第10話 

*堕りてきた者*





 ……ギィ


 …………ギィ

 

 豪華客船並みの大きな船だったのに、船長室は随分と下の位置にあるようだ。波の揺れが少し伝わってくる。

 そこまで案内されたイザベラは揺れる度ヨタヨタしていて、船長室についてもその波のせいかギィ…と規則正しい音が聞こえる。


「俺は………船乗りだったし、小型の船も乗っていてな。

 これくらいの揺れの方が安心するんだ」


 と、船長が世間話から始めてみるも、他の物に興味津々なイザベラ。

 広めのしかし豪華な魔石、何かしらの骨、戦利品や地図があるここ船長室に連れて来られていた。どれも物がごちゃっとしているように見えて整理されている。

 未だドアの前にいるイザベラがそのまま立っていると、整理された机に座ったイカつい顔のシルバーの長髪。白髪が混じっている。

 目はブルー。

 片目には頬にかけて傷が。

 帽子を深く被り、髭を蓄えた男。

 この船の船長である。


 え、そこ座るんだ、イザベラに怒られちゃうのに……と、イザベラは色々教わった人魚に机の上に座るなと怒られていたことを思い出す。


 その机の周りに椅子があるので部下と話すときなど、普段からそこに座っているようだった。その容貌に不釣り合いの優しい声で、イザベラに語りかけた。

 

「で、お前が例の海底都市の玄関口で拾ったと部下が見つけたと話ていたが………」

 とぽかんとしているイザベラに向け、更に続ける。

「つまり、だ。なぜあんなところでウロウロしていたのかってことだ」と聞いてきたので、

「えっと………」と続けるも先ほどのふくよかな女性から貰ったオレンジジュースを緊張からか声が掠れる。

潤すために一口飲む。

 また、先程のあったかい食べ物が忘れられないのと、ご飯を他所ってくれた女性の方が、目の前にいる男と比べものにならないくらい話しやすく安心感があった。

 だからその真逆の風貌も相まってその男に恐怖していてイザベラは喋れなかった。

 せめてと震える声で捻り出したのが、


「い、イザベラ…ニ、ニンギョニ……助ケラレテ」と、カタコトでいうことだった。それに笑われるが、それでもちゃんと男は聞いていたようで、


「人魚か………。奴らは人間嫌いなんだが珍しいな。

 ……。

 ……お前緊張するなよ。

 大丈夫だ、取って食わねえよ」


 と、イザベラの気持ちを察してか、それとも彼が未だに壁の隅でもじもじしているせいか、続けて「まあ、座れよ」と言ってきてくれた。少し安心しながらも、


「イザベラに助けてもらう前もわかんないよ。

 イザベラはきおくそうしつっていってた」


「そうか………苦労するな」

 と、言いながら優しくいう。

 そして、手元のペンダントを弄る。

 琥珀色のそれをなぞると、少し光ったかと思うと暖かくなった。イザベラはぽかぽかしてきて、また安心感と男が見た目だけ怖いということがわかり、


 おじさんは怖くないと、思い始めてイザベラは落ち着いてきた。そして先ほど食べたということもあって少し眠くなってきていた。それに気づき、船長は


「おいおい。まだ寝るなよ? 言いたい事が山ほどあるからな。

 ま、確かにこれは精神安定も含めるって言っていたが………。バリアもついててなこの船にかけることができてな…」


 イザベラは満腹感もあるせいか眠気がピークで、自慢げにはなす男のそれも聞いているかいなかといった感じだ。


 「まあ、縁があったってことで、拾ってやるが、ここはいわゆるギルド、だ。ギルドと言っても分からんとは思うが、

 それに…………まあ、あとでもいいか

 もう、疲れたろうし寝とけ。

 明日みっちり説明するからな。


 そのカーテンの奥ベッドがあるからな……おやすみ」と言ってくれ、「うん」とだけ言って目を擦りながらそこまで行った。


 教えて貰ったカーテンの向こう側。そこには、大きめのベッドがあった。中々豪華で船長は何も言わながったが、普段客人か船長が使っている。

 頭上の机には、四角い物が置いてあり、それに手をかざしてみた。

 すると、様々な景色を天井に移し始めた。

 それは、記録用の魔石が内蔵されている、プロジェクターのような品物。しかしイザベラはそんなことを知るよしもなく。

 

「わあ………! イザベラのところどこかな」と、一人楽しんだ。ただ夕暮れの景色が映る度に胸が締め付けられる気がした。


 イザベラには、頬に伝う涙の意味も胸が苦しいのもよく分からなかった。

 

 苦しくて、目を閉じた。

 彼が寝落ちて夢を見たのか、微睡みの中その映像を見ていたのかは定かではない。

 ただ彼がその時見た、その夕暮れの空に頭の角が三つあるのが特徴的な黒い竜一対とその傍らで自分がふわふわと飛んでいた。

 

 しかし翌朝には、曖昧にしか覚えておらず、楽しかったという気持ちとそれが終わったという寂しさだけが心に残っていた。

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