第15話 対価

「暇すぎて死にたいわママ」


 営業中だというのに閑散とした店内でコウジがアンディへぼやいた。


「こういう時は大体何か騒動が起きてそれどころじゃなかったりするもんね…さあ、気を取り直して数少ない従業員のお二人に朗報でーす。この度新入りさんが入ってきました、どうぞ~」


 アンディが手を二度叩いて裏のバックヤードの方を見る。緊張した様子の小鬼が恐る恐る現れ、やがてアンディの隣に立った。以前この店でやけ酒をしていた客である。


「ア、アスカです…小鬼です。よろしくお願いします」

「お久しぶりウェーイ!」

「ようこそアスカちゃ~ん !」


 ぎこちない挨拶をした新入りにルミとコウジがはしゃぐ。新しい出会いがあるかもという根拠のない展望と賄い飯が美味いという話に釣られての選択だった。


「ま、生憎今日はお客さんいないから。適当に過ごしてって。簡単な雑用くらいなら教えてあげるけど」

「いやいやママ、ここはパーッと新人歓迎会するっきゃないっしょ。お、あんじゃんあんじゃん良い所にボトルが」


 アンディが何から教えるか迷っていた矢先、堅苦しい事務作業的雰囲気になりそうな事を察したルミが遮る。そしてカウンターの奥へと入り、棚に置かれていた酒のボトルの中で真っ先に目に入った物を手に取った。”山崎二十五年”と書かれている。


「あの、それ売り物じゃ…」

「…もう、一人一杯だけね ? 後はビールか角瓶、ニッカで済ませて。ワインもオッケー。丁度在庫処理したかったし」

「イエーイ !」


 躊躇っていたアスカとは対照的にアンディはやけに太っ腹な一面を見せる。従業員二人がその朗報に大喜びしたその時だった。入り口のドアが乱暴に開き、人の出入りを報せるドア鈴がいつもより激しく打ち鳴らされる。アンディの目つきが変わり、音を立てることなくまな板の近くに忍ばせていたナイフに手を伸ばすのをアスカは目撃した。間違いなく料理用ではない。


 だが、店に入って来たその人物が龍人であると確認した瞬間、アンディはすぐにナイフを放して朗らかな表情を作る。


「いらっしゃい龍人君 ! お客さんとしてってわけじゃなさそうだけど、どうしたの ?」

「勘が良くて助かるよ。応急処置がしたい、骨折の」


 龍人がカウンターの椅子に夏奈を座らせると、目くばせをされたコウジが彼女に駆け寄る。遅れて入って来た翔希は「早く入れ」と龍人にドヤされていた。


「あららこれは酷い…とりあえずハサミで袖を切っちゃうわよ。ごめんね。ルミ ! 電話でアイツ呼んで !」

「ええ~、アイツ言葉乱暴だから嫌い~」

「文句言わないの、ママを脅し文句に使えば一発だからほら早く早く !」


 手際よく袖をハサミで切り、アンディとアスカが急いでこしらえた添え木代わりに集めた数冊の雑誌と包帯で折れた箇所を固定する。ついでに氷を入れた袋をタオルで巻き、それで患部を少し冷やした。


「それで何があったの ?」


 処置を行うコウジ、「ママに半殺しにされたくなかったら早く来い」と電話越しに喚くルミ、とりあえずオロオロしながらも呆然としている翔希へ飲み物を差し出すアスカを尻目に、壁際に寄り掛かっていた龍人に近づいてアンディが尋ねた。隠しても仕方がないと分かっていたのか、龍人は事の経緯を一切誤魔化す事なく伝える。


「風巡組に狙われてるカップルね…中々厄介な物連れてきちゃって」

「そんなにヤバいのか ? 風巡組って」

「いや、文字通り烏合の衆ってやつ。だけどバカだから学習能力も無いし思慮も浅い。何度店の近くで締め上げても懲りずに来るぐらいだもの」

「今サラッとえげつない事言ったなアンタ」

「最後にして万能の手段よ、暴力って」


 武勇伝を仄めかすアンディにドン引きする龍人だったが、アスカが皆の気を紛らわせるためにテレビを付けると、自然とそちらへ視線が移った。子供でも出来そうなしょうも無いロケをワイプ越しにつまらない二流タレント達が騒ぎながら眺めているだけという、なんともありがちな日本的バラエティ番組が流れている。だが唐突に映像が切り替わった。


「番組の途中ですがここで臨時ニュースをお伝えします。葦が丘地区に複数の暗逢者の出現が確認されたという報告が入りました。だらごとおおだらごによって群れを形成し、現在は飲食街の方面へ進行中との事。近隣住民は最寄りの建物へと避難をしてください―――」


 上空から撮影したと思われる映像から暗逢者の群れが練り歩いている姿が映される。少なくとも龍人にとっては、それがどこから現れたのかは誰に言われなくとも見当が付いていた。


「やらかした…」


 恐ろしい程小さい声だが、つい口に出てしまった。自分が全ての原因ではないと思いたいところだが、あのタイミングで現れるというのも出来すぎた話である。いずれにせよこの状況を放置をしては更に取り返しがつかない事態になりかねない。


「すんません、ちょっと用事出来た」

「ちょっと龍人君」

「たぶんあれ、俺のせい――」

「そうじゃなくって。あの二人匿ったり骨折の治療したりするのもタダじゃないんだよ ?」


 出て行こうとした龍人を引き留めたアンディだが、どうやら目的は別にあるらしく何かを要求するかのように手を差し出した。


「今日お客さんいなくて商売あがったりなんだよね」


 卑しい言葉を投げかけるアンディにムカついた龍人だったが、迷った末財布の中に残っていた三万円を彼に渡した。ムジナに預かってもらっている生活費用の財布から抜き取った物である。


「文句ない ?」

「勿論なし、毎度あり」

「じゃあよろしく……老師に殺されるな後で」


 礼を背中に受けながら龍人は店を出て行く。その際に自分が後で受ける事になるであろう仕打ちを想像して身震いした。

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