マグロ・エゴイスティック 5-2

 氷と冷気の魔法少女はウイングから振り向いて、誇らしげに言った。


船長キャプテン、もう近づけても大丈夫ですよ」

「……通信士、『みやけ』と『こうづ』に打電。これより“巻き網漁”を開始する」

「了解」

「今日は超がつくほどの大物だ、気合い入れていくぞ。とりかじいっぱァーい!」

「取舵いっぱァーい!」


 操舵手が号令を復唱する。

 先程までは攻撃を避けるために右へ傾き続けていた船体が、とうとう左へと傾き始める。

 反撃開始だ! 後続の二隻も『しきね』に続いて取舵を切る。当然ながら二隻も船橋准尉の魔法の加護を受けており、やからの〈ハープーン〉に傷つけられる恐れはない。

 魔力の光に照らされた海面の景色が右へ、右へと流れていく。マグネットコンパスがからからと回っていく。レーダー画面上の該船──海賊船を示す三角形もまた同じ方向に回頭していく。己の不利を悟って逃げようとしているのだ。

 だがしかし、純粋な船としての性能では比べるべくもない。この『しきね』型重装備巡視船は領海内の武装船を一隻残らず駆逐するために生まれてきたのだ。

 振り切れる道理などない!


 海賊船との距離がみるみる縮んでいく。

 白い船体を持つ改造遠洋漁船の姿が視界に入ってくる。

 そのマストの上では〈ハープーン〉射手らしき魔法使いが何かしらのながものを持っていた。

 先端部が赤く光っているあたり、船橋准尉のそれと同じような魔法のステッキなのだろう。


「主砲発射準備。せんを狙え、エンジンを破壊して動きを止める。スピーカーで『船尾付近から離れろ』と警告!」


 砲塔がすいーっ、とスムーズに左旋回する。

 57ミリ砲が船尾部を正確に睨む。

 通信士が大音量の船外スピーカーで再三警告した。輩を殺すことが目的ではないからだ──が、その行為は輩に時間と余裕を与えた。

 マスト上の〈ハープーン〉射手が長物を赤く輝かせ、『しきね』にかけられた防壁魔法と同じ類の巨大赤色魔法陣を出現させたのだ。

 若い火器管制員は「撃ちますか……!?」と躊躇ためらいをあらわにした。

 しかし安曇は即答する。


「構わん、ジャブのつもりでかましてやれ。ヨー! ェェッ!!」


 57ミリ速射砲が火を噴いた。

 中空の射線上に真っ赤な魔法陣が出現し、飛んできた砲弾を受け止めては爆発させる。

 全くもって通じていないわけだが、これでよかった。

 左舷の魔法少女がそれを眺めながら、からやっきょう甲板デッキじょうに転がる甲高い音に合わせ、鼻歌でも歌うように呟いていたから。


「あれぐらいならワンツーパンチで抜けちゃいますね~」


 彼女はステッキの先端から一際強い魔力の光を放つ。頭上に大きな魔法陣が現れ、二つの眩い光点を灯らせる。


「ならばよし」


 安曇は言った。


「ブチ抜け!」

「ぶち抜きます!〈ストレイトレイン・フリーズ〉!!」


 一つ目の光点が爆ぜた。

 冷気のエネルギー流が迸り、〈ハープーン〉を遥かに上回る音速の20倍の速さで該船のマストへ殺到した。

 真っ赤な魔法陣が射線に割り込んでその進行を阻んだが、程なくしてギチギチ悲鳴を上げ始めた。圧倒的という言葉すら生ぬるいほどの船橋准尉の魔力量によって。

 辛うじて食い止めてはいるものの、もうただ小指でつついただけでも破れてしまいそうだ。

 そこへ無慈悲な二発目が撃ち込まれる。それで魔法陣は限界を迎え破壊された。

 そればかりか防壁魔法全体が乱されてつゆと消えてしまう、まるで穴の空いた風船のように、連鎖的に。


「主砲、ェェッ!」


 安曇はすかさず再度命じた。


 該船の魔法使いは15個もの魔法陣を一度に出現させ、射撃魔法を乱れ撃ちして抵抗した。

 だが攻撃は一つも届いてこない。撃てば撃っただけ船橋准尉の防壁魔法が自ずと働き、青ざめた氷の魔法陣が割り込み、ゆうしゃくしゃくといった様子で阻止してしまう。

 やがて57ミリが該船の機関室を貫き、火の手が上がった。

 同時に船橋准尉は一発だけ反撃した。ごく丁寧に照準された魔力光線がマスト上部を正確に撃ち、輩を海へと落下せしめた。


 かくして、魔法使い同士の射撃戦は船橋准尉の圧勝に終わった。

 また巡視船3隻による“巻き網漁包囲”が完成し、該船の退路は完璧に断たれた。


「すごい……! すごいすごいっ!!」


 火器管制員が船橋准尉の背中を見ながら少女のようにはしゃいだ。

 もちろんこんな慢心は戦場において禁物だ。これはヒーローショーではないし、スポーツの試合でもない。それにまだ任務が終わったわけでもない。いつもなら叱っているところである。

 が、無理もないか、と安曇は目を瞑った。今回の相手はただの海賊ではなかったのだから。

 本省が彼女らの協力を取り付けるまで、一体どれほどの無力感とさが前線に漂っていたか。

 それを思えばあの若手の反応を咎める権利は本船の誰にもない。

 船橋准尉は安曇の方を流し目気味に振り返りながら、またニコリと笑った。


「さてっ、こっからはあの子の出番かなっ」

「うむ、そうだな」


 安曇は舞い上がる気持ちを鎮め、気を引き締め直した。


「搭載艇、降下始め!」

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