第51話 依頼

 首つりをしたいのか首切りをしたいのか、それはいったん置いておくとして--この殺人鬼はいったい何がしたいのか。先ずはそれを明確にしておかなければならないだろう。

 ナースコールはいつでも押せる準備をして、ぼくは話を続ける。


「……バベルプログラムについて、今更話す必要はないね」

「ああ、それは間違いないね。バベルプログラムは、一応結果を見出せた。だから、終了したはずだ。だからこそあたしもこうやって解放されて、好きなことをやっているのだけれどね」


 好きなこと、って。

 殺戮を好きなことを宣って何時だって出来るようにしてしまったのならば、それは近代警察の敗北ではなかろうか? 法律を確実に違反している訳だし、警察官はどうにか対処すべきだと思うけれど……。まあ、それをしないから今ここに居るのだろうけれど。


「無理だよ、捕まる訳がない。ただの殺人犯ならともかく……バベルプログラムを経験した存在だ。それはあんただって分かっていることでしょう」

「……さてね」


 バベルプログラムの危険さは知っているけれど、中退したからね。詳しくは覚えていないよ。それとも、覚えている範囲であのプログラムを語れば良いのかな。


「……いやいや、そういうことを言っている訳じゃない。バベルプログラムは一般市民の誰も知らないことだ。都市伝説の類いで面白おかしく知られているかもしれないけれど……、都市伝説と言っている以上、それを真実だとは思いもしない訳だ。真実は何処にあるか、それは誰にでも分からないことではあるがね」

「……あんた、意外と頭良いな?」

「バベルプログラムへの入隊条件を覚えているかな? IQ130以上、英語とドイツ語が読み書き話しが出来ることが絶対条件だ。しかもIQについては、バベルプログラムが独自に開発したIQテストで証明しなければならない。凡人に合わせることなんて、そう難しい話ではないよ。あんただって、そうだろう?」


 そうかな。

 さっきも言ったけれど、バベルプログラムを中退した人間だよ。入隊出来たのは偶然に過ぎない。たとえ入れたからといって、それは終了まで達成しなければ、意味はないのだから。


「言い過ぎではあるけれどねえ……。バベルプログラムに入ることが出来た時点で、選ばれた人間であることを分からないのか?」


 選ばれた人間が必ずしも優秀である保証はない。

 それは、ぼくが一番分かっていることなのだけれどね。


「バベルプログラムの最終目標は、何だったか覚えているかな」

「未だバベルプログラムの話をするのか……。いや、それは知らないけれど」

「だろうね。何せ、あたしだって知らないから。プログラムを完了したあたしでさえも」


 じゃあ、別に話をする必要なかったんじゃないのか?

 結論が全く見えてこない。


「それで……、どうしてあんたはここに?」


 そもそもの話だ。

 どうして殺人鬼が凡人である--まあ、今や凡人と言っても意味がないのかもしれないけれど--ぼくの元にやって来たのか?

 もし警察が居たら、そのまま御用になる可能性だって、十二分に有り得るというのに。


「人を殺すとさ、見えてくるんだよな。幽霊が」

「……何だって?」


 あんまり知りたくなかったような事実ではある。


「じゃあ、それをどうにかしてくれ、ってことか? だとすればそれは自業自得だろう。自分が殺してしまった相手に一生苦しめられる--そんなことを被害者の会が知れば、多少は報われるのかもしれないな」

「まあ、待てよ……。何もそれだけのことで依頼するなんて話はしていない。それに、そこからどうやってあんたに辿り着いたのかも……あたしは話していないぜ?」


 そりゃあそうだ。

 それはあくまでもぼくの仮説であり、可能性が幾ら高かろうとも、それを確実視する証拠が出てこない限りは意味がない。

 でも、概ね事実のような気もするけれどね。


「話をすべて聞いてから結論づけるんだな。それとも、そうやって変に解釈したから……そのように怪我をしてしまったのかな?」


 否定は出来ないし、しない。

 多分あの状況では最善の策であったのだろうけれど、ぼくの行動が原因でこうなってしまったのは間違いない。一応お金は自分のお金から出しているとはいえ、あの心霊探偵に仕事を提供することさえ困難になってしまっているのだから。


「……まー、喧嘩は辞めようや。こちらもそんな下らないことをしたいがために、わざわざ病院に忍び込んだんじゃないんだからね」

「じゃあ、何のために?」

「それを今から話すんだろうが」


 乱暴な口調にはなったが、一息大きく深呼吸をすると、こちらをじっと見つめながら--こう言った。


「……お前さん、幽霊の発言はどれぐらい信用出来ると思う?」


 また突拍子もない発言だな……。

 幽霊の発言の信用度--それは法律では厳密に明記されていない。明記しなくて良いのではなく、する必要がないからだ。何故ならば、現代社会で幽霊の発言を聞くことが出来るのは、霊媒師などの限られた職業に過ぎず、彼ら彼女らの発言に公平性があることを第三者が証明出来ないからだ。

 当然と言えば当然ではある--だからこそ心霊探偵は活躍するのだけれどね。


「幽霊の発言は、きっと口述筆記をしたところで、それが真実であることは証明出来ない。当然ではあるけれどね……。例えば幽霊がそこに決定的な証拠がある、と言ったところで、それを馬鹿正直に見つけてしまったら、それを幽霊のお陰とは言えない。警察は、目に見えるものしか信用しない--つまり、自作自演を疑うだろう。或いは精神障害か何かで錯綜していると考えるか」


 ぼくの解答を聞いて、殺人鬼は小さく拍手する。

 馬鹿にしているのか。


「いや、模範的な解答をしてくれたことが、少しばかり嬉しくてね……。流石は心霊探偵の助手を務めているだけはあるか。……そういうことで良いんだよな?」


 いや、知らないけれど。

 自分の発言には、自信を持っておくべきと思うけれどな。


「……違う違う。そんなことを言いたいんじゃない。あたしがやって来たのは、正確にはあんたが目的じゃない。あんたがビジネスパートナーとしている--心霊探偵、だよ」

「神原に……?」

「あたしみたいな人間が、昼間に事務所に訪れる訳にもいかなかったのでね。……心霊探偵に、依頼してくれないかな? 幽霊が、自分を殺したと主張している犯人の冤罪を主張しているから、どうにかしてくれないか……って」

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