第三話 『焔蛇ノ清姫』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。


 この物語の主人公『柳楽やぎら十太郎とうたろう』は、人喰姫ヒグメである『魍魎もうりょう清姫きよめ』の心臓を喰らい、刀に封印した。

世界に蔓延はびこる『百鬼ひゃっき魍魎もうりょう』を全て封印すべく、き村を去るのであった…。

玉藻たまもの森を訪れた十太郎は、玉藻にむ魍魎…『化狐ばけぎつね天狐てんこ』に苦戦していた…。



 清姫は封じられた刀の中から十太郎に語りかける。


「奴は幻覚を見せる能力を持っておるようじゃな。」


「さっきの大女おおおんなは幻覚だったのか。」


清姫の言う通り、最初に十太郎の背後に現れた女は幻覚…本体はきつねふんしていたのだ。


流石さすがは化狐…と言ったところか。」


すると、さっきまで晴れていた霧が再び濃くかかり始めた。

天狐の姿が消えていく。


「おい清姫!お前の能力は何だ?あの狐が幻覚を見せる能力があるなら、お前も何か能力を持っているんだろ?」


「当たり前じゃ。貴様…わらわを舐めておるのか?」


その時突然、十太郎の死角から天狐が飛び出してきた。

咄嗟とっさに刀で攻撃を防ぐが、体勢を崩してしまう。

そのまま腹に重い蹴りを喰らう。


「ぐあっ…!」


遥か遠くに吹き飛び、大木にぶち当たる。


「いってぇ…。」


余所見よそみをするな馬鹿者。相手は百鬼ノ魍魎の一鬼いっきじゃぞ。」


「お前が茶々ちゃちゃを入れるからだろ!」


そんなやり取りをしている間にも、天狐の姿を見失う。


「一度しか言わぬからよく聞け。わらわの能力は、『体温感知』…『超再生』…『対毒性質』…。それから胃袋に『ほのお』を飼っておる。」


清姫は自身の能力を自慢げに話す。


「そんなにあるのか…。」


「聞いたところで、人間の貴様には何の役にも立たんじゃろう。」


すると十太郎は口角を上げ、笑みを浮かべた。


「いや…充分じゅうぶん!」


十太郎は刀に力を込めた。

刀を伝って清姫の妖力を吸い上げ、自らの体内へと流し込んだのだ。


(此奴こやつわらわの妖力を…)


すると突然霧の中に赤色の人影が映った。

清姫の体温感知能力だ。

十太郎は天狐の居場所を、体温の色で探り当てたのだ。


「これが…清姫の能力。」


「勝手に使いおって…」


十太郎は勢いよく駆け出した。

天狐はこの先の木に身を隠している。

十太郎は刀を大きく振りかぶった。


「そこだぁ!!!」


木を真っ二つに切り落とす。

本体はかすめたが、天狐の姿はとらえた。


すると天狐は、刀から流れる異様な気配に気がつく。


「この『妖気ようき』…その刀に魍魎を飼っているな?」


「妖気…?へぇ…やっぱ分かんのか?仲間同士だと。」


すると十太郎の言葉に反応し、具現化した清姫が言い放つ。


「馬鹿を言うな!魍魎に仲間などらぬ!わらわ程の妖気…気付かん方が可笑おかしいわ!」


天狐は目を細めた。

そして笑みを浮かべる。


「やはりぬしか…。『焔蛇えんじゃ清姫きよめ』。」


やはり清姫のことを知っているようだ。

今は一先ひとまず様子をうかがう。


何故なぜぬし程の魍魎が、こんな小童こわっぱなんぞの武器に成り下がっている?」


「色々あってな…。この小僧と利害が一致し、今は百鬼ノ魍魎を狩る旅をしておる。」


天狐はまさかの言葉に唖然あぜんとする。


「何があったかは知らんが、主の口からその様な言葉が出るとは…。『空坊くうぼう』との『約束』はもう良いのか?」


空坊…天狐がその言葉を口にした途端、刀から流れる妖力は爆発的にふくれ上がった。



「化狐…気安く『かた』を空坊などと呼ぶな。…殺すぞ。」



どんどん膨れ上がる妖力。

そして清姫は十太郎に語りかける。


「小僧…良かろう。わらわの妖力を存分に使うがよい。奴の喉を引き裂いてやれ。」


清姫は刀に戻り、そして刀はあかほのおび始めた。

焔は渦を巻き、刀にまとわりつく。


「これが…焔蛇えんじゃの焔。」


十太郎は驚きつつも、その表情は次第に自信で満ち溢れていく。



 静寂を破ったのは十太郎でも天狐でもなく、空へ飛び立つ鳥の群れだった。

無数の鳥が羽音を立て、戦場に開始の合図を鳴らす。

両者が勢いよくぶつかる。

天狐は十太郎の刀を素手で受け止める。

焔をまとった刀は、天狐の手のひらを焼け焦がしていく。


「これが焔蛇の焔か…。なかなか熱いな。」


天狐は刀を離し、右手の鋭い爪を大きく振り上げる。すると地面は、五本の爪の形にえぐられ、風の斬撃が出現する。


「くっ……!」


十太郎は刀で防ぎ、後方へと吹き飛ぶ。

地面へ着地するが、続けて天狐の猛攻が襲う。

けものの様な俊敏しゅんびんな動きは、肉眼ではとても捉えきれない。

右から来たかと思えば背後から攻撃が来る。

清姫の体温感知が無ければ、かわすのは不可能であろう。


「小僧!一旦姿を隠せ!」


「…っ。簡単に言いやがって!」


振りかかる猛攻の中、十太郎は咄嗟とっさに刀を地面に向かって振り下ろした。

刀は地面に触れるなり、爆煙ばくえんを巻き上げる。

黒い煙は辺りの景色を包んでいく。

そのすきになんとか姿をくらました。


十太郎は大木の裏に腰を下ろし、身を潜める。

徐々に煙は晴れ、天狐の姿があらわになる。

すると清姫が刀の中から十太郎に語りかける。


「小僧…奴の姿をよく見ろ。」


言われるがまま、十太郎は天狐の姿を目で捉えた。

するとその光景に驚いた。

十太郎の目に映ったのは、同じ姿をした五体もの天狐の姿だった。

各々が別の動きをし、十太郎の姿を探している。


「…分身!?」


「奴の『妖術ようじゅつ』の一つじゃ。先程の幻覚とは別で、個々が実体となり攻撃してくる。」


「…どおりで目で追えなかった訳だ。」


たわけ。そうで無くとも奴の俊敏しゅんびんさは並外れておる。わらわの妖力が無ければ貴様など…」


「あぁ…はいはい…分かったよ。気を付けりゃいいんだろ。」


十太郎は清姫との会話を早々そうそうに切り上げ立ち上がる。


「そんじゃあ…第二回戦と行きますか!」




 天狐の姿をした五体の分身は、円を描くように配置し、それぞれ異なる方向を凝視ぎょうししている。

それゆえ、真ん中に空間が生まれる。

十太郎は木の上を渡り、真ん中に空いた空間へと飛び降りる。


「っぇああああああ!!!」


天狐は声に反応し、一斉に振り返る。

しかしその瞬間、辺りは再び爆煙に包まれた。

天狐は視界をさえぎられ、狼狽うろたえる。

ここから十太郎の反撃が始まる。

十太郎には、煙の中でも動ける能力がそなわっている為、次々に分身をぎ払っていく。


とうとう最後の一体まで追い詰めた。

目の前の一体が天狐本体だ。

煙はまだ残っている。

これで仕留しとめる。

十太郎は刀を全力で振りかざした。



「惜しい。」



次の瞬間、煙は突風に吹き飛ばされ、十太郎の姿が露わになる。

十太郎は刀を振りかざし、胴体がき出しになる。

その隙を天狐は見逃さなかった。

素早く十太郎の首を右手で掴み、地面に叩きつける。


「ぐはっ…あっ…!!」


そのまま締め上げる。


「ぐっ……うっ……」


足が地面につかない。

苦しい。息が出来ない。体に力が入らない。

十太郎は握力を失い、刀を地面に落とす。


「中々良い作戦だったが所詮は人間。私の能力にはかなうまい。」


「……な…んで……」


「私は百鬼ノ魍魎いちの妖術使い。いくら焔蛇の魍魎を宿していると言えど、その程度の力では事足ことたらん。」


すると清姫は、刀の中から天狐に語りかける。


「『千里眼せんりがん』に『風の力』か。相手の先を読む事ができ、風を操る貴様に煙の目眩めくらましは効かんと言う訳か。」


左様さよう…。分身をわざと切らせたのも、かすかな希望を与え絶望させる為のもの。」


しょうの悪い女め。」


「魍魎が今更何を言う。全ての魍魎は悪の根源…悪から始まり悪に終わる。」


天狐は左手に力を込めた。

五本の爪を真っ直ぐそろわせ、十太郎の左胸に狙いを定める。

十太郎は必死に足掻あがく。

しかし無駄な抵抗であった。


「人間にしては楽しかったぞ…わっぱ。」


鋭い五本の爪は十太郎の左胸を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る