第26話 ここに来た理由

「……何だって?」


 思わず、そんなフレーズが飛び出してしまうぐらいの突拍子もない発言だった――ぼくからしてみると、いきなりそんな発言が出るとは思ってもいなかった訳だから、案外簡単にリアクションが取れなかった。まさかとは思うけれど、その突拍子もない発言を聞いて全員オーバーなリアクションを取ることを望んでいたというのであれば、それはちょっと間違いかな。せめてオーバーなリアクションを取って欲しいと執事からアドバイスなりあればまだ良かったのだけれど。


「別にリアクションなど取る必要もないと思うね。このお嬢さんがそんなことを望んでいるとお思いか?」

「いいや、そんなことは一言も言っていないだろう。ぼくとしては、もしかしたらつまらなさを通り越して仏頂面になってしまうことを避けるために、こう敢えて色々と話の中に組み込んでいるのかな、とか思っていたんだよね。ほら、授業の中に質問や討論の時間がなく、ただ先生の話を聞いてノートに書き写すだけじゃ眠くなるじゃないか。集中力が途切れるからな。あれだよあれ」

「そんなこと言われてもな……。学校の授業はまともに受けていなかったし、そんなことをさも一般常識のように語られても困るんだよな」


 自分は知らなかっただとか授業をまともに受けていなかっただとか、そういった話を聞くのも困るんだよな。

 あんまり否定こそしたくないけれど、肯定も出来るかどうかと言われると――即座に頷くことは出来なかった。ぼく自身一般常識をきちんと持ち合わせているかと言われると自信を持ってノーと言えるし、ぼくには他人の評価を決められるような人間の器を持ち合わせていないからだ。


「殺人鬼をこの世から追放――などと少し詩的な言い回しをしているように見えるが、要するに殺した……ということだろう?」


 精神科医の問いに、頷いたのは執事だった。


「だとしたら、直ぐに投降するべきではないか? 幾ら相手が殺人鬼で救いようのない人間であったにしても、犯した罪は裁かれなくてはならない。恐らくは、情状酌量の余地が見受けられるだろう……。けれども、殺人罪であることには変わりがない」

「――そんなことは、我々だって嫌というほど理解しておりますとも。しかしながら、まだそれが確定していないとすれば?」

「確定していない?」


 それは一体どういうことなんだ?


「だから、言ったでしょう。シュレーディンガーの猫だ……と」

「成る程ね。つまりは、死んだかどうかを確認出来ていない訳だな? 死体をまだ一度も見ることが出来ていないから」


 神原の問いに、執事は頷く。


「流石は心霊探偵。こういった類いの謎にはいち早く答えを導き出せるものですな?」

「馬鹿にしているのか褒めているのか、この際一切放っておくこととして……。死体を見ることが出来ていないから、死が確定していない。流石にそれはどうなのか。どうやって殺した? 餓死か?」

「窒息死、或いは中毒死といったところでしょうな。ここは古城であると申し上げたでしょう? つまりはここには悪人を閉じ込めて裁きを受けさせる拷問部屋に近い場所も存在していたのですよ。我々はこの時代になって使ったことなど一度もありませんでした……。しかし、使い方としては残っていましたし、いつ何が起きても良いように仕えるようにしておく、というのは代々続く当主様からの言い伝えでもありました」


 一斤染財閥、ともなれば敵がどれだけ出てきてもおかしくはない――が、まさかこうやって秘密裏に敵を殺しているのだろうか。或いは拷問して誰が仕向けたものであるかを吐かせるために? いずれにせよ、恐ろしいことは間違いないけれどね。


「独居房には毒ガスを注入することが出来た、と?」

「ええ、その通りです。この古城ではかつて数多の人間を殺戮してきた……とも言われています。本当かどうかは定かではありませんが。心霊探偵ともなれば、幽霊の囁きぐらい聞こえるものではありませんかな?」

「……幽霊だって、そう馬鹿じゃない。自分に関係のない存在を無闇矢鱈と祟るものでもないし、自らの身体を見せようとすることもないさ。しかし、我々がその幽霊が何者であるかを自覚すれば、話はまた別だが」

「なあ、神原。それならその殺人鬼の幽霊は見えないのか? 今の執事さんの説明が正しければ……、もし死んでいれば幽霊が見えるはずだろう? 既にもう、ぼく達は情報を仕入れている訳だし」

「いいや、全く」


 神原は首を横に振る。


「全くもって見えないねえ。残念というか、当然というか」

「当然?」

「たーくん。きみの目線に立って考えれば分かる話だよ。もしきみが毒ガスで殺されたら、どうなると思う?」

「恨みを飛ばすためにその相手の元に向かう……とか? それともその場に未練があるから立ち尽くすだけか……」

「正解は後者だね。つまり、仮に死んでしまったとしても未練がある、或いは突然の死ともなればそう簡単に出歩くことは出来ないって訳だよ。こないだの地下アイドルの幽霊は、あの建物そのものに未練があったから移動出来たのだろうけれど、それは結構例外ってところでもある。実際は、一部屋かそれ未満に限定される。だから地縛霊は特定の場所に行かなければ見つからない……って訳だ」

「つまり……、殺人鬼は今地縛霊になっている可能性が高い。そうおっしゃりたいのですか?」

「死んでいるとしたら、だけれどね。もしかしたら毒ガス耐性を持っていてギリギリ生きているかもしれないけれど。そうだったらきっと僕ちゃん達全員殺されちゃうだろうね」


 さらっと軽く言ってのけたけれど、えげつないことだからな、それ。


「殺されるのは当然、ということはしてしまったとはいえ、出来ればそんな未来にはなって欲しくないものですね……。しかし、あなたの言葉が確かならば死体を見ようが幽霊を見ようが、先ずは部屋を開けなければならない、と? 流石にそれは出来ません。何故ならまだ毒ガスが充満しており、中に入ることは許されないからです」

「換気装置はないのか?」

「それが……」

「もう数十年も使われていないためか、換気装置が故障してしまったのですよ。扉を開けることは、許されません。何故ならその直後、毒ガスが廊下へと漏れ出すか、神経に影響を及ぼしてしまうからです」


 ……逆に、そんな致死性の毒ガスを良く用意出来たよな、と思うけれど、そこはやはり一斤染財閥の力なのだろう。我々一般人には考えられないようなルートを通って流通したに違いない。


「じゃあ、一先ずその独居房に案内してくれ。話はそれからだ」


 神原が珍しくやる気ではあるのがちょっと気になるけれど、そのアイディアには賛成だ。

 こうして、ぼく達は殺人鬼が居るであろう独居房へと向かうことにするのだった。

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