第2話 宝箱のお仕事

「……さて、もう大丈夫か?」


 恭一は楽しげに去って行く四人組の若い冒険者たちを見送ると、周囲に誰もいないことを確認する。そして、宝箱の蓋を少し持ち上げると両腕を突き出して大きく伸びをした。


 本日の仕事場は名前も知らない迷宮の小部屋だ。

 広さは八畳ほどで部屋の隅には宝箱である恭一が鎮座している。壁際には数本の松明たいまつが設置されているだけで他には何もない殺風景な部屋だ。


「仕事を始めて今日で十日か。ようやくコツが掴めてきたな」


 宝箱に変化した当初は戸惑ったが、ミディア様から二日間ほど訓練を受けた結果、今では問題なく一人でやれている。慣れてしまえば宝箱の姿で生活するのもそれほど悪くはない。それに何より、異世界リーナセイルでの生活は非常に気に入っていたのだ。


 仕事は簡単なもので、まず最初に迷宮で待機しておく。そして、冒険者が現れた場合、普通の宝箱として振る舞えばよい。彼らは恭一を見つけると興味深げに近づいてくるので、後は勝手に蓋を開けてもらい中に入っているアイテムを回収してもらえれば終了だ。


「お疲れ様、恭一。調子はどうだい?」


 ミディア様が小部屋に入ってくるなり笑顔で話しかけてくる。


「順調ですよ。今日の成果は冒険者が四組でした。装備から推測するに駆け出しの冒険者が多かったので、渡したのは木の弓が二張り、革製の鎧が一つと回復薬が三つ、それと銅貨が十五枚になります」

「うん、上出来だね。やっぱり恭一に声をかけて正解だったよ」


 ミディア様は満足そうに微笑む。彼女いわく、過去にも恭一以外の人間に宝箱の仕事を斡旋あっせんしたそうだが、どれも上手くいかなかったらしい。というのも、ほとんどの人間はミディア様から与えられたスキルを活かすことができず、すぐに宝箱を辞めてしまったのだという。


「そう言ってもらえると嬉しいですよ」

「期待してるよ。さぁ、ボクは帰ってゲームの続きをしようっと!」


 そう言うとミディア様は恭一の目の前から消えてしまった。

 最近の彼女のお気に入りはBL系乙女ゲームらしい。主人公の男性が野犬に襲われそうになっていた子猫を助けたことがきっかけで子猫が恩を感じて人化し、二人は恋に落ちるという話だとか。

 これが非常に面白いらしく、毎日のようにプレイしていた。


(俺にはわからな……おっ、次の冒険者が来たみたいだな)


 通路の向こうから足音が聞こえてくる。

 恭一はゆっくり宝箱の蓋を閉めて、何食わぬ顔で待ち続けると現れたのは二人組の冒険者だった。一人が戦士風の青年で、もう一人は魔法使い風の少年だ。


「ふぅ、今日は大漁だったな!」

「そうだね、お兄ちゃん!」


 二人は嬉しそうな声を上げると、そのまま恭一の前にやってくる。どうやら、彼らは兄弟で冒険者をやっているらしい。


「こんな浅い階層に宝箱とは珍しいな」

「本当だ! 僕、初めて見たかも。お金か貴重な薬草だったら嬉しいな」

「そうだな。もし、お金だったら母さんの薬を買う足しにできるし、貴重な薬草だったら薬師様に持ち込めば、いい値で売れるはずだ」


 二人が会話に夢中になっている隙に恭一は宝箱の中身を入れ替えておく。基本的に宝箱のグレードに応じて中身が勝手に選ばれるが、恭一自身で中身を指定することもできるのだ。


(ふむ。彼らの母親は病気なのか。えっと、病気の回復に使う薬草は……俺の木の宝箱じゃ出ないっぽいな)


 ちなみに、宝箱の等級ランクは木の箱から始まって鉄の箱、銅の箱、銀の箱、金の箱と上がっていき、高価な素材や装備品が入っている。


(うーん、彼らには申し訳ないけど貴重な薬草は無理だな。その代わり、俺が選べる中で一番高価な銅貨を入れておいてあげるか)


 恭一は心の中で謝りながら中身を劣化した木剣ぼっけんから銅貨百枚に入れ替えておいた。彼らの言う薬の値段がどれほどかわからないが、これだけあれば少しは足しになるだろう。

 その後、二人の兄弟は少し緊張気味に宝箱の蓋を開く。


「えっ? なんだこれ!?」

「すごいよ、お兄ちゃん! 銅貨がこんなに入ってるよ!」

「あ、ああ。まさか、銅貨が百枚も出るなんて……」


 兄弟の声から驚愕と歓喜が感じられたので恭一も思わず微笑んでしまう。異世界リーナセイルの貨幣価値についてはまだよく理解していないが、彼らが喜んでくれたようなのでホッとする。

 そして、兄弟はしばらく驚いた表情のまま固まっていたが、しばらくして我を取り戻したように銅貨百枚を宝箱から取り出すと大切そうに鞄へしまう。


「これで、母さんの薬が買えるぞ」

「うん! 美味しいものもいっぱい買って帰れるね!」


 彼らは嬉しそうにはしゃぐと小部屋を出ていった。兄弟を見送っていると、突然頭の中に音が流れ込んでくる。


 ――ピコン! 宝箱の等級ランクが上がりました。


「うおっ!?」


 突然の出来事に恭一は思わず驚きの声を上げてしまう。慌てて周囲を確認すると、幸いにも誰にも聞かれていないようだ。


「今のは一体……あっ、もしかしてこれがランクアップか?」


 ミディア様曰く、恭一は異世界で経験を積めば宝箱のランクが上がるということだが、無事に宝箱として成長することができたらしい。早速、意識を集中させると、脳内に文字が羅列されていく。


 名前:由井恭一

 種族:鉄の宝箱

 加護:女神ミディア・クロース(パンドラ)

 魔法:聖属性

 スキル:宝箱、自動修復


「おっ、木の宝箱から鉄の宝箱にランクアップしてる!」


 恭一は周囲に誰もいないことを確認してから蓋を持ち上げて腕を伸ばす。そして、鉄の宝箱に変化した自分の体に触れてみると表面はツルツルとしており、木の宝箱だった頃よりずっと硬い手触りを感じた。


「これで防御力も上がったと思うし、ゴブリンの不意打ちを喰らっても少しは耐えられるようになったはず!」


 とはいえ、油断すると宝箱が魔物の攻撃で破壊されてしまいかねない。宝箱に転生したばかりの頃、階層を転移した瞬間にゴブリンの群れと遭遇して危うく壊されそうになったのだ。


(あいつら、冒険者と違って蓋を開けてくれないんだもんなぁ)


 ゴブリンたちは突然現れた恭一を見て戸惑っていたが、すぐに武器を振り上げて壊そうと襲いかかってきた。

 ミディア様から戦闘訓練を受けているとはいえ、相手は複数ともなれば恭一も無傷では済まない。宝箱なのでその場から動くことができず、使えるのは蓋の隙間から飛び出た二本の腕と聖属性の魔法のみ。そんな絶望的な状況の中、木の宝箱から取り出せる武器――といっても、木の棒に石製の穂先がついた石槍や石斧、全てが木で作られている木剣を構えながら魔法を駆使してなんとか撃退に成功したのだ。


(戦闘が終わって自分の体を見た時は驚いたよ……)


 当時の恭一は木の宝箱なので防御力も弱く、そのせいで箱全体が傷つき、無残な姿になっていた。もし、その状態で他の魔物に見つかってしまえばどうなるかは火を見るより明らかだろう。

 今は<パンドラ>による恩恵の一つ、<自動修復>によって元の綺麗な状態に戻っているが、あの時のことを思い出すと背筋が寒くなる。


(とりあえず、もう少しだけこの階層付近に留まって経験を積むか。箱の中身が充実したら戦いも楽になるだろうしな)


 恭一は気持ちを新たに気合を入れると、宝箱から取り出せるアイテムを確認する。すると、今までは木製のみだった装備品に鉄の剣や鉄の槍、鉄の胸当てなど、鉄製の装備品が加わっていた。他にも素材や回復薬の種類も増えている。


「おおっ、鉄製の武器! これなら魔物との戦闘も少しは楽になるし、宝箱を見つけた冒険者も喜んでくれるはず!」


 冒険者にとって宝箱の中身が魅力的だと知れ渡れば、大勢の冒険者が恭一を探して迷宮に来てくれるだろう。そうすれば、必然的に宝箱のランクも上がっていくはずである。


「さて、次はどの階層に転移するのかな」


 恭一はわくわくしながら、まだ見ぬ宝箱ライフに思いを馳せるのであった。

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