第11話 教室
6-1。
学級表札には『六』と書かれているが、俺が転校してからずっと同じ教室だ。毎年、学年のところを変えただけに過ぎない。
だが、ほんのちょっとした変化だけど、妙にうれしかったのは、成長しているというのが目に見えてわかるからだろうな。
まだ大人とは言えないけれど、一年一年、ちゃんと年を刻んでいるのを確認のは、胸に心地のいい重みを感じた。
「で、そんな感慨深い教室に、大型プランターに入った不気味なお面がある……ということか」
教壇に置かれているのは、教室の外に置かれている大型プランターだ。
そりゃ、雨と風が激しい時に、一時的に教室に避難させたこともあるが、教壇には置かねぇよ。
しかも、プランターには土だけ。
廃校が決定したから、花や木はくろのみ公民館にほぼ移したけど。
空になったプランターは学校の倉庫に置かれたはずだけど。
「黄色い牛のお面……そういや、土に埋まるね、牛……」
どうやら、お面とのつじつま合わせで設置されたようだ。
水とか、竹ストローは突如現れたくせに、土は前もって準備しているのかよ。
「そして教室の黒板には、意味不明な三行文章……」
さすがに慣れてきたのだが、今回もまたけったいな言葉だ。
『学校は混沌に支配されている』
『苦しみ悶えるしかないだろう』
『不条理に嘆け、喚け、絶望しろ』
……嫌がらせか。
「メモと一応写真を撮ったら、さくっと三番を歌おう」
今まではメモだけだったが、墓と墓跡に変化が見られたので、もしかしたら、この三行文章も写真で撮ると何か変化があるかもしれない。
俺は念のために撮ってみると……。
「変化、ないね」
三行文章は三行文章のままだった。
前の教室に戻っていちいち確認に戻らなくてもいいことがわかったので、やる価値はあった。
「よし、書き写したよ、鋼始郎。じゃ、ミュージックスタート」
「おう」
曜丙のリコーダーが曲を奏で出す。
「テン、テンテテン、テンテンテン、哀しい牛、土に埋められ、黄色くなる♪ 黄色くなる♪」
歌い終わる。
ただ、黄色い牛のお面はまったく動く気配がない。
歌詞を間違えたのかなと一瞬慌てるが、そうじゃなかった。
“……これから生きたまま埋められるっていうのに、何の拘束もナシで済むわけねぇだろ、バーカ”
お面にどんな拘束がされているのか、見た感じ全く分からないのだが。
俺の頭の中を読んでいるかのようにしゃべりだしたのには、驚きだ。
しかも、男か女かもわからない、子どもとも老人ともとれる、歪で奇妙な音声だった。
“薬のせいで全体的にダリ―の。だから、な~んも言い残すことが出来ずに、土の中に閉じ込められ、窒息死するだけなんだわ。でも、お前は霊感が強い方だから、頭の中に直接語り掛けることが出来ているわけで……”
使ったことがないからわからないのだが、黄色い牛のお面の言う通りなら、この頭に直接響く音声みたいなものは、テレパシーとなる。
そして、頭に直接だからか、脳が勝手に、年齢性別不明の得体の知れない声色で語り掛けてくる、と判断してしまっているようだ。
超能力、おそるべし。
“ほれ、そろそろだ”
お面には一切の動きがなかったから、気がつかなかった。
ザラザラと土がお面の真下を中心に動く。
プランターの中だというのに底の見えない深さにまで掘られていて、まるでそれはアリジゴクのようだったと思った時には、お面は土の中に落ちていく。
そして、あっという間に土は被せられ、見えなくなった。
“最後に思うことはこれだけだ……呪われろ! おれを殺したんだ、呪われてしまえ!”
断末魔ではなく、呪詛がソレの最後の言葉だった。
「う~ん……気持ち悪いな」
たまたま俺に人より霊感があったため、聞こえてしまった、黄色い牛のお面のテレパシー。
なかったらなかったで、死因がわからなかっただろうから、何で死んだのかわからないよりは、頭はすっきりした気がする。
心にダメージが蓄積してしまったけど、起きてしまった後だから、もしものことを考えても意味がないのかもしれない。
そもそもこんな怪異空間で、気持ちよさを求めるほうが無駄ではないだろうか。
(う~ん……それにしても、頭の中に直接、か……)
曜丙が、俺と同じように牛のお面の呪詛が聞こえたかどうか、確認したくはないが、したほうがいいだろう。
聞こえたら、あのお面曰く、霊感が強いってことになるし。
強ければ何があるか、具体的にはわからないけど、こういう細かい情報を逃すと後々困る可能性があるからな。
白い目で見られる覚悟をしてから、俺は曜丙に尋ねる。
「なぁ、あの黄色い牛のお面から、何か聞こえなかったか。テレパシー的なものとか」
意を決して尋ねたものの、言葉にしてみたら、俺自身思った以上に困惑していたようで、文法的に見苦しいものになってしまった。
テレパシー感じましたか、じゃ、共感しているようになるから。
呪詛や罵倒という言葉は、腹が立つから使いたくなかったから。
そんないろいろな思いがごちゃ混ぜになっていたのもあるけど、これはこれでどうなのだろう?
伝わってくれたらいいな、と他力本願になってしまっているし。
不親切な言動で、ごめん。
「……あのお面からは何も聞こえなかったよ、鋼始郎。つかれているのか」
心配された。
「あ、うん……そうかも、な」
「思った以上に精神が疲弊していたようだな。気が利かなくて、ごめんな、鋼始郎」
そして、謝られた。
「いや、こちらこそ、ごめん、曜丙」
確認……大事だけど、大事だけど、さ。
心が痛むのは、なぜだろう。
「……とにかく、早くここから出たいな、曜丙」
「同感」
微妙な空気が流れる中、俺たちは教室を出るしかなかった。
中庭にある墓が二つになっていった。
「今回なくなったのは……
墓石に幾何学模様のステンドグラスを入れた、見た感じお洒落なデザインが特徴的で、後はこまめに掃除していれば、美しい輝きを曇らせることなく、一等目立っていただろう。
それがどうして交通が不便な田舎町の辺鄙な墓場にそのタイプの墓にしたのか。
不明だ。
もしかしたら、香迷家の方々の中にステンドグラス職人がいらっしゃるのかもしれないが……。
せめて、そういうテーマの、掃除が行き届いた霊園に立てればよかったのに、と残念な気持ちにさせる、よくわからない墓の一族だというのが、俺の感想だ。
「うん、予想は外れてないな」
案の定、スマホで香迷の墓があった場所を撮ると、黄色い影がある。
そして、青い影と白い影健在で、ハッキリと色づき、影の形が変わっていた。
「でも、これ、何の形だ?」
「う~ん……最初は長方形の影らしい、影って感じだったけど、今は卵型かな?」
角ばっていたところが滑らかになっているというのが、正解か。
お面を、墓を無くしているというのに、この写真の影だけは成長している。
色とりどりの不気味な影に、不安を感じつつも、俺たちは方針を変える気はなかった。
「とりあえず、残り一つになってから、だな」
「ああ。情報が足りないのもあるけど、感づいたことが正解なのかも、調べないとわからないからね」
パズルを埋めるには、ピースが足りない今、できることは作業を続けること。
すべて揃えてから考えればいいじゃないかと思うかもしれないが、それでは時間切れになってしまう可能性もある。
例え、作業をすること自体が、罠であったとしても。
まだ、止まれない。
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