Re - quest ~再び探し求める

Eternal-Heart

第1話 【エンジェル・フェザー】


シャープな三日月が照らす、コバルトブルーの逆光。


悦楽に反り返る、上半身のシルエット。

髪がスローモーションで舞う。

どれだけ貪っても繋がりから離れられない。



宙を舞うような吐息。

スローモーションで降りてきた唇と重ねる。

甘く柔らかな真奈美に溺れ続ける。


この時間が止まったまま、続けばいいのに。

今はこの永遠の一瞬のような時の中に

ただふたり溶け合ってゆく___





「これ何?」


「カイピリーニャ。ブラジルラムとソーダ

そして一個分カットされたライムを使った

カクテルだよ」


暑い夜に良く合う甘酸っぱく爽やかな

初めて飲むカクテル。


「気に入った?」

「うん。だけどリクエストと違くない?」




太輔たいすけがよく来るという

ブラジルBarバール『セントロ1916』。

入口近くのテラス席の背中からは

食事とお酒を楽しむ店内の明るい喧騒。


イタリアやスペインなどラテン特有の

カフェからお酒、食事も楽しめる

「バール」という業態らしい。



「薄暗い店内にジャズ。スーツと髭の似合う男。

ショットのバーボンを放り込むように飲み

隣にはシルエットを強調したドレスの美女とマティーニ。

“大人の雰囲気“ってそういうイメージじゃないか?」


もう大人過ぎる位の年齢だけど私には

いわゆる大人の雰囲気は未だに遠く感じる。



「俺も上司に誘われ、何回かバーに行った事がある。

けど、その度に自分の居場所ではない

居心地の悪さを感じたんだ。

だから2人で行くなら”そこ”じゃないと思い

この店を選んだんだ」




筍のような食感のヤシの芽、パウミットサラダ。

程よい塩味の干し鱈のコロッケ、ボリーニョ。

肉感が凝縮したソーセージ、リングイッサ。

赤身の旨さと柔らかさを兼ね備えた、ピッカーニャグリル。


慣れた感じで太輔がオーダーした料理は

初めて食べたけど、どれも美味しかった。



「食べて飲んで笑って。結局一番の幸せはそれに尽きるのだろうな」

「いつもそれ言うよね(笑)」


いつも、と言うほど、私達は知り合って長くない。

それでも私もそんな気がした。

恋人でも友達ですらないのに、相性が合う人はいるものだと思う。




「太輔が飲んでるのは何?」


「ヴィーニョー・ベルデ。

ポルトガルの微発泡ワインで、ほのかに緑がかった白ワインなので

ベルデ(緑色)と呼ばれているんだ」


「何でポルトガルのワインなの?」

「ブラジルでは宗主国ポルトガルのワインが好まれ

祝い事など特別な時に飲まれるらしい」


「よく知ってるね」

「いや、ここの店長に聞いて知ったんだ。

だからポルトガルワインも多く取り揃えているらしい」




美味しいお酒と料理、取り留めのない会話。

「食べて飲んで笑って、か」

なんかそれで良いやって気になった。


子供でもないし若者でもないのに大人でもない。

ずっとそう思って生きてきた。

誰かが作った大人のイメージと程遠くても

自分にしっくり来る場を選べば良いのだろうな。



太輔が柵に足をかけて伸びをした。

つられて私も真似した。

テラス席の風が心地良い。


見上げたビルの谷間のコバルトブルーの夜空

遠くにシャープな三日月が浮かんでいた。





どれだけの時間そうしていたのだろう。


汗が触れ合い、互いの肌を確かめ合う。

繋がり求め合う衝動が果てる事すら拒む。

離れられない。


恋人でも友達でもない獣のような俺達。




テーブルに残るコップの水を飲み干す。


何となくバッグから取り出した名刺。

きっかけなど、どこにでもある。

目の前を舞う、羽を掴むかどうか。

それだけだ。



医療機器メーカー営業の俺は

新機器を導入したクリニックへ搬入に行った。


応対したクリニックの主任が真奈美だった。

得てして機器を使い慣れない、導入直後にトラブルは起きやすい。

トラブルが起きた際に、即対応できるよう名刺を交換した。


彼女の名刺を取り損ね、ひらひら舞って床に落ちた。

拾い上げる。

これが始まりだった。



味斉あじさいさんですか。珍しいお名前ですね」

「よく言われます」

彼女が笑った。


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