私たちは美味しく!

歳ノ屋自乃

第1話 美味しくなりたい

 寒いというよりは、涼しいといった感じだ。

 硬いようでいて微かに柔らかいとも感じられる、真っ白な壁に囲まれた密室の箱。明かりの一つもなく、辺りは真っ暗で、隣にいるものの顔すら確認できないほど。

 しかしそのような状況にも関わらず、やはりこの場所は妙に落ち着く。時間がゆっくりと流れているような安心感。ここの外にいるときには、感じることなどなかったであろう不可思議な安息。

 そう、本来であればこんなところに居続ける余裕など無いはずなのだ。

 もっと早く、腐ってダメになってしまう前に。

 出来るだけ早く、なるべくなら美味しくなりたい。


 14時30分、キッチンの重鎮の足先。冷蔵庫の野菜室が開かれる。

 「バリバリッ」としたゴムパッドの剥がれる音、「ゴロゴロッ」としたローラーの駆動音が変に耳に心地いい。

 久々に光に当てられた野菜たちはなんだかとても眩しそうだ。

「じゃ……もぅ……」

「たしか、何処かにあったはず……」

「じゃが……いもいも?」

「あっ、ありました!」

「いもっ!?」

 そうして、和歌川晴香わかがわはるかが手に取ったのは大きなじゃがいも。

「うん……うんっ、いいですね! きれいな、お宝発見って感じです!」

「い、いもぅ///」

 隅々までじっくりと、全体像から表面の手触りに至るまで隈なく調べる。

「このナスみたいな形。少し曲がり気味で片側だけ膨れているのは、なんだかひょっとこさんみたいですね」

「もぉ……」

「表面もすべすべしている気がしますし、きっと『メークイン』でしょうか?」

「いもいも」

 晴香は思考を巡らせる。一番自分が食べたいものと、この子をどうしてあげたら一番良くしてあげられるのかを。

「メークインですから、たしか煮物、揚げ物、炒め物……なんでもいけちゃいますよねぇ」

「じゃ!がいもっ!」

「あっ、でも私が食べたいのには向いていないって聞いたことがある気が……」

「もっ!?」

「いや、でも……やっぱり私はが食べたいっ……!!」

 もっと考えなきゃ……。

 お腹が鳴ってしまって、もうなんでもいいってなる前に。

 思い出して、整理して。

「うん……うん……よしっ!」

「……いも?」

「それでは、早速始めちゃいましょう!」

 野菜室から飛び出して始まるのは、勿論のこと一つしかない。

 どうなるかは彼女たち次第、成功か失敗もこれから次第。

 何はともあれ、料理が始まるのだ。

「さあ! 美味しくなりますよ!」

「いもいもっ!」

 

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