第11話 動揺
ディアナは、領主の言葉を思い返していた。
「君の願いは理解しているよ」
領主……フィーバスは、彼女の兄らしい。
けれど、フィーバスは兄として振舞おうともしないし、彼女を妹扱いもしない。
ディアナにとって彼は「兄」でなく「領主」であり、
彼にとってディアナは、「妹」でなく──
「だけど……どうか、冷静になって考えて欲しい。オルブライト家のためにも、このブラックベリー・フォレストのためにも」
「君は『魔獣』なんかじゃない。君は──」
「神、そのものなのだから」
***
「どうした?」
ランドルフに語りかけられ、ディアナはハッと我に返った。
どこか遠くを見ていた金色の瞳が、ランドルフとデイヴィッドの姿、続いて、魔猪狩りに向かう前に会議をした部屋の内装を映す。
「済まない。考え事をしていた」
「大丈夫かい。顔色が良くねぇようにも見えるが……」
心配そうに顔を覗き込むランドルフに、ディアナは「大した事はない」と告げてまた押し黙る。
「腹が減ったなら、通りの向こうに店があるぜ。買いに行くなり食いに行くなり好きにしやがれ」
そこで、デイヴィッドが二人の会話に割って入った。
何やら書類を書いている途中らしく、その視線は自らの手元に注がれている。
「どっか行ってくれた方が、こっちの仕事も捗るしな」
「でも、ディアナは人前で食事したがらないだろ」
「あァ? そうだったか?」
手元に向けられていたデイヴィッドの視線が、ちらとディアナの方を向く。
「……あ、いや、それは……」
ディアナは珍しく動揺した素振りを見せ、デイヴィッドも文字を書く手を止める。
琥珀色の瞳が、観察するように細められた。
「……まだ
「それ眼帯でよくねぇ? いちいち抉るのどうかと思う」
「『目隠し』ってのが嫌いなんだよ。そもそも両眼揃ってるだけで、
デイヴィッドは事も無げに言う。
痛覚を失った、あるいは鈍くなったのか、もしくはそれ以上に「視えすぎる」ことが苦痛なのか……
「……で、ランドルフ。テメェ、なんかコイツを喜ばすようなことしたか」
「えっ? ……い、いや、どうだろうな。この子、変わってるから……」
「どうやらめちゃくちゃ嬉しいことがあって、照れちまったみたいだぜ」
「よ、余計なことは言わなくていい! 仕返しのつもりか!?」
ディアナは普段の落ち着いた様子とは打って変わり、耳まで真っ赤に染めてデイヴィッドに詰め寄る。
かわいい。
ランドルフは素直に、そう思った。
「……あ。そういや、ウサギ焼いて仕入れたな」
「ほー、そりゃまた原始的なアプローチで」
「疲れてたみたいだし、なんか食わせてやりたくて」
アプローチ、という部分は特に否定せず、ランドルフは自分の行為について説明する。
デイヴィッドはにやりと笑って、ディアナの方に語りかけた。
「メシを差し入れてくれるってのが、予想外だった……ってところか」
「デイヴィッド牧師。なぜ、そんなに嬉しそうなんだ」
「おっと、自分で言ったじゃねぇか。『仕返しのつもりか』……ってなァ」
「……むむ」
ディアナは困ったように閉口し、そそくさとランドルフの影に隠れた。どうやら顔を見られたくないらしい。
めっちゃかわいい。
ランドルフの恋心が、さらに強まった。
「なるほどなぁ……。この子、裸になるのとかは恥ずかしがらねぇじゃん。だから不思議で……」
「そりゃ、狼形態に慣れすぎてるっぽいしな。此処で裸になりやがったらはっ倒すがよ」
「何度か怒られた」
「そりゃ、デイヴなら怒るだろうなあ……。腐っても牧師だし」
「領主は怒らない」
「……」
いや、怒れよ! とランドルフは内心思ったが、ひとまず黙っておいた。
「……と、とりあえず。私は食糧を調達してくる」
「なら、俺も一緒に」
「良い。デイヴィッド牧師に冷やかされる」
「……チッ、バレたか」
「……むう」
ディアナは引き留めるランドルフを振り払い、ぱたぱたと走り去っていく。
耳がまだ赤いのを、ランドルフは見逃さなかった。
やべぇ、かわいい……。
ランドルフは思わず顔を覆い、デイヴィッドはその様子を呆れ顔で見守った。
***
「……で、どうなんだ。気があんのか」
ランドルフが落ち着いた頃に、デイヴィッドから声がかかる。
「……まあ……」
「テメェのことだ。どうせ好みなんだろうと思ってたぜ」
ため息をつきつつ、デイヴィッドは羽根ペンを持ち直す。
……が、集中できないらしく、数文字書いた時点で放り投げた。
「……他人の色恋沙汰だ。オレが口出すようなことじゃねぇがよ」
「……ん?」
腕を組み、デイヴィッドは神妙な表情で語り始める。
ランドルフも、真面目な顔でデイヴィッドの方に向き直った。
「本気だってんなら、覚悟しとけ」
「……覚悟?」
「……ああ……」
天井を仰ぎ、デイヴィッドは琥珀の目を細める。
「あいつは、
「壊れてる、って……」
ランドルフの褐色の瞳が、あからさまに揺れる。
「あいつは感情を表に出さないんじゃねぇ。出せねぇんだ」
光を反射した琥珀が、金色に光る。
その色は、
「自分にも、よく分かってねぇのかもな」
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