第11話 人を待つ先輩はかわいい。


 午前の授業を終え、お昼休みの時間。


 俺はチャイムと同時に教室を飛び出し、生徒会室へと向かった。


「双葉先輩の、手作り弁当……!」


 今朝方、一緒に登校している時に交わした約束。


 双葉先輩お手製の弁当を、双葉先輩と二人きりで食べる。


 この俺の人生至上、最高で最強なイベントを経験するべく、俺は小走りで生徒会室を目指しているのだ。


「よっし、到着!」


 チャイムと同時に廊下に出発したおかげか、廊下にはあまり人はおらず。最短距離を最高速度で突き進むことができた。さっきまでの俺はまさに突風。今までの中でも最高タイムを出せていたに違いない。


 服装を整え、生徒会室の扉に手をかけ――ようとしたところで、自分がカギを持っていない事に気付いた。


「授業後にすぐに来たんだから、開いてるわけねーじゃん」


 自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。いや、そんな当然のことすら忘れてしまうほどに双葉先輩の手作り弁当が楽しみだったわけなんですが。


 溜息を洩らしつつ、扉を軽く叩く。その直後、扉が少し開いていることに気付いた。


 もしかして……と思いつつ、扉を開いてみる。


「…………(ガタガタガタガタガタガタッ!)」


 凄まじい勢いで貧乏ゆすりを繰り返す双葉先輩の姿がそこにあった。


 生徒会室の中で地震が発生しているのか? と思わず首を傾げてしまいそうになるほどの勢いだった。なんなら机とかめちゃくちゃ跳ねてるし。


 もしかして、俺の方が後から来たから怒ってる? 待たせてしまったからイラついているとか、そういう理由による貧乏ゆすりか……!?


 というか、何で無表情なんだ。朝怒らせたからその怒りがまだ継続してるのか? それならそれでせめて怒り顔とかしていてくれればいいのに。無表情だと何を考えてるのか分からないからめちゃくちゃ怖いんですけど!


「し、失礼しますー……」


 恐怖を抱きつつ、部屋の中に足を踏み入れる。どうか、いつも通りの優しい双葉先輩でありますように――


「北斗くん! よく来てくれたな!」


 ――世界一かわいく無邪気な笑顔を浮かべる双葉先輩、爆誕。


 何だこの人。俺が来た瞬間にすげー嬉しそうな顔するじゃん。もしかしてこの先輩、俺のことが好きだったりするのでは? いや、そんなことはあり得ませんけども。


 怒っていない事が一目でわかったので、胸を撫で下ろしつつ、双葉先輩の隣の席に移動する。


「すいません。待たせちゃいましたかね?」

「いや、全然待っていないぞ。むしろ私も今来たところだ!」


 今来たばかりの人は椅子に座りながら貧乏ゆすりとかしないと思うんだが、いろいろと面倒な事になりそうなのであえてスルーすることにした。


「それで、えっと、弁当なんですけど……本当に俺が食ってもいいんすか?」

「もちろんだ。そのために君を呼んだんだからな」


 そう言いながら、双葉先輩は鞄に手を伸ばすと――


「さあ。遠慮せずに食べてくれたまえ」


 ――机の上に巨大な重箱が現れた。


「…………え?」

「どうした? 何かおかしなところがあるか?」

「え!? い、いや、その……」


 おかしなところしかないしツッコみたいところしかない。少しだけ作り過ぎてしまったという言葉は嘘だったのか、とか、そもそもその重箱をどうやって鞄に入れていたんだ、とか。口を大にして叫んでやりたい。


 でも、小動物のように可愛らしく首を傾げている双葉先輩にそれを言及する度胸など俺にはない。この非常識を受け入れ、前に進むこと。俺にできるのはそれぐらいだ。


「お、俺、重箱なんて久々に見たんで、ちょっと驚いちゃって」

「今日はつい作り過ぎてしまったのだ。いつもはもう少し小さいんだぞ?」


 重箱より少しだけ小さい弁当箱はもはや普通の弁当箱ではないんよ。


「まあ、弁当箱の大きさなど今はどうでもいいではないか。ささ、量ならたくさんあるから、食べてくれ」

「は、はい。では、遠慮なく……」


 重箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げ――


 ――伊勢海老の頭が見えた瞬間、俺は目にも留まらぬ速さで蓋を閉じた。


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