第37話 ハッピーハッピー研究所2

 とにかく、ハッピーハッピー研究所の人間と波長を合わせることをしてはいけない。というか、話を合わせようとすると永遠に話が合わないので、疲ればかりが溜まってしまい、本題に入ることが出来ない。

 だったら、さっさとこっちのペースに話を進めていった方が良い。まあ、それでも妨害される可能性は零じゃないんだが……。


「このビルの屋上に、幽霊が出る……と効いたのですが」

「ああ、幽霊ね……。あれはとてもアンハッピーな事例だと思うわ。私の力でハッピーに出来たら、それはそれで良いことなのだと思うけれども、なかなかそうも行かないのよね。現実ってアンハッピーだわ」


 ハッピーだかアンハッピーだかはどうでも良くて、問題はそれに対する捜査をして良いかという話になるのだが……。


「幽霊は見たことがあるのか?」


 珍しく神原が質問をする。


「いいえ、見たことはありません。だから、私は今回の幽霊も見たことがないの。けれども、ここのテナントのお客さんとかスタッフから、それに近い話を良く聞いて――」

「――それから幽霊ではないか、と判断した。そう言いたいんですかね。つまり、あなた自身は幽霊を見た訳ではないと?」

「うーん、そうなるかしらねえ。けれども、テナントの人達を嘘吐きとは思いたくないのよねえ。そう思っちゃうことこそがアンハッピーの始まりですからね。先ずは人を信じること! これがハッピーへと繋がるのです。千里のハッピーも一歩から、とは言うでしょう?」


 言わねえよ。

 一度も効いたことねえよ、そんなことわざ。それを言うなら、千里の道も一歩からだと思う。


「ハッピーかハッピーじゃないかは置いておくとして……。そのテナントが体感したのは何だ? 例えば屋上から音がするとか……」

「ええ、まあ、そういう苦情も来ていたかしらねえ。夜中に屋上から人の駆け回るような足音がするだとか、話し声が聞こえるだとか。極めつけには、誰かが転落したのを道路を歩いていた人間が目撃した! なんて言うのもあったのよ。しかも、いざその場に行ってみたら血痕一つありゃしないって言うんだから」

「……とのことだが、どう思う?」

「一度現場を調査してみようか。昼間と夜、二回に分けて行くのが良いだろう」

「どうして? 昼間にも幽霊は居るの?」

「いや、そんなことはない……。幽霊は夜行性、とまでは言わないけれど昼間には姿を見せることは少ないんだ。仮に見せたとしても、薄暗い部屋の中だとか、そういった場所でしか姿を見せることはない。何故なら、幽霊が出現する条件が整っていないからだ」

「条件? へえ、面白そうな話じゃない。オカルト専門の雑誌に売ってみようかしら?」

「辞めておいた方が良いと思うね。何せ、これは大抵信用出来るような話でもない。それを仮に持って行ったところで、絵空事と一蹴されてしまうのが落ちだと思うけれどね? あと、幽霊が出現する条件が揃っていたとしても、実際に幽霊が出現するかどうかは未知数だ。何故なら、一番幽霊が出現するためのキーとなるのは……前世に絡んでくるのだからね」

「前世……。成る程ね。本人が出て来たくなければ、出るはずもないものね」


 そこで納得してくれるのか。

 いや、ハッピーハッピー言っているんだし、ちょっとはスピリチュアルなところを信じてくれるのかもしれないけれどね。


「話は変わるけれど、幽霊の居る場所を見ても構わないですかね?」

「未遂、ね」


 五月蠅いな、お前は。

 いい加減未遂の話は無視してくれないかね。


「幽霊未遂の場所を見せていただけますか?」

「未遂という言葉は引っかかるけれど、構わないよ。アンハッピーな場所をなくすのは、ハッピーなことだからね!」


 アンハッピーなのかハッピーなのか、はっきりしてくれ。

 いや、もしかしてまだどちらでもないのか?


「それじゃあ、屋上へ入ることが出来るんですね?」

「鍵を貸してあげれば良いのでしょう? それぐらいだったら、幾らでも貸してあげましょう。ハッピーになると分かっているんだったら、多少のアンハッピーは目を瞑りましょう」


 アンハッピーになっているかどうかは分からないけれど……、もしかして鍵を貸すことがアンハッピーになっているというのか? だったらちょっとは申し訳ないかな。調査はしない方が良いか?


「いや、調査はした方が良いだろうね……。アンハッピーとかハッピーとかは、正直どうだって良い。問題は幽霊未遂だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 珍しくやる気だな。

 どういう風の吹き回しだ? もしかして今回の事件にはかなり興味があるのか。


「興味がある、というよりかは危険性があるから早急に対処せねばならない、ということかな……。幽霊未遂が未遂で終わってくれればそれに越したことはない。僕ちゃんだってそんな興味を持つこともありはしないさ。けれども、今回についてはきちんと考えなくてはならない。僕ちゃんだって、悪霊か悪霊じゃないかの違いぐらい付くさ。どれぐらいこれと戦ってきたと思っている――そして、今は危険な方に傾いている。だったら、僕ちゃんがきちんと対処しなければならない。場合によっては、かなりの重労働となる可能性すら有り得るからね」

「そういうことだったか……。てっきり気分屋が発動したものとばかり思っていたよ。しかし、だとすればさっさとやらないといけないよな。昼間と夜、二つの時間でチェックすれば分かるんだよな?」

「ああ、その通りだ。そのためにも、先ずは昼間の屋上を見てみることとしよう。もし、危険性があるならば昼間であっても怪しい雰囲気を漂わせているはずだ――幽霊の力が弱まっているであろう昼間でさえも、だ」


 やっぱり神原が気合い入っているのが気になるところではあるけれど、それを何度も擦っていく必要はない。

 ぼくはオーナーから鍵を受け取ると、神原と一緒に屋上へと向かうのだった。

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