第二話 苦い記憶

 僕はアパートに帰ると、横になってぼんやりと天井を見つめた。

 間宮の言うように、僕の力を使えば事前に犯行を防げただろうか? ――だが……。

 スマホの着信音が鳴ったので、寝たまま出た。

「おい! とうとう……山崎先輩が……!」

 間宮は興奮している。

「その山崎先輩というのは誰なんだ?」

「サークルの先輩だよ! さっき警察の人が来て、話を聞かせてほしいって――」

「警察? 殺されたのは間宮の知り合いだったのか!?」

 僕は驚いた。知り合いの知り合いが被害者とは……。

「ああ、そうだ! 山崎先輩が殺されたんだ! 今、親しかった人を警察が回っているらしい――」

 僕は嫌な予感がした。

「お前があの時のことを引きずっているのは知っているが……お願いだ。お前の力で――」

 プツッ。

 スマホを切った。もう少し早く気付いて切るべきだったと後悔した。

 けだるさがさっきよりも増した気がした。


 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピン――

 その晩、夕食を作っているとチャイムが連打された。ドアスコープも付いていない安アパートだが、誰が来たかは察しが付く。

 僕は一旦火を止めると、玄関を開けた。

「間宮……僕は……」

「たの~む~。たのむ~から~」

 間宮のろれつは回っていない。どうやらさっきまでアルコールの類を飲んでいたようだ。

「おいおい。まだ二〇歳になってないだろ。また飲んでるのか」

 彼はいい加減な男なので、嫌なことがあると度々飲酒していることは知っていた。

「そんな~こと~は、どうでも~いいから~」

 彼は焦点の定まらない目で見ている。

「ああ、もう! 一旦入れ!」

 僕は仕方なく彼を招き入れると、水の入ったコップを渡した。

「これでアルコールを薄めて落ち着け」

 彼はためらいなく一気にあおった。そして、コップを置くと言った。

「たの~む~、もう一度……もう一度だけ~ヒーローに……なって……くれ……」

 彼はそう言い終えると横になって寝てしまった。

 ――「ヒーロー」か。

 僕は深いため息をついた。


 僕が間宮と知り合ったのは、小学校の四年だった。

 彼はその頃、父の事業が失敗して夜逃げ同然で転校してきた直後で友達も居なかった。

 そんな時、集めた給食費が盗まれるという事件が起きた。

 周囲は彼の貧しい家庭事情を少しは知っていたから、盗んだのは彼だと決めつけた。担任教師までそう決めつけ、自白を迫った。

 そんな中、僕だけが彼の味方をした。僕には見えてたから。

 当時の彼としては、なぜ付き合いもない僕が味方をするのか疑問で仕方なかったそうだ。

 僕は「目」で見たことを証言した。犯人はクラスのリーダー格の男子生徒で、間宮に罪を擦り付けようとしているのだと。

 証言通り隠してある給食費が見つかると、その男子生徒は諦めて白状した。

 こうして、事件は解決してめでたしめでたし……とはいかなかった。

 その男子生徒は引きこもりになり、その取り巻きだった生徒は逆に僕を非難した。

「お前が暴いたせいで」

「あのまま黙っておけば良かったのに」

 担任教師も長い物には巻かれろと言わんばかりにそれを黙認した。退職まで無難に給料さえもらっていればいい、というクズ教師の見本のような男だったから。周囲も巻き添えになりたくないと距離を取った。

 正しいことをしても、それが認められるのではないということを知った。

 それから卒業するまでは、間宮だけが味方だった。

 僕は彼を信頼して「目」のことを話した。

 彼の方は幸い父親が金策を見つけて立て直せたらしく、中学になる頃には僕の家よりも裕福になっていた。


 それから今まで、彼だけが僕の力のことを知っている。


 ――もう一度だけ、ヒーローになってくれ……か。

 あの時だって、別にヒーローって訳じゃなかった。ひどく惨めで情けなくて……だが、間宮にとっては本当にヒーローに見えたのかもしれない。

 このまま放っておいても、警察が犯人を捕まえてくれるだろうか。

 今までさんざん動物の死体が見つかっても捕まらなかったが、人間が殺されたとなればもう少し真剣に捜査してくれるかもしれない。……だが、それでも捕まえられるとは限らない。

 目の前では間宮がいびきをかいて眠っている。

 もし犯人を捕まえたとして、それはヒーローとは言えないだろう。前よりも惨めになるだけかもしれない。それでも、唯一自身の力を知る人間に必要とされている。動物の時のような興味本位ではなく、真剣に。

「よし!」

 やれるだけやってみよう。それがハッピーエンドになるか分からないけど。

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