第11話 一つの事件の終わり

「ムーンクイーンズの限定ストラップだよ、これ!」


 マリサは言うが、そうさも一般常識のように言われても分からないんだよな、それ。もう少し掻い摘まんで説明してくれないか?


「ムーンクイーンズというのは、サンシャインズのライバルとして位置づけられた、地下アイドルのことです。サンシャインズはまるで太陽のように輝く笑顔を振りまくのがスタンスだとするならば、ムーンクイーンズはクールに振る舞うスタンスが大事だと言われ、その対比でファンを双方増やしていくことが出来たんです」


 ふうん、まあ居るかもしれないとは思ったけれどそういう地下アイドルも居る訳ね。もしかして運営会社一緒だったりしないよね?


「社長同士が仲が良い……ってのはありますけれど、運営会社は全く別物です。資本関係もありません。ですから、これは社長同士が仲良しだからこそ生まれた、相反する地下アイドルなんです」

「成る程ね、月と太陽――確かに相反する存在ではあるわな。けれども、ならばどうして彼女がこれを? もしかして、どっちも好きなアイドルだったとか?」

「あー、それなんだがな、こっちから補足させてもらえるかね?」


 文野刑事がタブレットをスタイラスペンで操作しながら呟いた。

 にしても時代だな……、警察官のメモと言えば、いつまで経っても紙が主流なのかとばかり思っていたけれど、気付かないうちにデジタル化が進んでいたらしい。とはいえ、流石にインターネットに常に接続出来るような設定とかはしていなさそうだけれどな。色んなウイルス対策ソフトが入っていて、動きがもっさりしていそうだ。

 暫く操作していると、文野刑事は手を止めて話を始めた。


「本当はこっちから話を進めようとばかり思っていたのだが……、話が進んじまったから致し方なし、といった感じだな。実はこのホトケ、調べたところによるとムーンクイーンズのメンバーらしいんだよな。正確には、研修生といったところか?」


 研修生?


「つまり――まだムーンクイーンズのメンバーにはなれていない、というところではある。きちんと説明すれば、最初にアイドルになりたくてもいきなり本メンバーになれる訳ではないんですよね」


 マネージャーが説明に入る。

 まあ、地下アイドルの専門家という立ち位置ではあるし。


「サンシャインズはまだそこまで大きくないのだが……、ムーンクイーンズは結成当初から本メンバーと研修生で分けて、入れ替え制を導入している。つまり、人気投票に応じてそれらが入れ替わるシステムを導入しているんですよ」

「人気投票――ね。つまり、いかにファンに気に入られているか、で自分が上に上がれるかどうかが決まると」


 良く出来たシステムだな、全く。

 ファンだったら、自分が好きなアイドルを推して、応援して、根回しして、投票数を稼ぐことによって――より高い地位に上がることが出来る、ということだ。何か、それって歌劇団とか相撲とかでも聞いたことのある制度だな? 人気投票がどうこう、って話はなかったけれどね。あっちは完全な実力主義だ――別にこっちが実力なんて関係ないなどと蔑んでいる訳ではないのだけれど……。


「ムーンクイーンズの研修生だった彼女が、どうしてここに?」

「理由は現状調べている。……だが、一週間前から練習に来ていないらしい。今データベースと照合したところ、捜索願も出されていたようだな。……しかし、可哀想なものではあるがね。何故、このような形で見つかってしまったのか――」

「ところで、死因は? やはりナイフで一突き……これが致命傷という理解で良いのか?」

「まあ、そうなるだろうな。……後はこっちに任せてくれ。どうせ、こいつはそれ以上の干渉はしないだろう?」


 良くご存知で。


「何回こいつと現場で出会したと思っている」


 話を早々に切り上げて、ぼく達は漸く解放されることとなった。

 そう、最後の質問がぼくだったことからも分かる通り――もう、神原の興味は薄れてしまっている。

 心霊探偵と名乗っているのは、単に幽霊専門の探偵だから――ということではない。

 寧ろもっと強い意味合いで、幽霊が絡んだ事件以外に全く興味を示さないし、その事件で見つかった死体があったとしても、その死因だとか理由だとかを調べることは一切しない。

 そういった話は、全て警察に丸投げだ。

 警察にしてみれば事件が一つ増えるし解決へ導けるやもしれないから有難い話ではあるらしいけれど――割り切っているといえばそれまでだ。

 本当に、こいつは幽霊以外に興味を示さない――それ以外は、勝手にどうぞというスタンスになっている。

 けれども、多いことは多いんだよな。

 こういう、オカルトの事件ってさ。


「それじゃ、後はいつも通り警察に任せるよ。……あー、疲れた」


 伸びをして歩き出す神原は、完全に一仕事終えた気分になっている。間違ってはいないが、依頼者からすれば消化不良感が否めないのもまた事実だろう。


「……ありがとうございます」


 最後に、マリサが頭を下げた。


「何を?」


 何を、じゃないよ。

 きちんと幽霊の正体を暴いただろうが。


「きっと彼女は殺されて……ずっと外に出られなかったんだと思います。けれども、わたしが見つけたから……、それでわたしに何とかして欲しいと思っていたのかもしれない。けれども、わたしは怖くて――」

「幽霊は怖いものだ。いいや、それどころではなく――非現実であるものは総じて恐怖を感じることは、人間の根幹に関わるものでそう簡単に矯正することは難しいことだろうね」


 神原は笑みを浮かべて、さらに話を続ける。


「――だから、いきなり幽霊と仲良くなるのではなく、少しずつ恐怖心を減らしていくだけでも良いだろうし、関わり合いがないのなら別に無理してしなくても良い。恐怖を感じたこと、それは間違っちゃいない。別に良いじゃないか、事件が解決に導いたんだから。きみは幽霊を見て、幽霊はそれに救われた。――それ以外に、何があるというんだ?」

「そう……なんですね。別に、怖がったって良いじゃないか――って」

「うん。寧ろ、それが当たり前のスタンスってことだよ。それじゃあ、また機会があればよろしく頼みますね。あ、支払い方法は名刺の裏に書いてある口座かQRコード決済でお願いしますよ。僕ちゃんも生活がかかっているからさあ」


 何か最後の台詞だけ聞いたらヒモっぽい話なんだけれど、まあ、ちゃんと仕事はしているからな……。ともあれ、これで事件は解決。

 めでたしめでたし、といったところだ。

 そう振り返りながら――ぼく達は漸くこのバックヤードを出て行くのであった。

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