ゾウの日


 ~ 八月十二日(金) ゾウの日 ~

 ※狐死首丘こししゅきゅう

  故郷を忘れないこと。

  物事の根本を忘れないこと。




「さっちゃんから聞いたのよ? テレビがもう一台欲しいって言ってたって」

「人づて人づてでじゃからそうなるん。いらんよ?」

「ありゃま」


 お袋がわざわざ持ってきたテレビとテレビ台。

 床の間に設置が済んだところで全否定。


 手拭いを首に巻いて、慣れないアンテナ線工事を終えた親父には悪いことした。

 作業に入る前、婆ちゃんが何やら言いたそうにしてたのを拾ってやればよかったぜ。


「伝言ゲームの最初の一歩は何だったんだ?」

「なんのことじゃ」

「婆ちゃんがさっちゃんに話した内容を教えてくれと言っている」

「テレビが欲しいなんて言うちょらんよ。テレビを薮ん中にどう持ってこういう話じゃ」

「は? なんで?」

「じいが、ゾンビ映画を墓場の真ん中で見たいって言いだしたのん」

「うはははははははははははは!!!」


 年中こんな事ばっかり発生する。

 笑いの絶えない爺ちゃん婆ちゃんの家。


 ご先祖代々のお墓も歩いてすぐの薮の中にあるし。

 俺にとって、ここで過ごす時間は大好きだ。


 でも、普段はもっと静かなのかもしれねえな。

 俺たちがいるから、婆ちゃんも張り切って笑いを取っているのかもしれん。


「まあ、これだけ広い家だから二つくらいあっても構わないでしょ」

「そうかい? そんじゃ置いておこうかねえ」

「婆ちゃん、騙されるな。もううちには新しいテレビが届いてるから持って帰ると廃棄に金がかかかかかっ!」


 こら、都合が悪くなるからって暴力に訴えるな。

 結構いてえじゃねえか孫の手往復ビンタ。


「なんの、中古か。そいじゃこれ一つで十分」


 そう言いながら、婆ちゃんがラップぐるぐる巻きのリモコンを操作すると。


 居間のテレビと同時にこっちのテレビもスイッチオン。


「あるある」

「個別設定しないといけないわね」

「まだ置いてく気かよ」

「いらんよ、すてれお放送なんぞ。年寄りにはどっち聞いたらいいのか分からん」

「若者だって同じだこんなの」


 向こうはニュースが流れていて。

 こっちは通販番組やってるけど。


 普段は静かな婆ちゃん家が。

 騒がしくてたまらない。


 婆ちゃんも、消しておこうと思ったんだろう。


 再びリモコンを持つと、テレビに向けてボタンを押した。

 


『幸いなことに擦り傷だけで難を逃れたバイクのドライバーが、事故の様子についてインタビューに答えてくれました』

『まだまだ驚いてはいけません! この万能野菜カッターをお求めの方に、こちらの商品もセットでお届けします!』



 ピッ



『『パオーーーン!!!』』



「うはははははははははははは!!!」



 タイミングやばすぎだよ婆ちゃん!


 バイクに乗ったゾウもかなりのもんだが。

 俺としては、オマケで届くゾウが面白過ぎた。


 何人かはきょとんとしてるだけだけど。

 俺と春姫ちゃんとお袋は、この神業に気付いて大笑い。


 でも、ばあちゃんはいつものしてやったりな顔もせず。

 子供四人を手招きして縁側へと連れ出した。


「なんだ、意外とウケなくて不服だったか?」

「何の話じゃ?」


 まさか気づいて無かったのか。

 婆ちゃんは、仏壇からお菓子の袋を持ってきて、ハサミで口を切る間も無表情のまま。


 そして突然。

 予想だにしなかったことを言い出した。


「もう、最後のお盆の景色じゃ。どこぞに行かんで、縁側に座っとくがええ」

「最後ってなにさ。冬は受験があるけど、また来年来るぞ?」

「あ、あたしも……」

「来るんかい」


 いや、秋乃の訳の分からん返事は捨て置こう。

 今は婆ちゃんの言葉の意味をちゃんと知りたい。


「それはどういう意味だ? ボケたのか?」

「ぼけちょらんよ?」

「じゃあテスト。どこからどこまでがお前の孫か言うてみい」

「まご。まご。まごの嫁。まごの嫁」

「やっぱボケてるじゃねえか」

「ぼけちょらんよ?」

「よし分かった。ならばどう組み合わせたいのかだけ聞いておこうか」

「あみだで決めるでよかろ?」


 意味分からん。

 でも、そう突っ込む間も与えないのがこの人だ。


 板張りの縁側。

 その縦の溝に合わせて四人の名前をマジックで書くと。


「書くな書くな」


 さっき封を切ったいもけんぴを横に並べて。


「あっという間にあみだくじ!!!」

「じゃあ、一人一本ずつ、好きなとこに置くがええ」

「答え見えとるし! それに、旦那旦那嫁嫁じゃ組み合わせが分からん!」


 いつも通りのボケ突っ込みに。

 凜々花と春姫ちゃんはクスクス笑っているけれど。


 ……さすが秋乃だな。

 婆ちゃんの異変に気付いたか。


「おい、誤魔化すな。最後のお盆ってどういう意味だ?」


 さっきから、どこか寂しそうにする婆ちゃんが。

 さすがに観念したのか、しぶしぶと口を割る。


「立哉ちゃん、卒業したらあれなんじゃろ?」

「あれって?」

「……受話器あるかい、立哉ちゃん」

「携帯だって。覚えろよ」

「そこに地図出るん? 岐阜のお家の」

「ああ。……自宅、と。これでいいのか?」


 自宅の地図を表示した携帯を受け取った婆ちゃんは。

 それを縁側に置くと、のこのこと座敷に入っていって。


 立ったまま、目の前あたりに指で丸を描く。


「卒業したら、この辺りに行くんじゃろ?」

「Z軸が気になるわ。成層圏越えとるんだが、どこのつもりだ?」

「帝都」

「XYZ以外の軸が」


 時間軸をも狂わす異次元空間。

 どうやって行けばいいんだ過去なんて。


「それと里帰りがどう結びつく」

「ほいじゃ、帝都の立哉ちゃん、里帰りゆうんはどこのことじゃ?」


 ああ。

 なるほど、そうなるのか。


 俺の主観で考えれば。

 盆休みの帰省と言えば岐阜になる。


 それを、親父と凜々花が出迎えるのならば。

 婆ちゃんの家には来ないという事になるわけだ。


 いやはや。

 年寄りってのはすげえな。


 視野の広さが尋常じゃない。


「安心しろよ。俺にとっての盆は、帰省じゃなくて墓参りって気分だから」

「あれ。健気なもんじゃが」

「毎晩さ、仏壇に今日あったことを話して聞かせてる婆ちゃん見てたら敬虔にもなるさ」


 何億、何兆、何京、何垓。

 太古まで続く命のピラミッド。


 そのどこのピースが欠けても俺はいない。

 こんな奇跡が他にあるだろうか。


 先祖がいたから俺がいる。

 そんな皆さんへ声を届ける門があるとするなら。


 それはきっと。

 向こうの薮の中にぽつんと立ってる。


 あのお墓なんだろう。


「そう言うて。お嫁さんもろうて子供が生まれて。そうするとあれじゃろ? 盆はハワイアンセンターに行くんじゃろ?」

「どこよそれ。俺はここに来るから、ちゃんとスイカ冷やして待っててくれよな?」


 心からの言葉だが。

 届いたのやらどうなのやら。


 婆ちゃんは、笑顔を俺に向けて近付いて来る。


 喜んでくれたのか。

 寂しい思いをさせてしまったのか。


 これはどちらに捉えたらいいのか。

 悩む俺に、きっぱりと答えを出したのは。


 ……高性能悲しんでる人センサーを搭載した。

 秋乃のわたわただった。


「あ、あの、えっと、その……」

「そしてセンサー以外は無能なところが玉に瑕」

「お、おばあちゃん!」

「ん? どうしたの? お嫁さん」

「立哉君はきっと来ます!」

「どうかのう? ほれ、テレビさんも気が利いちょる」


 婆ちゃんに言われて気が付けば。

 流れているのは卒業の定番曲。


 俺が卒業したら東京に出ていくこと。

 この場所からの卒業。


 悲しいことを同時に連想させられて。

 俄然悲しくなった俺たちを救うべく。


 秋乃が慌てて居間に駆け込んで。

 リモコン操作で他のチャンネルに変えたその瞬間。



『驚きましたか!? じつはこれ、どっきり企画でした!』



「うはははははははははははは!!!」



 珍しく、婆ちゃんも笑いだす。

 秋乃にとりついた笑いの神様は最高だ。


「ここ来るとさ、こんな事ばっか起こるんだ」

「ご先祖様方が、湿っぽいのをよう好かんからかのう」

「俺も凜々花も、必ず来るよ」

「そうみたいじゃな。だって立哉ちゃん、卒業できんようじゃから」


 それは勘弁して欲しいけど。

 ちゃんと来るよ、大笑いするために。


 だから、この景色と同じように。

 ずっとなんにも変わらず。

 俺たちを迎えてくれよな。




「……立哉ちゃん」

「ん? 湿っぽい話は無しだぜ?」

「でもな? こればっかりは言わねばならん」

「…………なんだよ、婆ちゃん」

「もう一年半我慢するんじゃよ? へ」


 男も高校卒業するまで出しちゃいかんのか。


 そう突っ込むのも忘れて。

 俺は大笑いしたのだった。

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