サン&ムーン




「えっと……ここか?」


 月曜日の放課後。

 いつもなら学校が終われば、そそくさと家に帰って居る時間帯。

 しかし、今日の俺は……家とは違う方向へと足を運んでいた。


 真逆とは行かないにしても、こっち方面に来る機会は滅多にないな。

 慣れない路線のバスに揺れられる事数十分。そのバス停の前に、お目当ての場所はそびえ立つ。


「プロトレーナーズカンパニー、サン&ムーン……か」


 4階建ての立派なビル。さらに階段上に掲げられた看板に記された社名。ここが目的地には違いない。


 それにしても、父さんってこういう場所で働いてたんだな。




『父さん、俺……もう1度テニスやりたい』

『おぉ。お兄ちゃん』

『そっ、空くん』


 そう口にした瞬間、美世ちゃんは嬉しそうで美由はどこか心配そうな表情だったっけ。

 けど直ぐに、


『うん。やっぱりテニスしてる姿が似合ってるよ。ねっ? 美世?』

『うんうんっ!』


 いつもの様な笑顔を見せてくれた。


『じゃあ、早速だけど明日の学校終わりに……行けるか?』

『明日? 大丈夫だけど……どこに?』


『サン&ムーン……父さんの職場だ』

『はっ、はい?』




 いきなり職場に来いなんて言われて驚いたけど……正直、父さんがどんな場所で働いてるのか、詳しい事までは知らなかったかも知れない。


 精神科医として働いているってのは知ってる。

 その関係で、美耶さんと出会った事も知ってる。

 スポーツ関係で、選手のメンタルを支えているって事も知ってた。

 ただ、何と言う名前でどう言う場所で働いているのか……そこまでは分からなかった。


 今までテニスで頭いっぱいだったからな。それに父さんはやりたい事、俺が決めた事に対して全部肯定的に捉えてくれてた。

 だから、俺自身父さんについて詳しく知る機会がなかったのかもしれない。


 むしろ丁度良いのかも。

 俺の肘の事もだけど、父さんがどう言う場所でどうやって働いてるのか知るのも。

 だって、家族なんだから。


「それにしても、父さん何階に居るんだ? えっと……1回はガラス張りになってて、なんか体操でもしそうなスペースが見えるな。あっ、階段のとこに案内板あるじゃん。えっと、1階がヨガスタジオ? んで2階が……サン&ムーン。じゃあ2階……」

「あら? こんにちわ。サン&ムーンに用事かしら?」


 案内板を見ていると、唐突に声を掛けられた。

 視線を向けるとそこには、綺麗な女の人が立っている。


「えっ、あぁすいません。サン&ムーンに用事があって……」

「あら。随分可愛らしいお客様ねっ」


 お客様? この人、関係者かな?


「あの、もしかしてサン&ムーンの……」

「はいっ。サン&ムーンの従業員です。それではご用件お聞きしましょうか?」


「あっ、実は父さんに呼ばれて来たんです」

「お父さん? ……あっ! もしかして陸くんの? えっと……空くん!?」


「えっ? そそっ、そうですけど……」

「こんなに大きくなっちゃって! こっちよ? 2階に来て頂戴?」


 そう言われるがまま、2階へと案内される俺。

 いや、従業員の方と遭遇した事は有り難いけど……陸くんって、父さんの事だよな? くん付けって、この人まさか父さんより年上? 嘘だろ? 父さんも若くは見えると思うけど、この人はそれ以上だぞ?


 ガチャ


「はーい。ようこそ? サン&ムーンへ!」


 なんて色々考えていると、従業員の方が扉を開いた。するとどうだろう、そこはかなり広い空間が広がっていた。


 うおっ……

 右手にはいくつかディスクがあり、その後ろにはトロフィーやらバスケやサッカーのユニフォームが飾られている。

 そして左手には沢山のソファと椅子、大型テレビが置かれていて、洒落たオフィスの様な光景だ。


「陸く~ん? お客さんだよ~?」


 って、声デカっ!


「れんさん、仕事中は名字呼びでってお願いしましたよね」


 そんな光景に驚いていると、徐に大きな声で父さんを呼ぶ従業員の方。すると、奥に見える3つの扉の右側が開き……やっと見知った人物が現れた。


「ごめんごめん。でもテンション上がっちゃってさ?」

「頼みますよ? っと、来たか空」

「そりゃ来るだろう?」


 ……それにしても、父さんがこんな場所で働いてるとは。


「そういえば、ちゃんと挨拶したか?」

「えっ?」


「えっ? じゃないだろ。お前の事案内してくれたんだぞ?」

「あっ。ありがとうございます」


「まぁまぁ。でも久しぶりだし、私の事も覚えてないよね? 私の名前は、月城つきしろれん。ここサン&ムーンで経理及び広報担当してます」


 えっ? 経理? 広報?


「ちなみに父さんの高校・大学の先輩。そんでここの代表の奥さんだぞ」


 はっ? 先輩? しかも代表者の奥さんって……社長夫人……やっばっ!!


「えっ!? すすっ、すいません。そうとは知らずタメ口を……」

「こら天女目くん? 言い方ってものがあるでしょ?」

「ははっ。すいません」


 マジかマジか……なんか色々としくじった気がするんですけど……


「気にしないで? 空くんが赤ちゃんの時、抱っこもオムツ交換もした仲よ?」


 なっ、なんだと……小さい頃に会ってる? いやそう言われると恥ずかしいんですが。とりあえず俺も自己紹介しないとあれだよな?


「あっ、あの……改めて、天女目空と言います。父がいつもお世話になっております」

「まぁ。天女目くんよりしっかりしてそう」

「それは言い過ぎですよ?」


 ……なんだ? この感じ。父さんも……月城さんも……なんか雰囲気と言うか空気感が……そうだ、学校で友達同士話してる雰囲気に似てる。

 もしかしてそれくらい長い付き合いなのかな? 高校、大学の先輩って言ってたし……


「っと、それで? なんで空くんをここに?」

「えぇ。ちょっと会わせたい人がいまして」


「会わせたい人?」

「はい。日南先生ですよ」


「あら? 何処か怪我でもしたの?」

「正確には古傷ですかね? それと向き合う覚悟が出来たみたいなので……」


「そっかぁ。まぁ詳しい話はあとあと。空くん? 日南先生なら、奥の一番左の部屋にいるからね? じゃあ、私ヨガ教室の片付けしてくるわね?」

「了解です。話は聞いたな? 空。じゃぁ付いてきなさい」

「おっ、おう」


 正直、話には付いていけない部分が多かった。ただ、分かった事は月城さんは父さんの先輩で、ここサン&ムーンの社長夫人。更に明るくて気さくな人。

 そして……


「よし良いな?」

「うん」


 コンコン


「日南先生? 今大丈夫ですか?」


 この扉の奥に、俺がお世話になるであろう先生がいるって事。


「天女目くん?」

「息子連れてきましたんで、入れますね?」

「はーい。どうぞー!」


 この声……女の人? 


「じゃあ、入った入った。父さんは自分の部屋にいるからな」

「えっ? とりあえず同席じゃ……」

「俺がいたら言いたい事も言えないだろ? じゃあな」


 って、父さん行っちまったよ! ったく、仕方ない。入るか……


「しっ、失礼します!」


 カチャ


 扉を開けると、横には保健室にありそうなベッドが2つ。そして反対側には分厚い本やら怪しい瓶が陳列された棚。そして真正面には大きな机。椅子に座り、白衣をまとった人の影。


「よっと、君が空くんか」


 そんな言葉と共に、椅子がクルリと回転する。そしてそこにいたのは……


「初めまして。私の名前は日南ひなみ詩乃しの。詩乃って呼んでね?」


 お医者さんと言うにはあまりにも童顔過ぎる……可愛らしい人だった。


「えっ、はっ……初めまして。天女目空……です……」

「うんうん。雰囲気も陸くんに似てるねぇ」


 こっ、この人も父さんを名前呼び?


「よいっしょ」


 そう言いながら椅子から立ち上がる日南先生。その身長は、少し小さめ。その容姿もあってどう考えても20代……いや、10代後半と言われても分からない。


 しかも……


「どれどれ~」


 俺の体の周りをゆっくり歩き、何やら見ている様子。ただ、その状態で俺の目に映るのは……少し開いた胸元。


 でっ、デカイ!! 多分美由達よりもデカイ。恐らく美耶さんと同じ位じゃないか。

 リアルロリ巨乳(合法)と出会えるなんて、夢か!?


「よしっ、じゃあそこの椅子に座ってくれるかな?」

「はい。よっと……」


 言われるがままに座っちゃってけど……なんだ? 同じ目線になると威圧感が凄いぞ!?


「じゃあ、軽く診察してみても良いかな?」

「いっ、良いんですか?」

「ダイジョブ、ダイジョブ。任せなさい」


 んっ? ……表情が変わったぞ! これは出来る人の目だ!


「じゃあお言葉に甘えて……お願いします。まず何をすれば……」

「とりあえず、筋肉量とか体格を知りたいかな? 座ったままで良いから、ちょっと触るね?」


 えっ? 触る? 触るって……


「えっ? どこを……っ!」

「ふむふむ、足は良く鍛えてるみたいだね」


 はっ! はぁぁ!? 待って、前かがみで足触ってる? うっ! これは……ヤバいヤバイ! 色々とヤバい!


 谷間が……山脈が……ちょっと触れてるんですけど? 足に触れてるんですけど!?


「えっと、次は腕だねー」


 っ!!!


 腕!? いや、腕もって……ヤバいヤバいヤバい! その近距離で二の腕触られたら当たって……くっ!! やっ、柔らかい……柔らかい……これは……これは……


「よっし。じゃあ次は上着全部……」


「脱いでもらおっかなっ?」



 ある意味ヤバ過ぎるぅ!!




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