第22話 届かぬ物資

1942年7月22日



「なんたることだ・・・」


 加賀島(ミッドウェー島)守備隊長一木清直大佐は見えてきた船団の惨状を見て、呻き声を上げた。


 加賀島に派遣される補給艦隊は護衛空母1隻、特設水上機母艦4隻、輸送船30隻、駆逐艦多数との事であったが、数えてみる限り、輸送船の数は20隻にも満たず、特設水上機母艦も3隻に減少している。


(だが、来てくれただけでましか・・・)


 一木は落胆と歓喜が入り交じった複雑な心境になった。


 この島――ハワイ・オアフ島から西1100海里の絶海の孤島であるミッドウェー島が日本軍の手に落ち、ミッドウェー海戦で沈んだ正規空母「加賀」にちなんで加賀島と名が変更されてから1ヶ月余り。


 同島では物資不足が目立ってきており、慢性的な真水と食糧不足が、約6500名の守備将兵を苦しみ始めていた。


 しかも、ハワイからはB17が連日のように飛来し、飛行場や防御陣地を攻撃してきており、海軍の設営隊を中心として負傷者の人数も徐々に増え始めていた。


 湾内に最初の1隻が入ってきた。


 それを待ちわびたかのように主計課の人員が湾内の物資上陸地点に殺到し、輸送船が接岸したのと同時に物資の荷下ろし作業が始まった。


 一木が立っている場所からは何が荷下ろしされているのかまでは分からなかったが、一木としては真水と食料が少しでも多く荷下ろしされる事を願っていた。



「潜水艦の攻撃は成功したようだな」


 アメリカ太平洋艦隊司令長官チェスター・W・ニミッツ大将は潜水艦部隊の攻撃の成功にほくそ笑んだ。


「特設空母1隻撃沈、輸送船10隻撃沈です。搭載されている魚雷に不備を抱えているという悪状況下で、潜水艦乗員達は十二分の戦果を挙げたと言っていいでしょう」


 太平洋艦隊潜水艦部隊司令官チャールズ・A・ロックウッド少将が誇らしげに膝下部隊の戦果を太平洋艦隊司令部に招集された幕僚達に示した。


 ロックウッドは開戦前から潜水艦の無限の可能性を至るところでアピールしていた人間であり、そんなロックウッドにとって今回の喜びはひとしおだったであろう。


「ミッドウェーに派遣された日本軍の輸送船は総数30隻なので、3分の1以上を撃沈したという計算ですな」


「ミッドウェー島の日本軍の補給を司る部署の長は今頃青ざめているでしょうなぁ。『今日も真水と食料が不足している』と」


 第16任務部隊司令官レイモンド・エイムズ・スプルーアンス少将の言葉を受け、参謀長チャールズ・M・マックモリス少将が意地悪い笑みを浮かべた。


 TF16(第16任務部隊)はミッドウェー海戦後に再編された太平洋艦隊唯一の空母機動部隊であり、大西洋から回航された「レンジャー」「ワスプ」の2空母が配備されていた。


「この戦果は一刻も早くホワイトハウスの大統領閣下に報告申し上げるべきです」


 スプルーアンスは小さい声で呟き、ニミッツはもっともと言わんばかりに大きく頷いた。


――1ヶ月余り前、1942年6月12日に生起したミッドウェー海戦は太平洋艦隊の大敗に終わった。


 太平洋艦隊は配備されていた正規空母5隻の内、「レキシントン」「エンタープライズ」「ホーネット」の3隻を撃沈され、航空戦の後に行われた夜間砲撃戦では戦艦5隻、重巡3隻、軽巡1隻、駆逐艦8隻が失われた。


 戦果は正規空母、小型空母各1隻の撃沈。戦艦2隻、重巡1隻、駆逐艦4乃至5隻の撃沈。正規空母1隻、戦艦2隻、重巡5隻、軽巡1隻、駆逐艦6隻の撃破。


 そして、東太平洋の要衝であるミッドウェー島は日本軍の手に落ち、この結果にアメリカ合衆国の主であるフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は海軍省・作戦本部・太平洋艦隊司令部は厳しく責め立てた。


 世論からの突き上げも厳しく、合衆国陸軍や太平洋艦隊の責任問題の追求に留まらず、日本との講和を主張する声まで上がった程である。


 ニミッツも太平洋艦隊司令長官の座から追われ、何処ぞのポジションに飛ばされる可能性があったが、少し前に前任の太平洋艦隊司令長官を更迭したばかりだったため、ルーズベルト大統領はニミッツの留任を決めた。


 この経緯があって、ニミッツは個人的にルーズベルトに感謝しており、何とか目立った戦果を挙げたいと思っていたのだ。


 留任が決まってから、ニミッツは太平洋艦隊の残存戦力を持って即座にミッドウェー島の奪回に乗り出そうとしたが、それにロックウッドが待ったをかけた。


 ロックウッドはミッドウェー島を日本軍に占領されてしまった事を逆手に取り、日本軍の補給部隊を集中的に叩きのめすべきだと主張したのだ。


 そこから紆余曲折あったのだが、最終的にはロックウッドの案が採用され、太平洋艦隊は補給線の破壊に乗り出した。


 今回の作戦はその第1弾であり、その成功にニミッツ自身も素直に戦果を喜んでいた。


「それでは、次の話に移ろうか・・・」


 喜色を浮かべるニミッツが新たな議題を提示しようとしたとき、司令部の建物に一人の連絡将校が入ってきた。


 その連絡将校は敬礼を行い、受け取ってきた連絡事項を話し始めた。


「新鋭戦艦3隻を基幹とした第2任務部隊が真珠湾に到着しました。旗艦『ノースカロライナ』艦上のリー司令官が接岸許可を求めていますが、どうしましょうか?」














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