿な想像を頭から追い出して地図を見た。


 道の関係で蛇行しながら目的地の『高倉仮設ガレージ』へ向かうことになるが、電波状況は安定しているらしい。

 初心者向けということで楽な依頼になっているのだろうと楽観的に構えていた千早は、目的地目前で絶望に突き落とされることになった。


「壊滅してる」


 『高倉仮設ガレージ』があったと思しき、フェンスに囲まれたプレハブ小屋が倒壊している。フェンスもあちこちが倒されており、腕や脚を失ったアクタノイドが転がっていた。

 装甲車を運転している大塚が防衛にあたっていたアクターに問い合わせを行っている間、四人組のアクターが突撃銃『ブレイクスルー』を周囲の森に向けて警戒を始める。

 千早も慌てて装甲車を背にするようオールラウンダーを操作し、後方に銃口を向けた。


「周囲に注意して」

「索敵はどうなってる?」

「視界には何も」

「ったく、ローンが残ってんのになぁ」


 四人組が愚痴を言った時、職員が声を上げる。


「アクターと連絡が取れました。イェンバーの群れに襲われたとのことです。生半な銃器は効果がありません。注意――」


 ドン、と鈍い音がモニターからあふれ出て、千早はびくりと体を震わせる。

 音の方向を見ると、異様に長いひげ状の感覚器を持つ巨大な虎模様の猛獣イェンバーが装甲車を横倒しにしていた。


「……へ?」


 森から飛び出したイェンバーがラグで対応が間に合わなかったアクタノイドを突き飛ばして装甲車を倒した。そこまでは理解したが、千早は突然のことに頭が追い付かなかった。

 それでも反射的に銃口を向けていたのは上出来だった。


「――撃て!」


 四人組のアクターが叫ぶ。


 千早は我に返って引き金を引いた。オールラウンダーが持つ突撃銃が銃弾をばらまき、至近距離でイェンバーの首から胸にかけて傷を負わせていく。

 鱗がいくら固くとも、この距離で銃弾を受ければひとたまりもない。

 それでも数歩、千早のオールラウンダーに進み出たイェンバーは赤い血を噴き出しながら装甲車の横に倒れ込んだ。

 ホッとした矢先、大塚とアクターが同時に叫ぶ。


「イェンバーは三頭です!」

「うわっ、ローンがっ!」


 アクターの所帯染みた断末魔と同時にアクタノイドが宙を舞う。

 別のイェンバーに弾き飛ばされたらしい。残ったもう一頭のイェンバーが宙でアクタノイドの腕にかみつき、引きちぎる。ご丁寧に、地面に落ちたアクタノイドを踏みつけていた。

 明らかに捕食行動ではない。縄張りに入った敵を排除するような動きと獰猛さだった。


 二頭のイェンバーは血だらけで倒れる仲間をちらりと見た後、黒板をひっかくような耳障りな唸り声を上げる。

 ラグで対応が遅れるのを見越してイェンバーから距離を取る千早に、残り二機に減らされた四人組からボイスチャットが届いた。


「イェンバーは逃げる相手を優先的に追いかける習性がある。目的地と逆方向に走ってひきつけて欲しい」


 千早は目を丸くして耳を疑い、口を半開きにする。

 だが、新人を囮にすると堂々と言い切られて驚愕しているのは千早だけらしい。


「そうですね。政府からの補助金が出ますし、位置的にもちょうどいい」


 新界資源庁の職員である大塚までもが囮作戦に賛成だった。

 合理的ではあるのだが、千早にとっては初の依頼だ。失敗なんてとんでもない。アカウントの評価にもかかわってくる。

 そこまで考えても、千早は断れなかった。

 ここで断れる意志の強さがあれば、そもそも就活に失敗していない。


「できるだけ遠くに引き付けて。ガレージの防衛力を強化する前に、イェンバーが戻ってきたら意味ないからさ」

「依頼内容は物資の運搬です。アクタノイドが破損したかどうかは評価項目にありませんから、安心してください。こちらからも備考欄で手を回しますので」

「はい……」


 千早は囮役を引き受け、突撃銃の引き金を引いてイェンバーの注意を引きながら来た道を逆走し始める。

 習性に従って追いかけてくる二頭のイェンバーを後部カメラで確認し、千早はボイスチャットをオフにした。


「囮役って、なんでぇ……」


 半泣きになりながら、立体音響で聞こえてくるイェンバーの唸り声や足音、臨場感たっぷりの追いかけっこを経て、千早は落ちているコンテナを発見、自機諸共に爆発四散した。


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