第四章 殺人鬼と幽霊

第49話 入院先

 当たり障りのない毎日を送っていた――これだけを聞くと、別に刺激を求めていないならそれが理想の生活だと思うし、刺激が欲しいのであれば自ら行動しなければそれを手に入れることは出来ないと思う。

 はてさて、翻ってぼくはというと、幽霊の空間に閉じ込められてから暫く入院していた。理由は……何でだろうね? 正直入院しないといけないような理由は、特段見当たらなかったような気がするし。それとも、幽霊の作り出した空間に閉じ込められた――なんて言ったから、精神科に閉じ込められたか?

 ……まあ、ネタバラシをしてしまうと、そんなことではなかった。あの空間で起きたことがどういう因果になったのかは分からないけれど、ぼくの足は骨折しているようだった。

 大腿骨が折れていたらしい。

 大丈夫か、それ?

 三ヶ月ぐらい入院しないと、治らないんじゃないの。

 というか、どういう事情でそうなったのかが定かではない、というのが一番のネックだ。

 事情が分からない以上、いざそんなことを口にしたって理解するには程遠い。


「ってか、大腿骨が折れるってどれぐらいの怪我をしたんだか……」


 普通なら、意識や記憶があっても良いはず。

 けれども、そんなものが全くない――それはそれでどうなのだろう、とは思うけれど――しかし、否定ばかりしたところで何も始まらない。

 しかし、病院での生活も慣れてしまえばかなり楽しい。

 いや、それは言い過ぎか。

 でも、自分で何から何までやらなくて良いのは、結構楽だ。当然お金はかかるのだけれど、バベルプログラムに入っていた頃に結構な金額の保険をかけていたから、そこら辺は全然問題ない。

 保険は、何重もかけておいた方が良い。

 余裕があるなら、という但し書きは必要だけれど。

 因みに、個室だ。

 四人部屋の方がお金は安く済む……。そんなことは重々承知の上だけれど、パーソナルスペースが確保出来ないというデメリットがある。そういったことも相まって、個室にすることにした。

 しかし、それは成功とは言い切れなかった。

 一つは、壁が薄くて五月蠅いこと。これはこの病院全体の仕組みとも言える。骨を折った以外で後は健康体そのものなのだけれど、隣にそこそこ重傷の人間が居るためか、扉は常に開け放たれている。

 そして、もう一つ。


「……おや、また間違っちゃったかな?」


 今、扉を開けた少女が、そうだ。

 少女というか、まあ、少女だよな……。パーカーの帽子を深くかぶっていて、顔を見ることが出来ない。マスクはしていないけれど、あどけなさが残る感じだ。


「また、って。分かっているなら間違えないようにするのが、自然じゃないかな?」


 何度もやってきては間違えたとだけ言って去って行く。その少女のやりとりに少し飽きが出てきたぼくは、いつもとは違う手法でアプローチしてみることとした。

 入院生活も長いばかりだと、暇で暇で仕方がない。

 だから、少しは違った着目点で動こうと思ったのだ。

 別に、間違ったことはしていないと思う。


「……へえ」


 だのに、少女は笑った。

 明らかに、笑みを浮かべた気がする。

 払っても払っても纏わり付くような、そんな感覚だ。


「今までは、我関せずといった感じだったのに……。急にどういう風の吹き回し?」

「いや、別に……」


 暇だったから、なんて言ったら何をされるか分かったものじゃないな。


「暇だったならそうはっきりと言えば良いじゃない。隠しているからこそ、苛立つのよ」

「……?」


 あれ、さっきの考えって言葉に出していたかな……。


「ああ、安心して欲しい。別に、あんたがずっと思っていたことを声に出していたなんてことはないから。心を読んだ……みたいな感じと思ってもらえれば」

「心を読んだ……か。そんなことがあるのか、実際?」

「信用していないね?」


 信用すると思っているのか?

 見ず知らずの人間にいきなりそんなことを言われて、納得する人間が居るとするならば――そいつはカモだよ、立派な。


「……話が逸れてしまったけれど、あたしがここに来た理由を言っていなかったっけ」

「間違いでやってきたんじゃないのか?」


 もう心の中で幾ら話したって読み取られるのだから、喋っておいた方が良い。どうせ変わらないのだし。


「間違いでやってくる訳がないだろう。それも、長い間何度もこの部屋に? 有り得ない。理由がなければこんな部屋にわざわざ足を運ぶ意味がないのさ。分かるかい?」


 そう言われてもなあ。

 というか、ぼくにわざわざ会いに来た理由はあるのか?

 全然理由が思いつかないけれどな。


「理由が思いつかない――そんな考えを抱いていそうだな。けれども、あたしはちゃんとここにやってきた理由がある。だから、あたしは何度も足を運んだ。けれども、あたしからは言わなかった……。何故だと思う?」

「……偶然を装いたかった?」

「どうした。ギアが上がってきたようじゃないか。それとも、今まではあたしを試していたのかな? だとすればそれはそれで嫌らしいけれどね」

「別にぼくはギアを上げたつもりはないけれど……。偶然を装わないといけない理由は?」

「そりゃあもう、あたしの特質だよね。体質とでも言えば良いか? 或いは、人間性とでも言えば良いか……」


 ゆっくりと扉を閉める少女。

 何故扉を閉めるのか分からなかったが――同時に、空気が少しだけ冷えたような気がした。


「……何をした?」

「あはは。流石に能力を使っちゃあ分かるものか。まあ、分かり切っている話だけれどね。……バベルプログラムは様々な人間が居たよね、能力を使う人間が沢山沢山沢山居た。そんでもって、忘れられてしまう能力なんて居るはずもなく……。けれども、あんただけは違う。あんただけは、バベルプログラムの中でも異質な存在だった。何故なら、バベルプログラムの中で唯一能力が顕現しなかったんだから」

「……バベルプログラムを知っている、ということは」


 また、その関係者ってことか。

 にしても、意外と沢山出会うものだな。いや、或いはやってきているのだろうか?


「バベルプログラムって、連絡網なんてありやしないんだよね。けれども、全員が全員唯一無二の能力を持っているから、誰が誰か分かってしまうものさ。……でも、あたしはあんたに会いに来たんだよ。目的があったから、会いに来たんだ」

「……何が?」


 話が全然さっぱり見えてこないけれどな。


「あー……、まあいいや。それじゃあ少しだけ話をぐいっと進めようか。なあ、殺人鬼は殺した人間の幽霊に恨まれることがあると思うか?」

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