第二章 ファースト・ステップ First_Step

ファースト・ステップ 1

 誓と満里奈がANNAの一員となってからちょうど1週間後の日曜日のこと。

 

「「いただきます」」


 臨港第二都心のはずれにある学生寮のきょしつで、二人は食卓を囲んでいた。

 彼女らの学校は全寮制であり、平日ならば食堂が開いている。しかし今日のような土日・祝日は閉まっているため、寮生は自前で食事を用意せねばならない。

 入寮を強制しておいて飯を出さない日があるというのは矛盾しているようだが、なんでもこのポスト大災厄カタストロフィの厳しい時代を生き抜く自主性がどうとかー、ということらしい。

 そんなわけで今晩は自炊をした。真っ白なお皿の上で油と卵を纏ってがねいろに着飾り、部屋の照明を反射しててらてらと輝いているそれは、誓お手製のチャーハンだ。

 実のところ誓の実家は中華料理店でもあり、店で出しているものは誓も一通り作れるのだが、中でも得意なのがこの炒飯であった。一番最初に作り方を覚えた料理だったからだ。

 小さなテーブルを挟んで向かい側に座る満里奈は、さっそくその黄金色の小高い山からパラパラした米をすくい上げ、ぱくっと口に入れた。


「……おいしい!」

「ふふっ、ありがと」

「いやー、なんだか世間の方々に申し訳なくなってきちゃうなー。なんせお店で出してるお料理をただで食べさせてもらっちゃってるんだもんねー、わたし」

「タダではなくない? 満里奈だって手伝ってくれたんだから」

「あんなのはノーカンだよー、ほぼほぼ横で見てただけだしさ」

「それならお代がわりにってことで、洗い物は任せちゃおうかな」

「おっけー、りょーかいっ」

『……意志の力で悪を討つ! 聖守護少女シルバースター、見ッッッ参ッッッ!!』


 テレビには録画しておいた日曜朝の人気アニメが映し出されていた。

『聖守護少女シルバースター』……典型的な女児向け魔法少女モノだが、実在の神秘主義思想を元に作り込まれた深みのある世界観や考察しがいのあるシナリオ、それに何より完成度の高いキャラデザインが『大きなお友達』の興味関心を惹きつけまくっている大人気作品だ。

 もちろんこの満里奈もそんな『大友』の一人である。その証拠に彼女の勉強机には主人公の相棒にして妖精である『アレイス』のぬいぐるみが三つも並べられているのだ──笑顔、泣き顔、マジギレ顔の三つだ。そんな彼女の影響で誓もちょっとだけハマりつつある。

 テレビの中のシルバースターは30秒もかけてきらびやかな装束に変身すると、銀色の杖から無数の光弾を発射した。街を襲っていたザコ悪魔たちが次々と爆発四散していき、騒ぎを引き起こした今週の怪人が姿を見せる。


「……なんだかさ」


 と、満里奈が呟く。


「うん?」

「わたしたちもさ、一応いっぱしの魔法使いになって、一週間ほど訓練を受けてみたわけじゃん? その上でこの『シルスタ』を見たらさ……」

「あー、ギャップが激しいよね」

「うん。てへへ……」


 満里奈はどこか照れくさそうに笑うと、画面に視線を戻した。

 そこではちょうどシルバースターが必殺技を使い、戦いを終わらせようとしているところであった。銀の杖から色とりどりの光が溢れ出し、怪人を怪人たらしめていた悪しき霊的存在を爆発四散せしめんと殺到していく。悪しき霊的存在は空高く飛び上がって暗黒の高次元空間へ逃げ帰らんとするが間に合わず、虹色に光り輝く花火となって消えてしまう。

 ……やっていることはまあまあ過激な気がしないでもないが、その絵面は大変キラキラした可愛らしいものに仕立て上げられていた。

 一方で現実の魔法使いはどうだったか。それはあまりにも……何というのだろう、ミリタリーチックで物々しかったと言うべきか。

 二人の教官に就任した夏海はまずANNAの職員としての礼法を叩き込むと、次いで腹筋・背筋・腕立て伏せに走り込みという基礎的な体力トレーニングを課した。

 それが一通り済むと今度は座学が待っていて、現代魔法理論の基礎をなすという『基底次元物理学』についてみっちりとお勉強させられた。

 その様子は魔法使いというより軍隊の士官候補生か何かの訓練と表現する方がよっぽど適切なものであった。まあANNAの職員は実際に軍人であるのだが……兎にも角にも、このキュートでポップな女児向けアニメとの温度差よ。これだけで今すぐに風邪を引けそうなほどだ。


「まあまさかシルスタみたいなのを期待してはいなかったけどさ、魔法って言うからにはもうちょっとこう、ファンタジーなやつを想像してたよねー。精霊の力を借りてー、みたいな!」

「分かる。まさか魔法と言いつつ、実は科学に基づく超技術でしたー、なんて言われるとは思わなかったよね」

「ねー。何だっけ、『人間原理を応用して虚構と現実を入れ替えて、一時的に物理法則を書き換える』だっけ。まーこれはこれでSFちっくなちゅう成分に満ちておいでだけどさ。はぁあ、わたしもやってみたかったよ……めちゃめちゃ長い呪文で堕天使を召喚したりとかさ……!」


 そこまでいくと私はちょっと恥ずかしいかな、と苦笑い。

 と同時に、そういえば教官がこんなことを言ってたっけ、と夏海の言葉を想起する。


「そうそう、そんなちゅうびょうの満里奈に耳寄りな情報なんだけど」

「なになに?」

「めっちゃ長い呪文を唱える人はいないけど、魔法少女に変身する人ならいたらしいよ」

「えっそれほんとっ!?」

「教官から聞いたんだ。昔、気合を入れて戦うためとか言って、わざわざ魔法で変身してから出撃してた魔法使いがいたんだって。さすがにもう年だからってやめたらしいけど」

「はー、いいなー。見てみたかったなー、リアル魔法少女……」

「そこは『わたしもなりたい!』じゃないの?」

「それはないよー、わたしそういうの似合わないし。誓やんなよ」

「えっ私!? なんで私が……」

「だって髪型とか体型とかそっくりじゃないシルバースターに。絶対似合うと思うよシルバースターの衣装」

「いやいやそれこそないよ……」


 そう言いつつ自分があの衣装を着たところを想像してみて……うん、やっぱりないなと再認識。髪型や体型がシルバースターっぽいのは否定しないが、そうは言ってもあんなフリルまみれの服が自分に似合うとは思えない。ああいうのは満里奈のような可愛い系が着るべきなのだ。


 さて、テレビの中ではエンディングも終わり、次回予告が流れていた。名残惜しいが今週のお話はここまでだ。続きはまた来週、学校の授業と地獄のような訓練を乗り越えてからである。

 ご飯を食べ終わったらお風呂に入って、明日に備えて予習と復習をして、疲れを取るためにしっかりと寝なくてはならない……と思っていたその矢先。


 ピロリーン、とIDが通知音を発した。


 メールの着信音だ。どうやら満里奈にも来ているようだが──一体誰からであろうか。誓はIDとテレビを同期させ、その画面にメールボックスを投影してみる。

 差出人は夏海であった。件名は『今後の予定について』。

 で、その内容は……。

 誓がリモコン操作で本文を開き、一通り目を通すと、満里奈が緊張したおもちで呟いた。

 

「……まじか……。とうとうって感じだね」

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