6.義勇軍出立
俺はふぅ、と深々と息を吐きだしながら家の外に出た。ディールの父は、子爵家当主なだけある
「兄貴、終わったのか。」
「ディール、お前、子爵家当主は無理じゃないか?」
いきなり言うのは気分を悪くするかもしれない、とは思わなかった。俺とディールの関係は、そんなことで問題が起きたりはしないだろうと確信している。
「無理だな。俺じゃ貴族のうざったるいやり取りは無理だ。」
「いや、今日やったのは割とまっすぐなやり取りだったんだけどな……。」
それでも、終始劣勢に立たされるような交渉を余儀なくされた。ゲイブはあくまで俺を試していただけにもかかわらず、だ。
俺は
ディールにこんな面倒なことはやっていられない。武器をとって戦っている間は駆け引きの一つや二つはできるが、こんな面倒くさいことはできないだろう。
「『衛像』でよかったと思うぜ、俺は。将の器じゃねぇよ。」
自分でそれを心得ているあたり、将器自体は十分にあるだろうと思う。こいつにほんの少しの軍略と、戦闘狂のような性格さえ矯正できたなら、彼は中隊の隊長くらいにはなれるだろうと思う。
割り振られた宿に向かうために、
「ヴェイン、戦だ。戦争だ。やっとこの腐った世界をなんとかできるぜ?」
よしよしと鼻づらを撫でながら馬とじゃれているディールを見て、気を使って厩舎から出る。
「ねえ、君。」
外に出た瞬間、声をかけられた。
「アメリアか。」
「あなた、王なの?」
本当に素直な問いかけだった。純粋無垢というほうが正しいような、婉曲な問いかけのない質問。
(アシャト、アシャト。ここ、貴族家だよね?)
(……俺も疑いたくなるが、これでも子爵家のはずだ。)
ディアの問いかけは、俺も疑問に思う点ではあったが……とりあえず、気にしないようにした。
「『ペガサスの王像』に選ばれた。……君としては、力不足かもしれないが。」
「戦闘技術のこと?政治能力のこと?どちらにせよ、そこそこでいいでしょう?」
アメリアの言葉に、え?という視線を込めて彼女を見つめる。
「ペガサスの王は、適材適所。王に必要な能力は人材配置の能力よ。その点、今のあなたは王として正しいと思っているわ。」
年下の女に正しさを認められる王候補でいいのか、とは思わないでもないが
「そうか。お前がディールみたいに脳筋じゃなくてよかったよ。」
「……兄さまは兄さまで、あなたのことは認めていると思うけれど……。」
まあ、兄貴、何て呼ばれるくらいだ。認められているのは確かだろう、と思う。
「魔術の六段階を持っているからな、あいつに出来ないから、すごい。そういう認識なんだろう。」
ともに死線を潜り抜けた。そういう仲間意識と、魔法技能。それが、ディールと俺を繋いだ最初のきっかけだ。
もちろん、きっかけがあったからずっと誰かと一緒にいられるわけではないのだろうし、ディールが俺を認めてきたのもそのあとの俺の行動が理由なわけだが……。
「友として俺のことを認めていても、王として認められているかどうかは別の問題だろう。」
ディールは、俺を王とはっきりと認めているわけではないだろう、と思う。俺のもとにいたほうが、より暴れるからここにいるのだ。
「……まあ、その辺はこれからの行動で示そうと思う。明日からよろしく頼む、アメリア。」
ディールが馬を引いて現れたのを見て、アメリアに手を差し出す。俺も彼女も、これから将として軍を率いることになるのだ。その内訳は知らされていないまでも、俺の実力を知る為の軍だ。一筋縄ではいかないだろう、というのは簡単に予想できる。
「は。承知いたしました、王。」
アファール=ユニク子爵令嬢は、王として、俺を認めたようだった。
翌日。俺は自分に割り振られた軍に顔を出すべく、ディールとともに練兵場に顔を出していた。俺の部隊が、義勇軍最後の一隊。合計六部隊。第一軍~三軍、各一千。四軍~六軍、各五百。総計、四千五百人。
ゲイブ=アファール=ユニク=ペガサシア子爵が用意できた義勇軍の数である。
「まあ、義勇軍だからな。一隊辺り数十人とかいう規模にならなかっただけ、マシだろう。」
今の情勢を考えると、一握りの上位貴族以外は生きていくために必死であろう。義勇軍の方が生きやすいという理由で義勇軍に参加した兵士が、何人いることか。
「今日よりアファール=ユニク義勇軍第六部隊の指揮を執ることになった、アシャトだ。以後、よろしく頼む。」
即席で作り上げた台座の上に上り、あまり立派ではない鎧と、立派な剣をひっさげた俺は、五百人の前で挨拶をした。
屈強な兵士が多いわけではない。義勇軍というからには、大半が農民であることが多い。
ここにいるすべての兵士たちに、アシャトはアメリアと二人で勝てるだろう。しかし、相手は、これから戦うことになるのは、盗賊や義賊など、ただの荒くれ者たちだ。軍隊のように規律があるわけでもなく、生きるに困って盗賊になるしかなくなった者たちだ。
彼らが相手であるならば、それほどまでに立派な武勇は必要ない。ただ、命令を聞き、その通りにするという規律。それさえあれば、ほとんどの場合は困らないのだ。
「まずは、先行している五部隊と合流する!合流場所はここから60キロ先のフィシオ砦!行軍日程は、約五日を想定している。全軍、遅れるな!」
叫びをあげ、剣を空に高く掲げた。義勇軍の兵士たちが、呼応するように拳を掲げて叫びをあげる。
これでいい、これでいいのだ。アシャトは士気の高さに、うんうんと頷いた。士気は大切だ。むしろ、士気の高さ以外は何もいらないと言ってもいい。今は、そう、今は。
軽く兵士たちを見渡すと、アシャトは台座の上から飛び降り、兵士たちに向けて言った。
「着いてこい!出陣だ!」
ゲイブから譲り受けた、立派な馬に乗る。一歩後ろにディールが続き、その後ろにアメリアとアテリオが続く。
その四人を筆頭とした義勇軍第六隊、総勢504名は、勢いよく街を飛び出した。
60キロを5日かける、ということは一日当たり12キロの行軍、ということである。
たったの500人の軍隊であれば、その速度はずいぶんと遅い。余裕を見、間に一日休みを入れるつもりの行軍であっても、一日15キロ。軍隊において、一日当たりの行軍速度は、普通25キロ前後である。
初日に調子に乗って20キロほど進んだ俺は、周りに柵を張り巡らせて寝る場所を確保するように、と命じた。
日が暮れるまであと一時間。食事のための時間もかねて考えて、まだまだ時間に余裕があった。
「アメリア、手合わせを頼みたい。」
護身のための実力は、あげておくべきだった。俺自身が戦うような事態になってはいけないとはわかりつつも、アシャトが生き残りさえすればアシャトの国は終わらないことも事実。
ゆえに、彼は生き残るための戦闘訓練をしておくことが大切だった。
「了解。」
彼女は軽く笑みを浮かべながら、俺と相対する。ディールと俺では実力差がありすぎて訓練にはならず、最終的に俺が負けるのも当然で、あっさり負けると今度は兵士たちの士気に響いてくる。
この男が指揮官で、俺たちは勝てるのだろうか?そう兵士たちに思わせてしまえば、俺たちは負けてしまうのだ。
女であるにも関わらず、アメリアの槍の腕は素晴らしいの一言に尽きた。こちらがかけたフェイントを見破り、それどころかこちらがフェイントにつられそうになる。
そうして、接待試合ではあるものの、それなりに本気の試合を約30分。アシャトは額に浮いた汗を拭きとって、その場にアメリアと二人で座り込む。
「“水創造”と“熱球”は使えるか?」
「一応、使えますよ。アシャト様は?」
「可能だ。桶は十分な数はないが……」
あがる炊事の煙を眺めつつ、アシャトは立ち上がって叫んだ。
「一番小隊から五番小隊、前へ!」
500人の義勇軍の中で、小隊は10隊。一隊辺り50人を基本として、俺は部隊を編成していた。
アシャトは、兵士に訓練を施すつもりである。皆が平等に訓練しなければならない、というデモンストレーションも込めて、俺は自ら先頭に立って訓練の姿を見せてみせた。
「ただいまより訓練を開始する!」
皆に渡された、統一規格の槍を示して言う。
「その槍を飾りにしないためにも、そして戦に負けないためにも、我々は自らを鍛えなければならない!」
戦において勝敗が決まる要因はいくつもある。1つは、数。1つは、戦場の環境。1つは、策略。1つは、指揮系統の確からしさ。
そして、今すぐに俺が底上げできる要因として、兵士の練度があった。進軍時間を早めず、ゆったりとした歩みで進軍する主な理由が、それだった。
生きるため。生き続けるため。そして、稼ぐため。それを目標にこの義勇軍に応募した兵士たちに、その命令を断る理由はない。どれだけ嫌だと言ったところで、俺の言ったことが真理であることには、聞いた瞬間に全員が気付いていることだった。
「第六、第七隊は全軍のための天幕を張れ、第八、第九隊は糧食の用意を代われ。第十隊はある限りの桶とタオルを持ってこい。終わり次第天幕作業に入れ!」
この命令ですら、いつかはアシャト以外の誰かに伝え、その者が命じるというふうに変わるだろう。この自由は、今のうちに楽しんでおこうか、と俺はかすかに笑いながら思った。
ディールとアメリアに管轄させて、槍の握り方、正しい扱い方を教える。こと武術においては、ディールは天才だ。ここにいる五小隊の全員が正しく槍を扱えるようになるまでに、そう時間はかからなかった。
炊事の煙は消え、日は暮れた。今日はもう食事をとらせ、各自睡眠に入った方がいいだろう。
「全軍、よく聞け!」
桶の周りまでツカツカと歩いていき、すべての桶を一瞥する。
「アメリア。」
「わかっています。」
「「“水創造”」」
全部で10個の桶に水を張る。続いて、そのすべてに向けて指さしつつ、
「「“熱球”」」
と唱えて、適温まで温める。
「この湯を使い、体を拭うことを許す。替えはない。大事に使え!」
普通より短い距離であったといえど、行軍は行軍。疲れは当然、体にまとわりついた汗も気持ち悪かったのだろう。歓声が上がり、お湯に飛び掛かろうとする兵士が数人。
「いいか、そのタオルは支給品であるが、それ以上の数があるでもない。捨てるなよ?」
笑って言った。その声で、タオルが支給されていると知ったのだろう。取りに行って、お湯につけ、渋々という様にそれで体を拭うことにしたようだ。
もちろん、俺とてそうさせるつもりで命令したのであるから、それでいいのだ、というふうに頷く。
「明日は1時間、駆けるぞ。しっかり食べて、しっかり休めよ!」
最後にそう宣言して、俺は、自身の天幕に向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます