検証

 召喚獣の欄にある『樹ノ子鼠』というのがさっき試練の間にいたあれのことだろう。

 俺は『導ノ剣』に聞いた。


「召喚契約って試練をクリアしないと駄目なんじゃないのか?」

『試練の内容って水晶の主が自由に決められる。要は相手がロイのことを認めればいいのだ』


 相手によって試練の内容が変わるってことか。


『さっきの者程度なら、ロイの纏う気配だけでじゅうぶん契約に値するだろう』


 『導ノ剣』の言葉に俺は眉根を寄せた。


「気配? 何のことだ?」

『自覚はないだろうが、ロイの纏う気配は召喚獣や召喚武装が好むものなのだ』

「よくわからんが……」

『まあ、人間には感知できないものだからな。要するにロイは召喚獣や召喚武装に好かれやすい、と覚えておけばいい』


 湿度の高い場所に茸が生えやすい、みたいな話だろうか?

 俺が召喚獣や召喚武装に好かれるというのはピンとこないが……


「なら、『導ノ剣』も俺のそばにいると気分がいいのか?」

『悪い気分ではないな』

「そうか」


 そう聞いた俺は、労うつもりで『導ノ剣』の剣の柄を撫でてみた。


『――んぬぁっ!?』


 変な声で叫ぶ『導ノ剣』。


「……おい、何だよ今の声。普段と声色が違わなかったか?」

『きゅ、急に変な場所を触るからだ! 勝手に触るな』

「す、すまん」


 怒られた。俺は召喚武装に好かれやすいんじゃなかったのか……?


 気を取り直して。

 とりあえず検証するか。せっかく契約したんだから色々試したい。


「まずは呼び出してみよう。【召喚:『樹ノ子鼠』】」


 召喚スキルを使うと足元にさっきのネズミが出現した。


 さて、こいつは戦力になるんだろうか。

 とりあえず近くに落ちていた木の枝を拾って『樹ノ子鼠』の前に差し出してみる。


 がじがじ。


 うん、可愛いだけだな。


 そういえばステータスボードには『敏捷上昇<弱>』と表示されていた。

 俺は十メートルほど離れた木を指さす。


「なら、あっちの木まで走ってそれから戻ってこい」

『――(シュパッ)』


 『樹ノ幼鼠』はあっという間に戻ってきた。なかなかのスピードだ。

 待てよ、【フィードバック】は召喚獣の優れた部分を術者に反映するものだから……


「【送還:『樹ノ子鼠』】」


 『樹ノ子鼠』を【送還】で戻し、次は自分の体を検証してみる。

 【フィードバック】は自動で発動するスキルなので、改めて念じる必要はない。


「行くぞ……!」


 『樹ノ子鼠』に指示したのと同じ木までダッシュしてみる。

 うーん、確かにいつもの自分より速い……気がする。多少は。


 【フィードバック】の仕様上、自分に反映できるのは元になった召喚獣の身体能力の一部だけ。

 まあ、そんなにすぐには強くはなれないか。


 このスキルの凄いところは重ねがけができることだ。


 つまり召喚獣を増やせば増やすほど、俺の身体能力も上がっていく。焦る必要はない。


 検証はこんなところだろう。


「よし、『導ノ剣』。他の召喚スポットの場所まで案内してくれ。どんどん契約するぞ!」

『任せておけ!』


 俺たちは召喚スポット探しを続けるのだった。




ロイ

<召喚士>

▷魔術:【召喚】【送還】

▷スキル:【フィードバック】

▷召喚獣

 風ノ子蜂(力上昇Ⅰ)

 風ノ子梟(魔力上昇Ⅰ)

 地ノ子蟻(力上昇Ⅰ)×2

 地ノ子甲虫(耐久上昇Ⅰ)

 樹ノ子鼠(敏捷上昇Ⅰ)×2

 樹ノ子百足(力上昇Ⅰ)

▷召喚武装

導ノ剣:あらゆるものへの道筋を示す。


 それから半日かけて森の中を歩き回り、合計八体の召喚獣を得た。


「『導ノ剣』、お前本当にすごいな……」

『ふん、当然だ』


 得意そうに言う『導ノ剣』だが、これは本当に凄いことだ。

 たった半日で召喚獣を八体も集めるなんて、『導ノ剣』がいなければ絶対に不可能である。


「それにしても、召喚獣に偏りがあるな。これって何か理由があるのか?」


 八体の中にまったく同じ種族の召喚獣が何体かいる。

 しかも属性は風、地、樹の三種類のみ。

 属性は八種類あるので、ここまで固まるのは妙な気がする。


『ここが森だからだろう。召喚スポットは、その召喚獣や召喚武装がいる場所に近い環境に出るものだからな』

「……? どういう意味だ?」

『召喚獣たちは普段、こことは異なる世界に暮らしている。そこで森に暮らす者は、こちらの世界でも森に召喚スポットの宿主として出現しやすい』

「そんな理屈があったのか」


 召喚スポットの主にも規則性があるらしい。属性の偏りもそういう理由か。

 おそらく海のほうにいけば水属性の召喚獣と契約できたりするんだろう。

 夢が広がるな。


『ロイ。まだ探すか?』

「いや、今日はここまでにしよう。もう時間も遅いから今日は野宿だな」


 火をおこし、食事を済ませてその場で寝ることにした。

 夜の森で動き回るのは危険だ。


「『導ノ剣』、悪いが見張りを頼めるか? 何かあったら起こしてくれ」

『よかろう』

「それじゃあ、おやすみ……」


 俺は眠りに落ちた。





『――っぷはぁ!』


 『導ノ剣』はロイが寝たのを確認した瞬間に息を吐いた。


『はあはあはあはあ……し、しんどい。この口調きついよー……ボロが出なかったのが奇跡だよ……』


 重ねて言うが、『導ノ剣』は陽気な性格だ。

 ゆえに堅苦しい口調で話し続けるのは尋常ではないストレスだった。

 その日の疲れを取りつつ、『導ノ剣』はふと思い出す。


『……っていうか、油断したなあ。ロイに急に触られて変な声を出しちゃった……私の威厳がぁあああ……』


 『樹ノ子鼠』と契約した直後、ロイは不意打ちで『導ノ剣』の柄を撫でてきた。


 その瞬間、『導ノ剣』は素のトーンでリラックスした声を出してしまったのだ。

 あれは恥ずかしかった。

 「うがああああ」と『導ノ剣』は呻く。


 仕方ないのだ。

 ロイは召喚獣や召喚武装にとって究極の癒し効果を持つ気配を絶えず発している。ロイに触れられたり撫でられたりすると、問答無用で力が抜けてしまう。


 これはもはや召喚武装である限り抗えない本能なのだ。


『……』


 『導ノ剣』はロイの手を見て、うず、と刀身がうずくのを感じた。


(な、撫でられたい……せめて布で刃の部分を磨くとかでもいいから……はっ! まずいまずい、こんな考えをしてるってバレたらせっかくキープしてる厳格な雰囲気が崩れる!)


『ぐぬぬぬぬ……』


 『導ノ剣』は見張りの役目を果たしながら、そんな葛藤に襲われるのだった。





 さて、今日も召喚スポット探しだ。


『ロイ。あの木を思い切り殴ってみてくれ』

「? まあ、そのくらいはいいけど」


 『導ノ剣』の指示通り、手近な木を殴ってみる。


「ふっ!」


 ドゴッ! 


 俺が思い切り殴ると、幹の太さが六十センチはありそうな大きな木が激しく揺れた。

 召喚獣との契約を重ねたことで、【フィードバック】の効果が発揮されているのだ。


『ふむ。なかなか強くなっているな』

「そうだな。……それで、何で急にそんなことを?」


 俺が尋ねると、『導ノ剣』は真剣な声色で言った。


『ロイ。今から案内するもので、この森に存在する召喚スポットは最後だ』

「そうなのか」

『そして同時に、今までより手ごわい相手でもある。もしロイがまだあまり強くないなら、案内するか迷うところだった』

「……手ごわい?」

『だが、今のロイなら大丈夫そうだな。道を示そう』

「あ、ああ。頼む」


 青い光が森の奥に伸びていき、俺はそれを追う。


 俺は恐怖を感じると同時にわくわくしていた。


 手ごわい契約対象ということは、そのぶん契約できたときに頼もしい味方になるということだ。

 オーク討伐の依頼を確実に達成するためにも、強くなれるに越したことはない。


『ここだ』


 『導ノ剣』が案内した先には、五十センチほどの召喚スポットがあった。

 確かに『樹ノ子鼠』とは比べ物にならないサイズだ。

 おそらくこの主は強敵だろう。

 俺は深呼吸をして、召喚スポットに触れた。


「【我は汝との契約を望む】」


 そして俺は召喚スポットの中に吸い込まれ、試練の間へとたどり着く。


 そこは広い洞窟の中だった。


 目の前にはスポットの主と思われる、全長三メートル以上はあろうかという巨大なモグラの姿があった。


『グモォオオオオオオオオオオッ!』


 巨大モグラは敵意をみなぎらせて咆哮を上げる。


『来るぞ、ロイ!』

「わかってる!」


 どうやら今回は戦う必要がありそうだ。


 臨戦態勢の巨大モグラに向き合い、『導ノ剣』を構えた。

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