覚悟の刀と辻斬りと

フィンク・コークスと美少年

 アルジャリイトという世界が御座います。

 東西に広がる大陸は西のイベンス連合王国、中央のセンリュウ大帝国、東のロレイシア帝国と三つの国が互いを牽制しあう、魔法や錬金術の存在する世界。

 まさに、中世北欧を思わせるファンタジーの世界で御座います。

 ですが此度の舞台となるのは煌びやかなファンタジーの世界じゃあ御座いません。

 大陸から、東陽海を隔てた弓形に南北に伸びる火山列島群からなるヤマト列島、その中でも最も大きな島を支配する国家、アザイ聖王国。

 まるで江戸時代の日本にっぽんを想起させるその国は、幾つもの藩と呼ばれる小国家の集まった連邦王国であり、その中央支配権を有するのが京の浅井家。大王はかんなぎ浅井あざい佐登美さとみの巫女様。

 とまあ、仰々しく言えばそうで御座いますが、舞台となるのはそのアザイ聖王国の小国の一つ、信濃藩しなののくには上田の地にほど近い宿場町の五本木町って大して大きくもねぇ町でして。

 なんの因果か腕自慢で大陸から流れて来たロレイシア人の、フィンク・コークスっていう何処にでも居そうな平凡な冒険者がこの物語の主人公に御座います。

 ヤマトの内地じゃ珍しい大陸人は、この地じゃ異人と珍しがられて、しかもこのフィンク・コークスといえば齢二十五にして三十半ばかという老けっぷりにアーモンドみてぇなタレ目の年がら年中女の裸を妄想してニヤけた顔の三枚目。

 大陸から流れて生きてはや五年。

 今日も寂しい独り者は、今日も今日とて命懸けの日常を、過ごしていたので御座います。

 嗚呼、冒険者なんてのは、手間てめえの命を博打に掛けて、傭兵まがいに身体からだを張った、碌でもねぇ渡世人に御座います。




 アザイ聖王国、信濃藩しなののくに、上田領の宿場町、五本木町。


「ふぅ〜、寒い寒い寒い」


 秋も終わりの頃合いに、俺、フィンク・コークスはひと仕事終えて冒険者の集まる宿に、鶯の止まり木亭に戻ってきた。

 この辺りは宿場町で、俺みてえな定職を持たねぇ冒険者が寝泊まりする寄合所みてえな宿は五軒ある。

 本宿の集まる五本木町の中心地、温泉町からはちょいと離れちゃいるが、酒とおでんが食える屋台が数軒街道に並んだ、まぁ、治安はあまりよろしくねぇ宿場だった。

 その中でも真ん中に立ってるのが、鶯の止まり木亭だ。

 木の格子にガラスを嵌めた、ヤマトじゃ珍しい作りの引戸を右手の取手に手を掛けて左に引くと、ガラガラと大きな音が立つ。

 玄関を潜りゃあ奥の暖簾を掻き分けて、給仕の小柄な娘が顔を覗かせて来た。肩に掛かるくれえの少し青みがかった黒髪が可愛らしいフユっていう娘だ。


「いらっしゃ、あらフィンクさん。お帰りなさい」


「おう、戻ったぜ! 今日の仕事の、」

「ご依頼書は判を押したら受付の台の小箱に入れといてくださいな」


 まぁ・・・見た目は美人で可愛らしいんだが。この通りつっけんどんな性格で、正直取っ付きにくい娘っ子だった。

 まぁ言っても仕方がねえし、俺は草履はきものを脱ぐと廊下に上がって右手の壁際に設られたカウンターに歩み寄って懐から取り出した紙の依頼書を広げて平たい小箱の隣のずらりと印鑑が並んだ中から自分の印鑑を、雰囲苦・・・まぁ・・・当て字なんだが、俺のフィンクの印鑑を探して取り出した。

 依頼を発行してる屯所で依頼達成の印鑑を貰ったその紙に、屯所の印鑑の下に雰囲苦の印を押す。

 雰囲苦 小奥巣って書くんだそうだ。ヤマトの字に起こすとな?

 俺の名前はそう書くんだそうだ。


 ふぅやれやれ。


 まあ、そんな事ぁどうでもいい。

 あとは女将さんの印鑑、済って印鑑を貰えば屯所から支払われた報酬から宿代を差し引いた報酬が貰えるって寸法だ。

 ちなみに、俺がこっちに来て仕事を始めてから噂を聞いたのか、大陸から他にも冒険者が流れてくるようになって、仕事人って呼ばれてたのが冒険者って言う呼び名が定着し始めていた。

 仕事人の中にゃあ暗殺みてえな物騒な仕事しかしねえ奴が上方にゃあいるみてえで、仕事人って呼び方が物騒だから冒険者って呼ぶようになって来たみてえだな。

 どうだっていいが。

 押印を終えて依頼書を平たい小箱にひらりと入れると、カウンターを離れて廊下を奥に足を向けると、台に併設された小窓がカラリと開かれて暗幕を器用に頭で掻き分けて茶色っぽい髪を後ろで束ねた給仕の娘が、カエデが顔だけ覗かせて来て言った。


「ああ、フィンクさん。今日は奥の大食堂はダメですよお?」


「え、・・・晩飯が食いてえんだが?」


「玄関下りて左のお食事処に行ってくださいな。今日は横狗オークの盗賊を大討伐して来たミウラ白刃隊の宴会で貸切なんですよ」


「あ、そう・・・。へぇへぇ、そうでございやすか・・・」


 するりと顔が暗幕の向こうに消えてカラリと小窓が閉じる。

 いつも顔だけしか覗かせねえ不思議な娘だよなぁ、カエデって。

 横狗てのは、有体に言やあオークの、あの豚の獣人の事だ。

 センリュウ大帝国が三大氏族に分かれて大戦をしていた時に、ショクっていう国に大規模に雇われてた傭兵で、ギ氏族に大敗を喫して全滅させられるって折に命からがら東陽海を渡って来てヤマトの地に勝手に定住したのが横狗だな。

 荒っぽくて横暴で、山賊として害をなしてるから横暴な獣人けものびとってえ事で横暴の横と獣の象徴たるいぬの字を当てて横狗って呼ばれるようになったんだそうだ。

 しかし流石ミウラ白刃隊。人間より何倍も力の強ぇオークの山賊団を討伐かい。宴会してても文句ぁ言えねえなぁ。

 あ、いや、どいつもこいつも一級の剣士揃いで文句なんか言えやしねえが・・・。

 しかも全員イケメン揃いで道を歩きゃあ女どもの黄色い声援鳴り止まず。


 うん。ぜってえ仲良くなんか出来ねぇな。二枚目揃いがコンチクショウ。


 俺はため息吐くと、草履を履き直して土間の奥に行った飯処に暖簾を掻き分けて入ると、一番手前の角の、ひっそり寂しい席に陣取って座ると腰の刀を鞘ごと抜いて席の横に置かれた武器立て箱の中に立て掛ける。

 も一度ため息吐くと、奥の台所に通じる暖簾が跳ねるようにしてフユがテテテと駆けてきて不機嫌そうに俺の顔を覗き込んで来た。


「はぁ、全く。忙しんですからさっさと注文して下さいな」


 フユはこの宿の看板娘で注文じゃあ引っ張りだこだ。

 俺の事も、この外人の三枚目顔は嫌いみてえだが、こうして忙しくても注文取りに来てくれる優しい、


「早くして下さい! 何にするんですか!?」


 ・・・多分、優しい


「あ、うん・・・じゃあ・・・暖けえ蕎麦を・・・」

「はいお蕎麦ですね少々お待ちください!!」


 テテテとあっという間に去っていく。

 ああ、まあ、分かっちゃあいるけど五年も居たら一人くれえ俺に優しくしてくれる娘が居たって良いんじゃあねえかなぁ・・・。

 三度ため息を吐くと、背後で暖簾が掻き分けられて身形のいい、上等な白い生地に黒い網目模様の着物に藍染の袴履きの少年が入ってきた。

 左腰に大小二刀差し。

 ありゃあ名のある道場で段を取った、侍って認められた奴だな。俺みてえな素浪人に剣を習ったような渡世人じゃねえ。お国に認められた侍様だ。

 っけぇ。見せびらかしやがって。

 半身そっちを向いちまったが、不機嫌そうに身体を戻すと、いつの間に運んできたのか、透明度はあるが若干黄ばんで見える安酒の入った湯呑みが卓に置かれてて、俺はひったくるようにしてそれを一口。ゴクリと飲んで落ち着くと湯呑みを卓上に戻して深呼吸した。

 おフユちゃんって、つっけんどんだけどよく気が利く娘なんだよな。

 だから人気あるんだが。

 もはや癖みてえにため息が出ると、少年は俺の席の隣に立って言いやがった。


「あの、もし。あなたはここの冒険者さんですか?」


 面倒臭えなあ・・・。他の客、は、ぐるりと見渡しても俺しか居ねえな・・・。


「もし?」


 あーもー、面倒臭え・・・。


「ああ、そうだよ。仕事の依頼なら温泉町の屯所に行きな。冒険者にも決まり事があってよ、屯所から発行された仕事じゃねえと。直接請け負っちゃあいけねえ事になってんだよ」


「ああ、いえ。僕は冒険者になる為に来たものでして」


 は?

 思わず端正な整ったイケメン面を見上げてしまう。


「い、いえ、冒険者になる為に・・・」


「はああーーーーー!? お前! 二刀差しでイケメンの癖に冒険者になるだあーーーーー!?」


「あの? 何かいけない事なのでしょうか?」


 当たりめえだ。

 ミウラ白刃隊でも十五人のイケメンが揃ってるのに、ここに来てさらにイケメンが増えるだとう!?

 益々俺が目立たなくなっちまうだろうが!!


「あのー・・・?」


「ふぅ、うむ、まあわかった。まずはそこに座りねぇ」


 俺は少年に正面の椅子を薦める。

 ちょいと説教してやる事にした。




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