第3話 

*紅の悪戯*




 羽の腰から生えたいわゆる天使のメイドが、主人のいるであろう部屋をノックする。

「どうぞ」と、短い返事があってから戸を開ける。そこは四隅まで本棚で囲まれていた。息をするだけで古書の匂いが体に染み渡る。

 またその本は文字がわからないものさえあるのをちらっとメイドは見た。

 それらを見るたびこの部屋のであり自分の主がとても博識で様々な地域の物に興味があるということを再確認する。

 その奥。

 ちょうど窓際がソファになっておりそこにメイドが探していた目的の人物がいた。

 落ちる日差しがちょうど逆光になっていて表情は見えなかったが、


「アナスタシア様、ご来客が…」

「僕は兄ではないよ」

「……ぁっ!!!

 申し訳ございません…エリザベート様」


 くすんだ黄色の髪。

 夕暮れみたいな瞳。

 背丈も、全て同じならしょうがない

 と思い、その人物は少しため息をついて

「いいよ、気にしていない」と言って俯いているメイドに伝えた。


「も、申し訳ございません……、失礼します」


 再度謝罪を述べながら出ていきメイドが遠くに行ったのを確認して「……っくくく」と、肩を震えて声を押し殺して笑い出す。

 彼こそメイドの探していたアナスタシア・ヴォルフガング本人だった。

 

(メイドには悪いことをしたなあ……彼女が後で叱られないようにしておかなきゃな。

 俺も俺でエリザに叱られないような謝罪考えておかないと。


 そろそろ自分の主はエリザベートで、あちらの方が博識で勤勉で世界の文化が大好きな収集家で…

 奇妙な変人だということを、そろそろ伝えねばな、メイド弄りし過ぎるのもだめだな。

 

 ――こんなにも似ないのに、みな間違うなんて…面白いな。

 入れ替えのし甲斐がある。入れ替わってんの俺だけだけど)


  と、今後のことを考えながらアナスタシアは自分と生き写しの弟エリザベートを思う。

 

「………うーーん。やはりまだメイドには伝えまいかなぁ。面白いし」


 アナスタシアはそう考えながら最近あまり顔を見かけないエリザベートやそのメイドにイタズラをしていた。

 

(メイドに関しては、ここが自室でアナスタシアに仕えるという案内を含めイタズラの仕込みを念入りにしてあるからちゃんと紹介しておかないと…一人二役も大変だな)


 と思ってから、彼らがどういう反応をするか想像してはついつい「ふふ……」と、一人アナスタシアは笑っていた。

 それが収まると、自分が呼ばれていることを思い出してこの部屋から出た。







***








「えっと…?」


 メイドの伝えたメッセージに兄アナスタシアの悪戯の的になっているエリザベートが、「どう言うこと……?」となりまたメイドの頭も混乱しているようだった。

 エリザベートは外の物を漁りに市場に来ていた行商人たちに会うことを日課にしていた。この日も来ていた鳥の獣人と意気投合して更に家に招待していて庭園で話し込んでいたところだった。


「僕はエリザベートだけど…? ……僕に用かな?」

「え? でも…」

「はああああぁ……、兄さんの仕業か」


  エリザベートはこのメイドに合うのは実は初めてだった。

 ___兄さんに先に会っていたならもしかしたら出鱈目に紹介しているな。

 この子の仕えているのも兄さんではなく、本当は自分の可能性もあるし…わかんない。


「あああ兄さん」

 

 そう生き写しである兄アナスタシアの思惑が透けて見えてしまった。そしてエリザベートはまたため息を吐いた。いたずら好きなことは兄のそういう可愛らしい一面も悪くないと思ったが度が過ぎると駄目だと常日頃思っていた。

「そろそろ注意しなきゃ」とそうエリザベートが呟く。放ってしまっていたメイドが自分の責任だと思いつめそうだったので「あなたのせいじゃないから、気にしないでね」と、彼女に伝えてそのまま部屋で待っているよう伝えて下がらせた。今度は兄とともに、ちゃんと自己紹介しなくちゃ。エリザベートはそう思ってメイドの下がるのを見た。


「君のお兄さんも真面目に見えてお茶目さんなんだなあ」


 その光景を見て獣人が笑っていた。

 彼は渡鳥らしくこの浮遊島のように様々なところを点々としているらしい。どうやらしばらくこの島にいるようだ。


「そうなんです。どうにかしてください」

「いやあ、でも話に聞くかぎりそんなに違いがあっても容姿が似ていると、わからないもんだね。君は世界を回りたいようだし、お兄さんは菜園大好きなんだっけ?」

「はい。

一度行商から買ったタネの一つが植物系の魔物で……

 兄さんにだけ懐いてました。

 一応危ないからと島のすみっこに植え直したみたいです」


「そっかぁ」といって獣人はその話を面白がる。エリザベートのあの本たちもだいたい彼から貰っていた。お互い奇妙なもの。冒険譚が好きで渡り鳥の獣人だとしてもよく訪れてくれていた。そんな彼も弟に負けず劣らず変わった性格の兄の話を楽しんでいた。

 エリザベートは今日もまた何冊か貰ってからお話し合いしに行くと伝えた。

 

「では、兄に話をつけてくるのでこれで」

「ああ、すこしこの庭園を見てから帰らせていただくよ。

 あ。今度会う機会があれば、今からのこともまた聞かせておくれよ」

 

 今回はお開きとなり、大事に本を持ちながら自室へと戻った。


 途中で話題の兄が談話室から出てきたので「なんだ?! エリザ?!」という言葉を「はいはい」と、適当に流して、そのまま腕を引いて一緒に行くことにした。


「いや、なんだ? エリザ? あ。

 あれか? あ、バレたのか。ふふ…俺も見たかったな」


「やっぱり、ナーシャか。やめてくれよ」


「最近、つまらん顔をしていたから、ちょっかいかけてやろうと思ってね。

 良い刺激になったか?」


「そりゃあもう」


「よかったー」とか隣で聞こえたがそれを無視し自室のドアを開いた。大好きな書物の匂いを肺に入れてから、

「え?え?ええ?」と、あらかじめ来る様に伝えていたメイド。混乱しているメイドにとうとう爆笑し始めた兄アナスタシアから説明させた。


「兄さん、説明して」


「––––っあはははは!! 

 あああ。

 俺が兄のアナスタシアで、こっちは弟だ。

 ふふ、君は本当は弟エリザベートの給仕でここは弟の部屋。

 君はずっと俺しか会っていなかった。だから先程の俺への報告は合っていた。


 いや〜、いかに君らを合わせないよう。どうしたら、お前の部屋に一人で居れるか大変だったんだぞ?その辺は褒めてくれ!!!

 案外、イタズラをするにも頭を使うのだな」


 エリザベートが「変なところで頭使わないで」と言いながら、いまだに混乱しているメイドに向かって、「改めてこれからよろしくね」とエリザベートがメイドに伝えた。


 –––––ああ、夕暮れの光で逆光になっているけどわかるかなあ


 と思いながら未だにお腹を押さえている兄を宥めた。

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