第2話

 精霊の隠れ里に逃げ込んでから、レオンは高熱を出して寝込んでいた。安全な場所に逃げ込む事の出来た安堵からか、そのまま倒れてしまった。


 高熱に浮かされて苦悶の表情を浮かべているレオンを、ソフィアは甲斐甲斐しく看病した。何度もうわ言で父と母の名を呼び、玉の汗が額を伝う他、目からは涙が時折流れた。


 眠りに落ちているレオンは不思議な夢を見ていた。父オールツェル王が王国騎士団に押さえつけられ、剣を首にあてがわれている。レオンは父を助けようと必死に叫び声を上げて近づこうとするが、一歩も動く事は出来なかった。


「何か言いたい事はあるかね?」


 宰相アクイルが主君を見下げて吐き捨てる。声も姿もレオンの知るそのままであるが、中身は別人だとレオンは見抜いた。


「アクイルの内に潜むとはな魔族め」


 父ルクスは宰相を睨み付けはっきりと魔族と言い放った。


「この男を乗っ取るのには大変な時間と労力がかかったよ、それでも貴様らに封印されていた時間を思えば大した事ではないがな」

「下劣な魔族めが、我が友アクイルの魂を穢しおって」


 アクイルはルクスの頭を足で踏みつけて地面に押し付けた。


「穢したから何だと言うのだ?忌々しいオールツェルの血族よ。貴様はここで死ぬ、今ここで言葉を交わしているのも我の戯れに過ぎないのだぞ」


 歯が砕ける程の歯ぎしりをしながら、ルクスはアクイルを睨み付けた。


「封印の中、暗く何もない何処かで我は漂い続けていた。果てしない虚無に囚われて、魔族は次々とその存在を消して行った。我も消え入るのを待つだけ、魔族の怨嗟によってかろうじて存在を保っていただけだった」


 頭から足をどけて、アクイルの中にいる魔族は話始めた。

「いよいよ塵一欠けらになった時、我の元に声が聞こえてきた。この体の持ち主アクイルの物だった。アクイルは優秀な男だったよ、何をやっても完璧にこなし、どれほどの困難であっても自らの力で解決する。しかしこやつは所詮影に過ぎなかった。貴様という強い光に照らされた影、優秀すぎるが故に孤独な男であった」

「何を言っている」

「分からないか?ルクスよ。この男を友と呼び手元で補佐として置いた。お前が上でこいつが下だ、お前にその気が無かろうともな」


 アクイルは大きく口を開けて笑い声を上げた。


「我が聞いた言葉はなルクス、こやつのお前に対する嫉妬の心よ!我はとうとう機を得た。この男の心の隙間に入り込み、じわじわとその心を蝕んでいった。秘密裏に綿密にじっくりとな、この男我の存在に気が付いた時にどうしたと思う?短剣を手に取り喉に突き立てようとしたのだ!もう無駄な事だと言うのになあ!」


 ルクスは怒りのあまり咆哮を上げた。それすらも面白く馬鹿にするように魔族は笑い捨てた。


「吠えても無駄だ。これから我は魔族復活の為に貴様の国民を使って動く、貴様の女も存分に利用させてもらう、首は記念に飾ってやろうではないか。感謝しているよルクス、貴様のお陰で我はこうしてここに居るのだから」


 アクイルを乗っ取った魔族は手を上げて下ろす。それは父であるルクスの最期を表していた。首と胴が分かたれ無残に崩れ落ちる父の姿を、レオンはただ見ている事しかできなかった。


 レオンが目を覚ますと目の前にはソフィアが居た。


「目が覚めたのね、随分うなされていたわよ。大丈夫?」


 ソフィアは丁度レオンの汗を拭ってくれようとしてくれている所だった。レオンは身体を起こして頭を抱える。


「どれくらい寝てた?」

「三日間、本当に心配したんだから」


 見るとソフィアの目の下にクマが出来ていた。寝る間を惜しんで看病してくれたのだろう、レオンは心から感謝を告げた。


「ありがとうソフィア、本当に君が居てくれてよかった」


 ソフィアは顔を真っ赤にして、手に持った布をレオンの顔に押し付けた。


「汗酷いから拭きなよ」


 そう言って立ち去ろうとするソフィアをレオンは呼び止めた。


「ちょっと待ってくれソフィア、実は話したい事があるんだ。クライヴもあと長老様も呼んでくれないか?」


 ソフィアは頷いて長老オルドとクライヴを呼びに行った。


 レオンは自分が見た夢の内容を皆に説明した。オルドは静かに目を閉じて聞き、ソフィアは気付かれないように涙をこぼした。クライヴは冷静にそれを聞いていたが、体中から溢れ出る怒気を抑えきれずにいた。


「クライヴよ、これではっきりとしたな」

「ええ、間違いないでしょう」


 レオンは何の事を言っているのかと聞いた。


「儂とクライヴとで現在の王国の様子を探っていました。儂は遠見の魔法で、クライヴは王国周辺で偵察を行っていました。しかし遠見の魔法も魔防壁によって塞がれてしまい、王国の外部で起きている事しか知りえませんでした」


 オルドに続いてクライヴが話す。


「私は侵入を試みましたが叶いませんでした。今の王国は入る事も出る事も出来ません、完全に鎖国状態となりました。近隣の街や村を回って情報を聞いて回りましたが、連絡さえつかない状況です」


 オルドが総括し結論を出す。


「殿下の夢の内容、ソフィアが受けた神託、そして我々で探りを入れた王国の現状、結論付けねばならんでしょう。魔族は復活を果たし、王国は魔族の手に堕ちました」


 レオンは拳を固く握りしめた。爪は手のひらに食い込み血をにじませる。


「今すぐ王国へ戻る!魔族を討ち果たしオールツェルを取り戻す!」


 机に拳を叩きつけレオンは叫ぶ、しかしそれをソフィアが止めた。


「駄目だよレオン!それだけは駄目」

「何で止めるんだソフィア!今すぐにでも国を取り戻さないと!王子である俺が今ここで手をこまねいている訳にはいかない!」


 熱くなるレオンに冷や水を浴びせたのはクライヴだった。


「王子、ソフィア様の言う通りです。今王国に戻る事はなりません、王子まで失う訳にはいかないのです」

「クライヴ何を」

「貴方はまだ未熟!敵は遥か昔の伝承でしか残っていない魔族、実力も未知数であり、騎士団の全戦力を握っています。多勢に無勢、それが分からぬお人ではないでしょう?」


 レオンは押し黙って下を向く、クライヴの言う通りであると分かっているからだ。


「殿下、それにクライヴも落ち着きなさい。ソフィアよ、お前にはまだ言いたい事があるのではないか?」


 オルドがソフィアに振ると頷いて応える。


「先ほど新たな神託が下りました。精霊の隠れ里にて力をつけ、遺された剣の元へ向かえと」

「成程、では殿下参られよ。儂が剣の元へと案内します」


 オルドが立ち上がって歩き始める、問答無用と言わんばかりに進んで行くオルドの後をレオンは追うしかなかった。


「この精霊の隠れ里は、外界から遮断されております。そして魔族には決して感知する事は出来ません。それには理由があります」


 道すがらオルドは語る。


「ここでは守り続けている事が二つあります。一つは神子を輩出する事、王国と神子は一対であり封印の要、なくてはならない存在です。そしてもう一つはある剣を守る事です」

「先ほどソフィアが言っていた剣の事?」


 レオンが聞くとオルドは答える。


「初代オールツェル王は、魔族戦争で先頭に立ち、他種族を纏めて戦いついには魔族を封印しました。しかし討ち果たしたのではなく封印です。強大な力を持つ魔族との決着は、封印という形で終わってしまいました」


 ソフィアは続いて話す。


「そして王は封印の地に城を築いた。国を興し五大国の盟主となって、他国と協力しながら封印を守り続けてきた。神子は神託を受け、封印を盤石とする為に常に王と共にありました」


 そこまではレオンも知っている事だった。しかし知らない事があった。


「剣の話は聞いたことがない、それは一体何なのですか?」


 レオンが聞いた時、オルドは足を止めた。


「それはお見せしてから説明します」


 そこは大きな樹の根の元だった。オルドはその大樹に手をかざし呪文を唱える、すると大樹に洞が開き、中には不思議な光を放つ剣が台座に突き刺さっていた。


「この剣は魔族戦争の際に、オールツェル王と五大国の王とそれぞれの国が祀る神が力を結集して作り上げた剣、魔を祓い邪悪を切り裂く宝剣エクスソード、王はこの剣を振るい戦争を終結に導きました。しかしこの剣の力は強大で、その存在自体が災いを呼ぶ可能性を危惧した王は、この地に封印なされたのです」


 レオンは剣の持つ迫力に圧倒されていた。レオンだけでなく、この場に居る皆が剣を前にして思わず平伏してしまいそうだった。


「殿下剣に触れてみなされ、オールツェルの血を引く貴方なら剣に近づく事ができる」


 オルドに促されレオンは進む、近づくと肌がびりびりと痺れるような感覚がした。息を飲み柄を握ると、手がバチっと大きな音と共に弾かれた。


「王子!」


 急いで駆け寄ろうとするクライヴをオルドが手で制する。


「殿下、伝わりましたな?」


 レオンは頷いた。


「この剣は待っている。自らの力が必要な時が来た事を知って、剣は持ち主を待っているんだ。この力を振るうに相応しい人物かどうか見極めている」


 レオンは固く拳を握った。今度は悔しさからじゃなく、使命感を掌に握りしめた。


「クライヴ俺に戦いを叩きこんでくれ、オルドは歴史や魔族について知りえる事をすべて教えて欲しい」

「勿論ですとも、力をつけられよ殿下。その剣に選ばれし時、貴方の果たすべき使命が始まるのです。そしてソフィア、お前の力が必要になる」


 ソフィアは自分に何が出来るだろうか考えている時に声をかけられ、少し慌てて聞いた。


「私の力ですか?」

「そうだ、神子としての修行をしてもらう。そして五大国の祀神から加護を受け取り、闇を祓う力をつけるのだ」


 ソフィアは自分にも使命があると知り、強い覚悟をもって頷いた。レオンの力になる事はもう決めていた事だった。


 かくして亡国の王子、精霊の神子、腹心の騎士はそれぞれの使命の元に、オールツェル王国を取り戻し魔族を討ち果たす為に動き始めるのであった。

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