ファースト・ステップ 3

 大学生中心の環境保護市民団体〈グリーンプラネット・アライアンス〉リーダーの魔法使い・佐藤淳は、手下──もとい仲間の女子学生にジュませた。

 焼酒とは朝鮮半島におけるしょうちゅうのことで、佐藤自身はあまり好みではないのだが、相手が元北朝鮮軍エリート士官と聞いてのことであった。もちろんどこにでも売っているような安酒ではなく、本場でも最高級品と見なされている銘柄である。

 粗末な紙コップに透き通った酒が揺れる。どうせ呑むならせめて屋根の下でちゃんとしたグラスに注いで呑みたかったのだが、こればかりはしょうがない、と己に言い聞かせる。この路地裏にはまともに使える建物なんて一軒も無いし、かといってメインストリートの店でテロ計画の話をするわけにも行くまい。消去法的に考えて露天でピクニックするしかなかった。

 対するコードネーム『トラバント』──ドイツ語で『衛星』の意──こと密輸業者の女は、紙コップを受け取ると乾杯し、酒を一口飲んで意味深な笑みを浮かべた。


「そうですね……ではまず、なにゆえ武器をお求めなのかお聞かせ願えませんか」


 トラバントはネイティブと聞き紛うほどりゅうちょうな日本語でそう言った。

 佐藤は咳払いをしてから答えた。


「日本の政治を変えたいからです」

「日本の政治を変えたい……。それはどういう風に?」

「今の日本の政治家の人って、科学技術が生活を豊かにしてくれるって割とまだ信じてるフシがあるんですよ。そういう古い考え方をアップデートさせて、地球の未来についてちゃんと向き合う政治に変えたいんです。このままじゃまた大災厄カタストロフィみたいな悲劇を招くに決まってるので、国民の声をちゃんと伝えたいんですよ」

「なるほど。では武器を使って具体的に何をなさるのか、どういうシチュエーションで武器をお使いになるのかお聞きしても?」

「首相官邸で総理と直談判して、防衛費と科学研究費をなるべく自然環境の保護に回すよう約束してもらいます。ただ警備が厳重なので、これを突破するために武器が欲しいんです。もちろん無闇矢鱈と人を撃ったりしたいわけではないですよ」


 ……佐藤は自分がそう話している最中、トラバントの眉がピクリと動いたのに気づいていた。次いで彼女が自身の左腰にいちべつをくれたのにも気づいていた。

 その視線の先にあるのは自身が使う『魔法の杖』だ。

 目は口ほどに……ではないが、トラバントが何を言おうとしているのか、佐藤には何となく察せられた。その元エリート士官の女は、佐藤の読み通りの言葉を続けてきた。


「こう言ってはお節介かもしれませんけど、政府に正面切って喧嘩を売られるおつもりなら、一般人ノーマルの皆さんに武器を持たせるより、魔法使いの佐藤さんがお一人で突撃なさる方が──」

「それはちょっと違うんすよ」


 佐藤は食い気味に答えた。


「みんなで〈GPA〉としてやることに意味があるんで、俺一人で勝手に暴れるんじゃダメなんです」

「そうですか、失礼いたしました。……では前置きはこの辺にして、そろそろ本題に入りましょうか」


 トラバントは自身の右耳に手を添え、IDからホログラムを投影した。

 それは……アサルトライフルやハンドガンなどの写真がびっしりと並べられたカタログであった。どれもかつて中国から北朝鮮に輸出され、軍に配備されていた中古品である。

 トラバントはそれらの武器に慣れた手つきでチェックマークを付けていき、用途に即したお勧めの武器リストを作成していく。さらにGPAがテロリズム初心者であることを加味してゲリラ戦の教範(トラバントお手製の副読本付き)もリストに入れ、価格の見積もりを提示した。


 ……合計で約90万円だった。


 学生の買い物としては正直高い!

 だが十分に手の届く範囲だ。無害なインカレサークルを装って学生自治会から受給した20万円の活動資金に、今そこで焼酒を注いでいる実家の太い女子メンバーが出してくれた50万を足せば、残りはたったの20万となる。あとはそれ以外のみんなでいくらか出せば支払える。

 支払えてしまう。


「こちらにサインをいただければ契約成立となります」


 トラバントはそう言って紙の契約書とペンを差し出してきた。

 佐藤はそれを受け取りつつ、心の中でほくそ笑んだ。

 そう、あとはここに『佐藤淳』と書きさえすればよいのだ。そうすれば。

 そうすれば、武器が手に入る。一般人ノーマルである仲間──もとい手下を武装させるための。

 武器を手にした手下たちは十分な訓練の後、佐藤の指揮によって首相官邸を襲撃するだろう。それは絶対に成功する。何故なら佐藤という魔法使いがいるからだ。魔法を使えば一般人ノーマルの警備員など簡単に突破できる。

 

(成功した暁にはニュースは連日GPAのことでもちきりになる。たったこれだけの大学生が政府中枢を襲撃したってんだから。そして俺は、その指導者になるわけで)


 ……野心とも名誉欲ともつかない何かが、むくむくと頭をもたげてくる。

 一ヶ月ほど前、あの非合法ナイトクラブにいた不良女子高生魔法使いがほんの気まぐれで魔法の手ほどきをしてくれて以来の、否、それよりずっと前から潜在していたコンプレックスが。

 そうだ、全てはこのためだった。SNSで左巻きインフルエンサーどもの言葉遣いを研究し、思ってもいないことを実名のアカウントで呟き、光に吸い寄せられる蛾みたいに集まってきたバカな連中とこんなくっだらないサークルまでおっ立てたのは、何もかも全部──この心を満たすためだった。


 ……彼自身はそれが、“虚栄心”と呼ばれるものだとは気づいていなかったが。


 ともかく、その仕上げがこれというわけだ。

 佐藤は心の高揚を感じながら、その契約書にペン先をつけた。

 いつもよりも丁寧に文字を書く。万に一つも書き損じたりなどするわけにいかない。

 トラバントは何も言わず、ただその様子を見守っていたようだが……


「あっ」

「!!!???」


 ……書き損じてしまった。

 トラバントがいきなり変な声を出したから。

 佐藤が顔を上げて見てみると、トラバントはけいだいの入り口の方を見ていた。

 その視線をなぞって佐藤も振り向く。


 そこには、白い制服を着た三人の少女がいた。

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