第4話 不穏な迷宮

「今日の仕事場は……通路の真ん中?」


 現在、恭一がいる場所はグレンステア王国にある「始まりの試練」と呼ばれる迷宮の中だ。十階層から成る初心者向けの迷宮で出現する魔物もあまり強くはない。


「ふわぁ、眠い……」


 恭一は欠伸あくびをしながら大きく伸びをする。

 この仕事を始めてから一ヶ月が経過したが、今のところ特に大きな問題は起こっていない。むしろ、順調すぎるくらいである。


(でも、さすがに同じ景色を眺め続けるのは飽きたよなぁ)


 鉄の宝箱にランクアップしたことで、この迷宮の中であれば無制限に転移することができるのだが、どこに行っても同じ風景が続くため退屈なのだ。しかも、転移先に何があるのかわからないため、以前のように魔物の群れに出くわすこともある。


(まぁ、そのおかげで経験を積めたんだけどさ)


 ぼんやりと壁を眺めながら、この世界について考える。

 この世界では、人間だけでなく魔族や獣人族、妖精族や巨人族といった様々な種族が共存している。そして、それぞれが治める地域にわかれて暮らしながら、時には争い、時には手を取り合いながら生きているのだ。


(地球だって国によって色々と違ったりするもんな……)


 恭一は苦笑しながら小さく息を吐いて気持ちを切り替えると、改めて周囲を見回す。すると、通路の向こうから複数の足音が響いてきた。


「おい、本当にここにいるんだろうな?」

「あぁ、間違いないぜ。あの野郎、絶対に許さねぇ」

「俺たちをコケにしやがった報いを受けさせてやる!」


 怒りの形相をした男たちが、ドスドスと大きな音を立てながらこちらに近づいてくる。どうやら、この迷宮で誰かを捜しているようだが、明らかに普通の冒険者には見えない。


「へぇ、こんなところに宝箱か。こいつはラッキーだぜ」


 男の一人が恭一の前で立ち止まると、宝箱の蓋に手をかけた。しかし、リーダーらしき男がそれを止める。


「やめておけ。通路の真ん中に置かれた宝箱なんておかしいだろう。迂闊うかつに触るとトラップを発動させるかもしれないぞ」

「そ、そうだな。ちっ、面倒な宝箱だぜ」


 男は舌打ちをしながら、こちらを見下ろす。


「それなら、あいつを捕まえて開けさせようぜ! もし、死んじまっても問題ないだろ?」

「ああ、わかった」


 仲間の言葉を聞いた男はあっさりと納得すると、恭一の横をすり抜けて通路の奥へと消えていった。


(なんだ? あいつらはいったい何者だ?)


 疑問に思っている間にも彼らは誰かを捜しながら、どんどん遠ざかっていく。そして、しばらくして――。


「ぎゃあっ!?」


 男の叫び声と共にドサッという何かが崩れ落ちるような鈍い音が聞こえてきた。気になった恭一は意識を集中すると、彼らが向かった方へ転移する。


「くそっ、また逃げやがった! あの野郎、絶対ぶっ殺してやる!」


 彼らの目の前ではなく隣の通路に転移すると、先ほどよりも怒声を含んだ声が聞こえてきた。視界の端には、床に倒れ込んだ男の姿が見える。彼は胸を刺されたのだろう、白目を剥いてピクリとも動かない。


(あいつは、俺の蓋を開けようとした男か……)


 恭一は警戒しながら様子を伺っていると、やがて男の仲間たちが合流する。


「ダミル、あっちにはいねぇ」

「こっちの通路も行き止まりだ!」


 仲間たちの報告を聞いたリーダー格の男――ダミルが考えるように口を開く。


「ということは、奴は奥の部屋に向かったか、別の階段を使ったか……」

「クソッ、ふざけんなよ! せっかく捕まえられると思ったのによぉ!」


 男の一人が悪態をつくと、仲間も同意するように怒鳴り始めた。


「仕方ない。他の部屋を捜索して必ず奴を見つけるんだ!」

「おう、任せてくれ!」


 彼らは怒りをぶつけるように恭一の前を通り過ぎると、さらに先へと進んで行く。恭一は慌ててその後を追いかけるように転移した。



 ☆☆☆



「見つけぜぇ……!」


 先頭にいた男がそう言って立ち止まった。

 部屋の中は薄暗く、天井からは冷たい雫がしたたり落ちている。周囲には朽ち果てた石の柱や木箱が散乱しており、壁際には怪しげな石像がいくつも並んでいた。おそらく、ここは礼拝堂として使われていたのだろう。


(誰かいる……?)


 恭一は部屋の最奥に視線を巡らせると、そこには一人の女性が立っていた。年齢は二十代半ばくらいだろうか。深い海のように青い髪を揺らし、非常に整った顔立ちをしているが、どこかみすぼらしい印象を受ける。しかも、服はボロボロになっており、全身が傷だらけだ。


「くっ……、約束が違うではないか! お前たちに協力する代わりにお嬢様の情報をくれるという話だったはずだぞ!」


 女性は顔を歪めながら叫ぶと、血のついた短剣を握りしめたまま、男たちを睨みつけていた。


「うるせぇんだよ! 誰が魔族なんざに協力してやるかってんだ! テメェは黙って俺らの言うことを聞いてりゃいいんだ。しかも、仲間を殺しやがって……。ただじゃおかねぇぞ!」


 大柄な男はそう言い放つと剣を振り上げて女性に斬りかかる。しかし、彼女はそれを寸前で避けると後方へと飛んだ。だが、男はそれを予想していたのかすぐに追撃に入る。


「ぐあっ!」


 女性の短い悲鳴が上がると彼女の体から鮮血が飛び散った。どうやら、左肩を斬りつけられたようだ。


「オラァッ!」


 続けて彼女の腹を蹴ろうとするが、女性が咄嗟にガードをしたためギリギリのところで直撃を避ける。それでも、勢いを殺すことができずに壁まで吹き飛ばされてしまった。


「うぅ……」

「けっ、魔族と言ってもこんなものか。大したことねぇなぁ?」


 ダミルは女性に近づき不愉快そうに見下ろすと、「おい!」と仲間たちに声をかける。すると、彼らは女性の髪を掴み無理やり上を向かせた。


「おい、これが何かわかるか?」

「……っ」


 ダミルはニヤリと笑みを浮かべると、女性に見せつけるように懐から二本の怪しげな首輪を取り出した。それは禍々まがまがしい光を放ち、見るだけで嫌悪感を抱く。どう考えても危険なものに違いない。


「こいつは、お前ら魔族専用の”呪いの首輪”だ。こいつを着けられると、俺たちの命令に逆らえなくなるのさ」

「まさか……」

「ああ、察しが早いな。お前の主人とやらにもこれを着けさせて、死ぬまで奴隷としてき使ってやるよ!」

「……貴様っ!」


 ダミルが笑うと、女性は悔しげに唇を噛む。


「この国の法律では、奴隷に対する暴行や虐待を禁じているはずであろう! そんなことをすれば、お前たちも罪に問われることになるぞ!」

「へっ、残念ながら魔族のお前には関係ねぇよ。それに、仲間の仇もあるから楽に死ねると思うなよ? テメェがぶっ壊れるまで犯し続けて最後は貧民街に捨ててやるぜ。その後は、ゴミ共に可愛がってもらうんだな」

「そんな……」


 絶望的な表情をする女性を見て、ダミルが不敵に笑う。そして、女性が逃げられないように仲間が羽交い絞めにした。


(まずいな。このままだと女性が殺されてしまう)


 彼らの話から察するに、おそらく女性はどこかの貴族に仕える護衛か侍女なのだろう。それが、どうしてこのような状況になっているのかはわからないが、今は考えている場合ではない。男たちの様子を見ると、すでに勝ち誇った顔をしている。


「くそっ、離せっ!」


 女性はなんとか抵抗しようと身をよじるが、屈強な三人の男相手に敵うわけがない。ダミルがゆっくりと彼女に近づいている。


「ほら、じっとしてろ。首輪を着けたらここで俺たちの相手をしてもらうぞ」

「へへっ、魔族の女を抱くのは初めてだ」

「ああ、この時を楽しみにしてたんだぜ?」


 男の一人は舌なめずりをしながら女性の体を触る。そして、興奮した様子で下卑げびた笑い声を上げた。他の仲間も同じように欲望を露わにしており、とても話し合いが通じる雰囲気ではない。

 このまま放っておけば間違いなく彼女が酷い目に遭ってしまう。


(今の俺に男たちを倒せるのか? いや、迷ってる暇はない!)


 恭一は覚悟を決めると、行動を開始する。

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