002【美善國家と美善國千代】

時は元禄15年、師走半ばの14日!


皆様ご存じこの話!


「殿中でござる〜」の忠臣蔵!


だが、この時この時代、人知れず、伊勢山中山奥は、蝙蝠岳と呼ばれる人里離れたこの場所で、刀ばかりを打ち続ける、一風変わった男がひとり、見るも侘しい生活を送っていた。


鉄を叩く火花に魅入られた、この男!


名を[伍一]と言う。


元々旗本の家に五男坊として生まれるも、剣術よりも剣が好きと、家を捨て親を捨て、行き着いたのが山の中!


人里離れたこの場所で、朝から晩までカンカンと、飲まず食わずで倒れるまでを、取り憑かれた様に繰り返す。



雪が降り、寒さも本番を迎える山中に、年を越す為近隣の、村から猟師が訪れる。


山の木々にこだまする、金属音に驚いて、伍一の元へ訪れた、獣の皮を身に纏う猟師!


「こんな山奥でオメ〜、一体何してんだ?」


伍一は赤く輝く鉄にだけ、何やらぶつぶつ話しかけ、時折笑顔を見せていた。


雪化粧の中で体から、湯気を上らせる男は未だ、猟師に気付かずカンカンと、一心不乱に叩き続けていた。


「お、おい! オメ〜 取り憑かれたのか?」


「うるせ〜! 少し待ってろ! 今大事な所なんだ!」


人の言葉は通じると、安堵する猟師!


叩く度に朱に染まる、鉄が形を変えていく。


それに猟師も目を奪われていく。


やがて音が止むと、


「ふぅ〜 後は……」バタッ!


っと倒れる伍一!


猟師の男が駆け寄ると、後は刃付を待つだけの、見事な反りの大刀に、心までも奪われる。




「ぉぃ おい! おい!」


「ぅ~ うん? はっ! また気をやったか!」


「オメ〜 こんな場所で、いつもこんな事を繰り返してるのか?」


「ああ、中々思った物が出来なくてな…… オメ〜 誰だ?」


「麓の村で猟師をしちょる[雁次]ってもんだ! 年を越す為に、猪か鹿を狩に、山に入ったんだが、まさかこんな山奥に人がいるなんてよ」


「ああ、誰にも邪魔されたくなくての…… それよりあんた、何か食い物もっちょらんか?」


「今朝獲った猪なら下の小川に……」


「獣の肉か、この際なんでもいい、分けてくれんか?」


「オメ〜 金持ってるのけ?」


「いや、これで払う」


伍一が出したのは、仕上がった見事な刀だった。


「なっ! オメー! こりゃ30両はするんでねえか!」


「値段は知らん! が、これならまぁまぁの出来だ売ってもええ!」


「これでまぁまぁってオメ〜、オラそんな金払えね〜ぞ!」


「なら、それ売って好きなだけ取れ! 俺はまず食いもんだ!」


こうして伍一と雁次の縁が、生まれた。




ふた月に一度の頻度で、伍一は刀を下ろし、雁次が売って食糧に変え届ける。


そんな関係が数年続く。





いつしか、名刀ほしくば蝙蝠谷へ!っと、謳われる程に噂が広がり、雁次も村で、羽振りのいい暮らしを送れるまでになる。


いつしか雁次も村の娘に食料を運ばせる様になり、足が遠のく。


だが、その娘と恋に落ちる伍一。


技を学びたいと弟子も増え、伍一はふたりの子宝にも恵まれる。


だが幸せは続かなかった。



大名の言い付けで、武将[名越朝友]は、村を訪れると、村長として商いをする雁次に、


「最上大業物に並ぶ、刀を献上しろ!」


と言う。


この地に住まう者ならば、決して断る事が出来ない、言い付けであった。


雁次は鍛冶場を訪れて、伍一改め[國政]に、最高の一振りを願い出る。


更にこの日の本で、國政の名を広める好機だと、また取り憑かれた様にカンカンと、赤い鉄を叩き始める。


だが名刀と、呼ばれる物は打てるものの、希望の物へは届かなかった。


次第に苛立つ名越朝友は、雁次の首を刎ねる。


それでも國政は、一歩及ばぬ物しか作れなかった。


泣きながらも、鉄を叩く國政。


弟子も恐れて、逃げ出しひとり、カンカンと!


また、一歩及ばない。


今度は4つの娘の首が飛ぶ。


名は[國千代]


声を上げ、泣き叫びながら鉄を打つ!


それでも一歩届かない。


すると今度は、5つの息子の首が!


名は[國家]


國政は気がふれ、血の涙を流しながら、最高の刀を作り上げた。


美しい波紋には、鬼の形相が映される。


満足した名越朝友は、刀を取ると去っていく。



残された男は、ふたりの幼子を抱き、鉄の溶ける炉へと投げ入れる。


鑪を踏み、産み落とされた二つの玉鋼。


赤く燃えるその鉄を、素手で掴み、叩き出す。


口から火を吹き、手と鉄が溶け合う。


影に写し出される姿はまさに、鬼だった。





翌朝、都から戻る妻が目にしたのは、美しい2本の小刀と、全てを出し切り生き絶えた夫、國政の姿であった……






時代は流れ、神奈川のとある古物商。


「親父〜 蔵にあったこの小刀もネットに出すのか〜?」





子の再生を願う親の願いは、世界を超えて強くなる。






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