第38話:すっかり様変わりした故郷

「ほんと悪いんだけどさ。あんまり壁厚くないんだよこの船。声抑えてくれ」


 いよいよいよと互いの吐息が重なった頃に、壁の向こうからアルゲニブの声がして、二人は慌てて声を殺す。

 いやまぁ確かに被害者の立場だと不快なのは知っているけれど、直接怒らなくたっていいじゃないと思いつつ。

 支配の笛ドミナートル魔獣モンスター避けをしながら、昼夜問わず全速力で進む船で二週間ほどの船旅を終えた。


魔獣モンスターの警戒しなきゃこんなに早いんですねぇ。ヴァネッサ凄い……」


「まぁ乗り心地は最悪だけどな。それで”そっち”の乗り心地はどうだったんだね少年」


 そして降りるなりニヤニヤと最低最悪な発言をした国王に、エルクは無言で剣を突きつけて。

 王家のマントにぴきぴきと氷が張ると、セクハラの主は焦ったように手を振った。


「おいおい、冗談だよ?」


「冗談と言って許されないですわよ。あら、ヘクト……ル?」


 全く男って下らない。とさっさと降りたヴァネッサの目の前に、なんか同じ顔をした薄着の女の子ふたりに囲まれる、筋肉ダルマの幼馴染が居た。


「ヘクトルさまぁ♡」


「所構わず抱きつくな貴殿らは!」


「そうは言いましてもぉ。我ら双子、貴方様に心を奪われてしまいましてぇ~♡」


「俺は仕事なんだよ!」


「あぁん何処にでも着いていきますぅ♡」


 あー。この子達がエルフってやつね。と、人間とは違う長く尖った耳と、強い魔力を感じる風体。そして人間より少し青白い肌と、ふわふわの蜂蜜色な髪をした美少女ふたり。

 そんな子達にべたべたと張り付かれて、困ったように大声を上げるヘクトルに、ヴァネッサは呆れた声で言った。


「……やれやれ、随分おモテになりますわね。わたくしの元婚約者様は」


「ヴァ、ヴァネッサ! 違う! これはそういうのでは……」


「どういうのだよ、ですわ。わたくしに言い訳してどうするのです」


 王子も慌てて取り繕ったが、彼女は少し喜んでいた。

 ヘクトルが新しい恋人を見つけられて、自分の人生を歩んでいっていて。

 幼馴染として、少し嬉しく感じた。


「あれ、アルゲニブ陛下は食いつかないんですね」


「エルフとかいうの、ちょっとスレンダーすぎるし朕の好みではないな。少年も同じだろ?」


「ぼ、僕はそもそもヴァネッサだけです!」


「正直になってもいいと思うぞ?」


「こ、凍らせますよ!!」


「ふはは、朕はあのアステリア女王の息子だぞ。簡単に食らうと思うのか」


「やってやろうじゃねぇかこの野郎……!」


 そんな姿を見て、エルクとアルゲニブもコソコソじゃれ合っていると。

 ヘクトルがアルゲニブに向かって、おもむろに声を掛けた。


「久しぶりだなアルゲニブ、相変わらずとんでもない美形だなぁほんと」


「男に褒められても嬉しくないが、まぁ礼は言っとくよ。んで、先に手紙は届いてると思うんだが……」


 国王は申し訳無さそうに返事をして、不安そうに聞く。

 すると王子は力強く笑顔を浮かべた。


「古炎龍の件だろ。父上的には嫌だそうだが、俺としては手を貸したい」


「!! いいのか?」


 そしてちらっとヴァネッサとエルクを見て、少しだけはにかんだ。


「まぁ、二人がそっちに住んでるしな。それにオーガの酋長やエルフの族長に話を通しておいたが、彼らも必要とあれば手を貸したいと」


「ありがとう……!!」


「泣くなよ国王だろ。まぁ話はこれから詰めるとして……ヴァネッサ、エルク」


「へ?」


 そのまま二人に向けて、大きく手を広げて。

 ベタベタと張り付くエルフの双子に、彼女が例のアレだ。と小さく耳打ちした。


オーガとエルフから支配の笛ドミナートルの持ち主に話があるそうだ」


「ひぇっ……こ、殺されたりは……」


「何を警戒してるんだか知らんが、勇者ソルスキアの子孫に五百年前の礼と言っていたぞ」


 確かにエリトリア大陸から亜人を逃したとは聞いているが、封印しっぱなしだったことに対するお叱りかなと。

 少し青くなったヴァネッサに、ヘクトルは苦笑いで首を横に振った。

 そしてエルフの女の子の肩を叩くと、ふたりはヴァネッサの方を向き。


「その通りです、ソルスキアの末裔の方」「族長とオーガの酋長が城でお待ちしておりますので」


 双子らしく息のあった声で続けて話すと、ヴァネッサに深々と礼をした。


「族長って、この子達のお父上のことな。まぁ見分けつかんだろうが、ヘレナとヘリヤだ」


「ほっ……よろしくお願いしますわ!」


「よかった……」


 心から魂が漏れるようにため息をついて。

 二人はヘレナとヘリヤに連れられて。ヘクトルはアルゲニブを連れて行った。


「なんか随分変わりましたわね、王国」


「ですねぇ……あ、あれがオーガですか? 本物を見るのは初めてです」


 てくてくと王城まで歩いていく途中、かつて人間しか居なかった街並みは随分変わっていて。

 小さな魔獣モンスターと連れた人々や、エルフや鬼の姿も見受けられる。

 皆穏やかに生活を送っているようで、ほんの一年も離れていないのにと、二人は本当に不思議な感覚を覚えていた。


「私達が目覚めた時、少し行き違いで戦ってしまいましたが……今では仲良くさせていただいています。それはもう仲良く♡」


「えぇ、ヘクトルさまのおかげで。あの方、本当にかっこいい♡」


「あはは……ま、まぁあいつはいい男ですし。良くお似合いだと思いますわ」


 両手に花とはいいご身分だこと……まぁ王子だけど。とヴァネッサは、惚気ける双子に呆れた顔をして。


「それには同意ですよ。ほらヴァネッサ、王子の昔話してあげたらいいんじゃないですか?」


 せっかくだし打ち解けておきましょうよと、エルクが促すと。

 王城までの少しの間、彼女はエルフの双子になんとなく昔話をしてあげた。

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