第7話

 レオンが手にした宝剣エクスソードは、強い強い光を放って三人は目を開けていられなかった。しかし徐々に光が収束し始めてレオンの手元に集まると、剣はレオンの手にあった。


「レオン!」


 ソフィアがレオンの身を案じて駆け寄る、先程までの現象に圧倒されていたオルドとクライヴも急いでその後に続いた。


「レオン!レオン!大丈夫!?」


 レオンは剣を握りしめたまま、目から光が消え呆然としていた。ソフィアの必死の呼びかけにようやく我に返ったようで、レオンは皆の顔を見回した。


「皆、俺はどうなった?」

「殿下その手に握られた物を見られよ」


 オルドの言う通りにレオンは自分の手に目をやる、宝剣エクスソードは自らの持ち主を選んだ。レオンは宝剣に選ばれたのだ。


 エクスソードはまるで生き物の鼓動の様に力が脈打っている、ドクンドクンドクン、やがてそれはレオンの鼓動と同期するようになっていった。剣が体の一部になった感覚に、体が必死に追いつき慣れようとしているのがレオンには分かった。ソフィアはレオンの様子を見て心配そうに見つめる。


「大丈夫、もうちょっと待っててくれ」


 レオンはそう言って深く呼吸を繰り返す。剣から受ける力、剣に渡す力が釣り合うようにゆっくりとコントロールしていく、そうしていく内に違和感が消えていき、レオンとエクスソードはまさに一体となった。


「お見事ですレオン様」


 クライヴは先のレオンとは風格がまるで違うのが分かった。武人としての卓越した感覚の鋭さでレオンの変化に気が付いた。


「ありがとうクライヴ、それにソフィアもオルドも里の皆、俺に繋がるすべての人達のお陰でこの剣に辿り着いた。これは始まりだ、エクスソードを手にした今、俺がすべきことは分かっている。魔族と魔物を討ち、世界にもう一度希望と団結の旗を掲げる、王国を取り戻し、初代オールツェル王達が成しえなかった魔族討滅を果たす」


 レオンに跪いてクライヴが言う。


「お覚悟、確かにこのクライヴが聞き届けました。よろしければ王国の剣であり盾である騎士クライヴを、微力ながら末席に加えていただきませ」

「クライヴ、ついてきてくれるか?」

「はっ!」


 レオンは跪くクライヴに手を差し伸べ、その手を取るクライヴをぐいと引き上げ立たせた。そしてそのまま固く握手を交わした。


「ソフィア、本当の事を言うと、君を死地に連れ立つのが俺は嫌だ。だけど君を置いて行くのはもっと嫌だ。まだまだ未熟だけど俺が君を守る、だから俺と一緒に来てくれないか?」


 レオンの真剣な眼差しにソフィアは胸と顔が熱くなる、星の神子たる自分が、一人安全な場所で居る事は許される事ではない、それでもレオンが自分の身を案じてくれるのが嬉しかった。


「私は星の神子よレオン、一緒に行かないなんて選択はありえないの。それに心配してくれなくても大丈夫、私がレオンを守るから」


 ソフィアの力強い宣言を聞いて、思わずレオンから笑みがこぼれる。ソフィアは守られるだけの人ではない、強くて凛々しく優しい人だ。レオンは自分の発現を少し恥じて、改めてソフィアに問いかけた。


「愚問だった。星の神子、俺と君は一対、二人で一人前だ。俺と共に来てくれ!」


 レオンが差し出した手をソフィアは強く握り返した。


「勿論、何処までだって行こう!」


 二人のそんな様子を、オルドとクライヴは優しい眼差しで見守っていた。


 剣を手に入れた際にアクイルから聞いた情報をレオンは皆にも共有した。敵の大将である魔王アラヤに、封印から解かれた四人の魔族、世界に広がりを見せる魔物の存在、レオンはオルドと相談してすぐにでも旅立つ事を決めた。


 旅の支度は前々から準備を進めていたため、それほど手間にはならなかった。レオンとクライヴが協力して用意した物に欠けがないか確認をしていた。


 その間オルドはソフィアを連れてある場所に向かっていた。


「オルド様、私たちはどこに向かっているのですか?」


 ソフィアはオルドに言われるがままに着いてきているので、どこに向かっているのか知らない、森の中をただ進んでいるだけだった。


「旅に出るのなら渡しておかねばならぬ物があってな、これは星の神子の為の物で、剣とは別の場所に封印されているのだ」

「封印ですか?」

「ああ、剣とは違った意味で封印されている物だ。星の神子は人々と神々を繋ぐ者、しかし人の身に神の力は負荷がかかりすぎる、それゆえ神々が作った星の神子の為の神器がある、これは星の神子以外は近づく事すら叶わない物なのだ」


 そんな物があるとはソフィアは知らなかった。その事をオルドに伝えると、魔族復活の日が訪れた時にのみ、封印を解き星の神子の手に渡すようにと言い伝えられてきたからだと説明された。


「ここからはソフィア一人で行ってもらう事になる、殿下にとって宝剣エクスソードを手に入れる事が試練であったように、これは星の神子であるお前の試練でもある、くれぐれも気を付けるのだぞ」

「分かりました。オルド様行ってまいります」


 ソフィアの目の前には小さな洞穴が広がっていた。かがむ程ではないが、身長ぎりぎりの高さの洞穴をソフィアは進んで行く、ある程度歩みを進めていくと、突如として周りの景色が変わった。


 数々の映像が連なるように、壁と地面一杯に広がっていく。そしてその映像が映し出しているのは、戦いの様子だった。異形の怪物に踏みつぶされる様子や、剣や弓矢を持って立ち向かい魔物を倒す人々等、様々な戦いがソフィアを取り囲む、凄惨な死や、惨たらしい蛮行、立ち向かい力尽きる人々の姿を見て、思わずソフィアは歩みを止める。自らの肩を抱き、小さくうずくまってしまった。


「ソフィアよ、今を生きる星の神子よ、戦いから目を背けてはいけません」


 目の前で声が聞こえてきて顔を上げる、そこには美しい女性の姿があった。目を奪われてしまうようなその人はソフィアを諭す。


「この戦いの記憶はかつて魔族と人との間で繰り広げられた魔族戦争の物、魔族は強力無比な魔法を操り、魔物を従え人々を蹂躙していきました」


 立ちなさいと言われソフィアは立ち上がる、ついてきなさいと言われてソフィアは歩き出す。巡り続ける戦いの様子の中を二人は歩いた。


「魔族や魔物は強力でした。人は始め戦いにすらならなかった。力の前に屈し、怯えて隠れる日々が続きました。そんな時、希望が現れた」


 女性の指さす先には一人の青年がいた。剣を手に人々を鼓舞し、自らが陣頭に

立って勇ましく戦うその姿に、一人また一人と人間は続くように武器を手に彼に続いた。


「彼は個として強い魔族や魔物に、人々が協力しあい連携して、それぞれの得意な事や長所を生かして戦いを挑みました。彼の勇ましい立ち振る舞いに惹かれて、人々は次第に手を取り力を合わせるようになりました。そして彼は人々のいがみ合いや軋轢をなくし、魔族に対抗しうる力を皆の協力で生み出し、魔族対人の戦いを指揮し続けました」


 その青年はどことなくレオンに似ていた。それが意味する所をソフィアは分かっていた。


「彼が初代オールツェル王なのですか?」


 ソフィアの問いに女性は頷く、伝説を目の当たりにしたソフィアは、空いた口が塞がらなかった。


「彼は戦いとなれば勇猛果敢に一騎当千の働きをし、そうでない時には優しく陽気で、弱きを助け強きを挫く人でした。そんな彼の魅力に人々は集った。しかしどうしても足りない要素がありました」

「足りない要素?」

「魔族が用いる魔法です。元は神々の御業であったそれらを、魔族は行使できた。対抗する為に知恵を出し合いましたが、人々には魔法を操る術がなかった。対応としても付け焼刃なものにならざるを得なかった」


 女性の話を聞いていてソフィアは疑問に思った事を聞いた。


「魔族は何故魔法が使えたのですか?」


 その質問を聞いて女性の顔は悲しそうに曇った。


「魔族は、零落した神の子孫です。禁を破った神が、他の神々の手によって地に落とされ、復讐するその日まで影に潜み力をつけた。神の血を引く者たちなのです」


 その衝撃的な告白に、ソフィアは口に手をやった。どう言っていいのか分からず言葉が出てこない。


「しかし、魔族も一枚岩ではありませんでした。ある時一人の女が疑問に思いました。似た姿形をした者達がどうして争わねばならないのかと、そしてその思いは人々の先頭に立つ彼の姿を見て、日に日に強まっていきました」


 女性が手をかざすと、映像がある一場面で止まる。それは初代王と、今ソフィアの目の前にいる女性との邂逅の場面であった。


「私は彼に惹かれて、同胞を裏切りました。そしてその身に流れる神の血で、星神様と交信し、人々と神々を繋ぐ初代星の神子となったのです。私の名はアリア、貴女の先祖です」

「そんな…」


 ソフィアはまたしても信じられない事を告げられて、頭がどうにかなりそうだった。嘘だと思いたかったが、自分の中の何かがそれが事実であると告げている。


「私は彼に倣い神々の力を合わせて、人々に魔法を伝え、魔族に対抗する術を伝えました。そして人と神々が力を合わせて一振りの剣と、一本の杖を作り出しました」

「杖?作り出されたのはエクスソードだけではなかったのですか?」

「そうです。王の為の剣、神子の為の杖、それらを作り出して魔族に戦いを挑み、激しい争いの末、魔族を封印するに至りました。しかし、他に作り出された神器と違い、これらは強力すぎました。いずれ戦いの火種になる事を危惧した我々は、もし未来に何かあった時の為に精霊の隠れ里を作り、そこに封印しました。そして王国は封印の地にてそれを守り続け、星の神子は封印に何かあった時にはすぐさま対応できるように王と神子は一対と定めて、オールツェル王国は歴史を刻んでいったのです」


 アリアが両手を前に掲げ何かを開くように手を広げると、薄く透き通る青色の大きな宝珠に、綺麗な装飾が施された神々しい杖が目の前に現れた。


「これは神授の杖、貴女がレオンと共に行くのならばお持ちなさい」


 ソフィアは恐る恐る杖に手を伸ばす。それを握りしめ体に引き寄せると、ソフィアは神授の杖を手に入れた。


「ソフィア、未来を頼みましたよ」


 アリアのその言葉に振り返った時には、もうどこにも姿は見当たらなかった。手に握られた神授の杖が、夢や幻ではなかったとソフィアに教える。ソフィアは封印の洞窟を後にした。より強い覚悟を受け取って、迫る危機の解決とレオンの力になる事を神授の杖に誓った。

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