第18話 新婚マイナス37日その2

「け、結婚されたんですか・・・?」


上げられた素っ頓狂な声に、恵茉も同じ気持ちで立ち尽くす。


「ええ、つい先日。今日は挙式の打ち合わせに来てまして」


恵茉に口を開かせる事無く清匡がよどみなく受け答えしてみせた。


恵茉は衝撃のあまり二の句を継げない。


いくら困っていたとはいえ、そこまで嘘を吐かなくても良いのでないだろうか。


「あ・・・ああ・・・そう、ですか」


「こちらには、お仕事で?」


「え!?え・・・ええ・・・まあ・・・」


「お忙しいのにお引止めしてすみませんでした。俺達もそろそろ行こうか?」


「あ・・・うん」


操り人形のようにこくこく頷いた恵茉の背中を優しく撫でて、清匡がエレベーターホールへと促す。


「それじゃあ、失礼します。お気をつけて」


ホテルマン仕込みの笑顔で挨拶をすると、清匡は一度も振り返ることなく恵茉を連れてロビーを離れた。







★★★★★★







「わざわざ張り込みに来るなんて、そんなに俺のお見合いが心配だった?」


執務フロアに辿り着いても、清匡は恵茉の手を放そうとはしなかった。


いつものように廊下を歩きながら、呆れた口調で言われて引っ込んだ涙がまた甦ってくる。


どうにか指を引き抜こうとする度、倍の力で握り返されて、二度目の挑戦で諦めた。


鉢合わせした場合の対応については何も考えて来なかったのだ。


どうにか逃がして貰えないだろうかと隙を伺うも、清匡に当然そんなものはない。


「ち、ちがっ」


「違わないだろ、その伊達メガネ、変装だってバレバレだよ」


握りしめたままの黒縁メガネを指さされて、恵茉は慌ててショルダーバッグの中にそれを突っ込む。


「さっきの男、例のストーカー?」


「・・・うん・・そう・・・」


「別の人とお見合いでここに来てたんだろうな。恵茉に声を掛けて来たって事は不発に終わったんだろ。俺が見つけて良かったよ」


「・・・・ご・・ごめんなさい・・」


「なにが?」


「盗み見・・みたいなことして・・・」


自分がセッティングしたお見合いだから、気になって、という言い訳がどこまで通用するか分からない。


けれど、それ以外の言い訳はもう何も思いつかない。


執務フロアの秘書が、受付から笑顔を向けて、すぐに伺うような表情になる。


清匡と恵茉の雰囲気がいつものそれとは明らかに異なっているせいだ。


鶴見を一瞥することなく恵茉に視線を向けたままで清匡が口を開いた。


「お茶はいいよ。呼ぶまで誰も来ないようにしてください」


鶴見が一瞬だけ目を丸くして、微笑む。


「かしこまりました」


これはもう完全にお説教が始まるパターンだ。


理路整然と恵茉の過ちを並べ上げられて、泣きべそをかいてごめんなさいをさせられる未来が見えた。


軽く背中を押して、執務室に入れられる。


「はい、座って。話があるから」


「・・・あ、謝るから!」


このままだと余計な感情までぶちまけてしまいそうになる。


ソファの手前で突っぱねた恵茉の腕を引いて、強引に腰を下ろさせると、清匡がすぐ隣に腰かけて来た。


いつもの距離より近すぎるような気もしたが、気に留めている暇は無かった。


すぐに清匡が話し始めたからだ。


「謝って欲しい訳じゃないよ。話があるって言ってる。最後のお見合いが終わったら、話をしようって言っただろ、覚えてないの?」


いつもより硬い口調で言われて、びくっと肩を震わせる。


清匡も巧弥も声を荒げて叱るタイプではないが、じりじりと理詰めで追い詰めて逃げ場所を奪うのだ。


「覚えてる・・けど、今日、じゃなくても」


「俺は今日がいい。どうせ、この後会いに行くつもりだったし。遠藤さん、感じいい人だったよ。人気があるのも頷ける素敵な人だった」


「・・・見てたから知ってるよ」


「・・・断ったよ。お付き合いも結婚もできませんって、お断りするつもりで会いに来ましたって謝った」


「・・・え?」


楽しそうに笑い合う二人をついさっきまで確かにこの目で見ていたのに。


「驚いてたけどちゃんと納得もしてくれた。同情されたけどね」


「え、待って、なにそれどういうこと?」


「だから、恵茉が紹介した誰とも俺は結婚しないって言ってる」


「・・・」


「で、どうしてわざわざホテルまで来たの?こんな分かり易い変装までして」


「・・・気に・・なったから」


「なにが?」


「キヨくんと、遠藤さんのお見合いが上手く行くかどうか・・・」


「この結果はどう?残念だった?それともホッとしてる?」


繋いでいた手のひらを、反対の手で軽く撫でられた。


慰めるでも窘めるでもない触れ方に、心臓が跳ねて同時に戸惑いが膨らんで来る。


清匡が恵茉になにかを求めている事は、その触れ方で伝わってきた。


探るような視線から逃げる事が出来なくて、唇を引き結ぶ。


何を言っても自分の不利にしかならない。


「・・・・」


「俺は、まだお見合いを続けないと駄目か?」


「だ・・って、キヨくんが・・・っ将来を考えたい・・・って言うからっ・・・」


此処で泣いてしまっては全てが台無しになる。


分かってはいるのに、緩んだ涙腺は今更どうしようもない。


ボロボロ涙が零れれば、嗚咽も堪えられなくなる。


自分で宛がったお見合いに自分で傷ついて、本当に何をやってるんだろう。


「確かに言った。あの事故でこの先の事を改めて考え直したって言った。言ったけど、恵茉に誰かを紹介して欲しいとは一言も言ってない」


「な・・・にそれ・・・」


これまでの恵茉の努力は全部無駄だったというのか。


どこまでも独りよがりで空回って勝手に盛り上がって勝手に傷ついて。


いったい何をしていたんだろう。


じわりと込み上げて来た涙を堪えることなくそのまま零す。


「俺が言いたかったのは、これから先の人生、ずっと恵茉に側に居て欲しいってこと」


「・・・え」


清匡が言いたかったことは、誰か、ではなくて、恵茉との未来を考える事。


それは、つまり。


ぽかんと見開いた目から溢れた涙を、清匡の温かい指先が優しく拭った。


「だから、俺と結婚してくれる?」


嫌だって言われても、困るんだけど、と照れたように清匡が笑った。


一番安心できる人の側に、一番幸せな未来が見えた。


問いかけがプロポーズだと気づいた時には、彼の腕の中にいた。


「っっする!」

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