限界ラオタ、異世界ラーメンを作る


 私は今、彼のスキルをほんの少しだけ体験した。

 まったく理解を超えていた。


 今、起こった事をありのまま話すとこういうことだ。


「彼が『ヤサイトアブラマシマシデ!』と唱えたら、私の身体が瞬時にスリ傷ひとつ、火傷ひとつなく全て回復したうえに、目の前に迫っていた巨大な火球も白い壁にはばまれて消滅した」


 何を言っているのかわからないと思う。

 私も何をされたのかわからなかった。


 頭がどうにかなりそうだった……。


 難易度Aのモンスターをワンパンで仕留める攻撃力を持ち、ヒーラーの上級ジョブ顔負けの回復術を使い、バッファーがドン引きするほど強力なバリアスキルまで持っている。


 こんな冒険者を物語に登場させたらきっと「リアリティがない」とこき下ろされるに違いない。


 そんなリアリティがない存在を、私はリアルタイムで目撃している。




   §   §   §   §   §




 いやあ、間に合って良かった。


 サーチに映っていた大きな反応に追いついたと思ったら、ボロボロになったフルルが「もはや、ここまで」とか自害する直前の武士みたいなセリフをつぶやいて、ポロポロ涙流してるんだもん。びっくりしたよ。


 慌ててヤサイとアブラをマシマシで提供しちゃった。


 さて、あとはドラゴンをどうやって始末するか。


 空を飛ぶのはズルいよなぁ、こっちの攻撃は届かないのに、向こうは一方的に火球で攻撃してくるんだから。


 なにか使えるものは……あ、アレ、いいな。


「あのー、その落ちてるやつって貰ってもいいですか?」

「あ、ああ。構わないが……折れた剣先なんかで何をするつもりだ?」

「投げます」

「そうか、投げ……はあ!?」


 変な顔してるフルルは放っておいて。

 俺はフリスビーを投げるときの持ち方で折れた剣先を構える。


「カラメマシマシ」


 身体中に力が満ちてくるのがわかる。


「しっねぇぇぇぇ!」


 いっけなーい! 殺意、殺(ry


 クルクルと回転しながら飛んでいった剣先は、見事にドラゴンの首を落とし、そのまま彼方へと飛んでいった。


 そうだよな。ブーメランじゃないから戻ってこないよな。


 どこまで飛んでいったんだろう。

 人に刺さってなければ良いんだけど。



「…………はああああぁぁぁぁっん!?」


 フルルがまた変な声を出してる。

 コカトリスのときもそうだったけど、変顔とか変声とか好きなのかな。お茶目なヤツめ。



 ドオオオォォォォォン。

 少し離れた場所にドラゴンが落下した音。ついでに地響き。


「じゃ、俺は回収に行かなくちゃなんで、また!」

「あ、……ああ。また……」

 

 なんか呆然としてるフルルを置いて、俺はドラゴンの素材を回収した。


 ギルドで討伐指定部位を確認して提出したら、金級ゴールドクラスに上がった。フルルに追いついちゃったな。




 ――10日目・早朝


「予想外デス」


 なにがって?

 昨日獲ったドラゴン。

 フレイムドラゴンっていうらしいんだけど、あれの肉を使ったチャーシューが……ビミョーにマズい!


 試し食いでステーキにしたときは美味しかったんだ。

 なんちゃらハザードラゴンほどではなかったけど、ジューシーな肉汁があふれて、脂も甘くて、かなり美味しい部類のステーキだった。


「脂の舌触りがイマイチ」


 うーん。焼き立ては美味しくても、冷めると味が落ちちゃうタイプの肉なのか。

 

 仕方ない。

 とりあえずチャーシューは『プチオークのチャーシュー』と『カモネギソルジャーのチャーシュー』でいこう。


 スープ、よし。

 カエシ、よし。

 チャーシュー、よし。


 あとは麺を茹で……。


「あああああああああああああああ!!!!」



 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた


 俺は忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 忘れてた 俺は忘れてた 忘れ


「ラーメンを作るってのに、麺を忘れてどうするんだよ!」


 セルフツッコミで冷静さを取り戻す。

 このままじゃチャーシューの肉吸いモドキになってしまう。

 いやいやいや、待て待て待て。


 まだこの世界に麺が無いと決まったわけじゃない。麺さえあればオーキードーキー。


「ニンニクマシマシ!」

 

 俺は走った。

 街まで1時間、全速力で走った。


 目指すは市場。

 質は気になるところだが、とりあえず麺さえ見つかればそれで良い!



「すみません! 麺、麺をください! 麺はありますか!?」

「あるよ」

「そっかあ、そうですよねぇ。そんなにうまい話が……あるの!?」

「あるよ」


 あったわ。

 生麺じゃなくて乾麺だけど、あったわ。


「た、たすかったあ」


 ちょっと色味が変というか茶色がかっているのは気になるけど、異世界の麺に前世の常識を当てはめるのはナンセンスだ。


 ごっそり乾麺を買い込んで、俺は意気揚々と村へ凱旋した。



「あっ! ジローさんいた! どこに行ってたんですか? 心配しましたよ」

「ごめんなさい。ちょっと買い物に」

「買い物? 何を買ったんですか?」


 キキョウさんが興味津々といった様子で、俺のカバンをのぞき込む。


「乾麺……ですか」

「はい! 乾麺です!」

「乾麺ならウチにありますけど……」

「はあああぁぁぁっん!?」


 俺も変な声出た。


 そっかぁ、そうだよなぁ。

 市場に売ってるってことは、庶民が普段食べている食べ物ってことだもんね。



「ところで、スープの準備はバッチリですか?」


 しかも保存が効く乾麺、家に備蓄してあってもなーんにもおかしくない。



「あのー。ジローさーん」


 おかしいのは俺のアタマだけ。



「ジィロォーさーん?」


 なんかもう、恥ずかしくて死にたい。



「ジローさんっ!!!」

「はいっ!!」


 びっくりした。耳元でそんな大声出さなくても。



「ジローさん、私の話聞いてました?」

「え?」


 なにか話してた?

 ヤバッ、全然聞いてなかった。


 キキョウさんの目が怖い。


「き・い・て・ま・し・た?」

「キイテマセンデシタ」


 射殺すような視線に負けて、俺は素直にあやまった。


「もうっ! しっかりしてください。スープの準備、大丈夫ですか? って聞いたんです」

「あ、もちろんです! それで実は……、この麺を使ってもうひとつ、看板メニューを作ろうと思うんです」

「この麺で?」

「はい! 良かったら……試食して貰えませんか?」

「もちろんです!」


 このときの俺は気づいていなかった。

 ウキウキで乾麺を茹でた結果、今度は「間違った」と20回つぶやく羽目になることを。




 🍜Next Ramen's HINT !!

 『メシヤ』



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