第42話:嵐の龍

 嵐と炎がぶつかり合い、爆音と共に空が弾けた。

 猛烈な湯気と熱湯の雨が降り注ぐ中、エルクはとっさに氷を張って防ぐ。


「ヴァネッサ、ちゃんと掴まっていてくださ……い、いない!?」


「エルクううううううあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 後ろを振り返ると、悲鳴を上げながら落ちていく彼女が見えて。

 慌てて飛んで近づき、なんとか首枷から伸びる鎖を掴んだ。


「ぐぇぇぇぇ」


「このまま行きますからね!!」


 嵐が復活する前にと急ぐ彼の声。

 ただ、ヴァネッサはそれどころではなかった。

 鎖に繋がれた首枷が上の方に来て、頭にだんだんと血が集まってくる。


「首が……締まって……締まってますの……」


「笛の守護あるんですよね、平気でしょ!?」


「そういう……問題では……」


 確かに全然死ぬ気配はないけど、物凄く苦しい。と真っ赤な顔をして息も絶え絶えに。

 首枷を掴んでジタバタする彼女の鎖を引いて。


「グリちゃん、あと一回だけ頑張ってください!! 行きますよ!!」


 今度は大きく手綱を引き、アウローラの元へ急上昇し。


「アトス、ポルトス、アラミス! ヴァネッサを頼みます!!」


「うん!」「いいよ!」「こい!」


 子竜たちに声をかけると。


「ヴァネッサァァァァ!! いってらっしゃあああああああい!!」

 

 上昇した勢いそのままに、彼女を思い切り打ち上げた。

 大空へ飛んだ彼女とは反対に、海に落ちていくエルクとグリちゃん。

 彼は申し訳なかったと、巨獣の頭を撫でて空を見上げる。

 

「行けましたね……グリちゃん、すみません。もう限界だったのに……」


”……もう、とべない”


「何言ってるか分かんないですけど、脚は元気でしょ? 結構痛いですが、ちゃんと降ろしますからね」


 そして空中で体勢を整え、氷の呪文をつぶやきだして。

 勢いを殺すための薄い氷を幾重にも張ると、キンググリフォンの巨体がバリバリとその中を突き進んでいく。


”痛い! お前、殺す……!”


「あー、今のは分かりましたよ……これ以上に良い手段思いつかなかったんで、なんとか我慢してください」


 グリちゃんの唸り声に少し冷や汗を掻きつつも。

 自分の方も限界だけど、ここで死ぬ訳にはいかないと。

 迫る海、落下速度、氷の強度を考えながら、細心の注意を払って魔法を唱え続けた。


――


「はっ! ここは……」


「アウローラ!」「背中の上!」「怒ってる……」


 エルクたちが無事に港にたどり着いた頃、三銃士にぺちぺちと頬を叩かれて。

 ヴァネッサが目を覚ましていた。

 

「エルク!! 帰ったらぶん殴ってやりますの!!」


 とりあえず気を失う直前の記憶を思い出して、帰ったらエルクを一発殴ってやると心に決めた所で。

 さてアトスたちの言うように、ここはアウローラの背中の上。

 虹色の鱗が眩しくて、目を細めて。


「アウローラ!! わたくしですの!!」


”ヴァネッサ? 今凄く集中しているのですが”


 先程まで激しく続けられていた古炎龍のブレスに応じて、アウローラも本気を出していた。

 真っ黒な竜巻の壁に時折光る炎と、その壁の向こうで聞こえる雷鳴。

 盾を張って打ち合っているんだなと理解したヴァネッサは、真剣な様子の巨龍に向かって話し続ける。


「炎の遺跡に、戦える人たちが集まっていますわ。そこまで、オイドマ・フォティアを連れてきて下さる?」


”地を這う虫けら共が、この私に命令を?”


 すると巨龍は、心底苛立ったように思念を飛ばした。

 あー、やっぱりそう思ってますわよねぇ。本音で言えば。なんて、ドラゴンたちの思考にはもう色々と諦めていた彼女。

 怒ってもしょうがないし、そういうもんなんだなぁ。とため息をつくと、いつものように胸を張って。


「聞きましたわよ。アウローラはまだ子供なんでしょう? 見たところ、その嵐は防御の魔法ですわよね」


 タルヴォとテンキから聞いた話で揺さぶった。


”どこでそれを?”


「とにかく攻撃手段がなきゃ、いくら貴女でもジリ貧ですわよ? わたくしたちに手を貸してくれるなら、この支配の笛ドミナートルの力で、オイドマ・フォティアはまた封印できますわ!」


 アウローラがその言葉に一瞬怯み、嵐の壁が弱まっていく。

 痛い所をついたと確信したヴァネッサは、畳み掛けるように話を続けた。


「一人で勝てるほど、貴女強くないんでしょう!? 子供の喧嘩をしても、絶対負けますわ!」


”チッ……恥ずかしいですが、仕方ありませんね”


 舌打ちをしたのだろうか。

 ヴァネッサの下で耳をつんざく高音が鳴り響き、嵐の壁が解けていく。

 段々と弱まってきた瞬間に、古炎龍が猛烈な勢いで顔を出した。


”アウローラァァァァァ! 我を散々馬鹿にしおって! まだガキの分際で!”


”ふん! フォティア! この私に恥をかかせたこと、後悔させてあげますよ……!”


 うーん、少なくともこのドラゴン同士の争いに関しては、殆どアウローラが悪いと思うけれど。恥かいたのも自業自得だし。と若干引いたヴァネッサは、自分が急に持ち上げられているように感じて慌ててしがみつく。


「んぇ!? な、何をするんですの!?」


 そして、虹龍が天に届くほど巨大な口を開いたことに気づいた。


「アウローラ、流石にそれはマズいですわよ!?」


”ん? 食うつもりか? 腹の中から燃やしてやるわ!!”


 偶然彼女と古炎龍は全く同じことを考えた。

 このまま虹龍の口の中で大暴れすると、アウローラが焼け死んでしまうと。


”釣れましたね”


 しかし、古炎龍が飛び込んだ瞬間。

 周囲の空気を吸い込みながら大きな口を閉じると、ぐるんと炎の遺跡の方角を向いて。


「ぺっ」


 どぉん! と大気を振動させて、オイドマ・フォティアを撃ち出した。

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