舞台に至るは何者か

溝野重賀

いつだって役者はマトモでなく、劇は真剣で

 知っているか? 今女性が付き合ってはいけない3Bが4Bになっているって。

 3Bってのは美容師、バーテンダー、バンドマンを指していて、それと肩を並べるぐらい問題視されているのが、舞台俳優だ。

 役者の括りの一つが舞台俳優である。

 最近は2.5次元俳優が流行っているから、ストレートプレイよりミュージカルの俳優ってイメージが強いだろうか。

 歌って、踊れて、殺陣が出来たりすることが俳優に必要と思われている。

 でも忘れちゃいけない。舞台俳優なら『演技』ができなきゃならない。

 むしろ、演技さえ出来ればいいという考える人もいる。

 というか、最近の売れている業界は『演技』を蔑ろにしている節があるんだよなぁ。

 そもそも演劇というのはだな……っと、いけない。話が脱線しかけた。

 3Bが4Bになったという話だったな。

 ではなぜ舞台俳優と付き合ってはいけないのか。

 それを述べる前に、そもそも3Bの何が駄目なのかを話そう。

 まぁ、諸説あるのだが、例えば美容師は女性と接する機会が頻繁にあるからとかバーテンダーは昼夜逆転している生活だからとかバンドマンはお金がなく、ヒモ体質が多いからとか、それぞれが色々な理由も持つ。

 要は浮気の可能性が高かったり生活がすれ違って上手くいかない可能性が高かったりヒモになって金ばかり毟り取られたりする可能性が高かったりと、付き合うメリットがあまりなく、デメリットがデカいからだろう。

 また、共通点としてモテそうだからとかチャラいからとか考えられる。そういうイメージの職業たちということだ。

 では、その中に舞台俳優が加わったのが何故か。

 3Bの中で舞台俳優と似た扱いをされるのはバンドマンだろう。

 夢を追い、バイトに明け暮れるけど、金は自分の舞台(バンドマンはライブ)のチケット代でなくなる。生活も苦しくデートではいつも女性側がお金を払う。

 でも、夢追う姿に惹かれ、応援してる女性にも問題があるのかもしれない。……おっと話が変わりそうだ。もとに戻そう。

 付き合ってはいけない職業に舞台俳優が加わった理由。それには時代的な背景もあるのだろう。

 昔の舞台俳優はアングラな存在だった。一般的な人には見向きもされなかった。

 対して今は2.5次元俳優として、一般人向けのコンテンツが存在する。

 おいおい、2.5次元俳優はオタク向けだろ。って思うかもしれない。

 いや、待ってほしい。2.5次元俳優と言われてイケメンを想像しなかっただろうか。

 何を当たり前なことを、と言う気持ちも分かる。けど、それは重要なことなのだ。

 現に舞台やるから、あの人が役で出るから原作を知ろうと言う人もいる。

 ああ、太古のオタクである俺からすれば、最近はオタクと一般人の境界線がない。

 個人的な意見は置いておいて、話を進めよう。

 もし、2.5次元俳優=舞台俳優というイメージが一般人が持つのなら(そこまでいかなくても、舞台俳優と聞かれて、2.5次元のものを真っ先に思い浮かべたなら、それはすでにそうなのだろう)、4B として舞台俳優が挙げられるのは間違いだ。

 真に付き合ってはいけないのは舞台俳優ではなく、舞台俳優の一部、2.5次元俳優だ。

 Bでまとめたいから舞台俳優としているのか分からないが、俺はそう考える。

 だが、舞台俳優とネットで調べるとサジェスト(予測変換)にクズとか出てくるのも事実。

 舞台俳優がクズであることは事実なのでそれは否定できない。

 舞台俳優も問題はあるが、中でも2.5次元俳優とネットで調べると予測変換でクズの他に、炎上、事件、嫌いなど知名度が高いせいか、色々出てくる。

 そもそも、2.5次元の始まりは1974年に初演された宝○の『ベルサ○ユのばら』とされている。その後はバ○ダイミュージカルの『美少女戦士セー○ームーン』などがあり、今のイメージを決めたのは『○ニスの王子様』、通称『○ニミュ』であると言われている。

 歴史など重要ではないかもしれないが、こう見ると2.5次元俳優とは沼深いオタク文化と闇深い演劇業界が混ざった、最も関わってはいけない世界なのかもしれない。

 ここまで色々言ってきたが個人的には、4Bとして舞台俳優を入れたことは賛成である。

 顔が良いだけの性根の腐った俳優は山のようにいる。

 そうでなくても 俳優なんて職業を目指すやつは貧乏で社会的モラルが薄くて夢見がちである。

 女性が付き合う職業としては最悪であると断言しよう。

 されど、ここまで丁寧な警告をしても舞台俳優と付き合う女性は出てくるだろう。

 恋とは、盲目であり毒なのだから。




 ―――――――――――――――――――




「ふぅ……」


 俺は書き終わると、椅子に全身を預け脱力する。

 わずか2000字にも満たないコラムで、俺は精神力を擦り減らす。

 何かを書いた後、俺はほんの一瞬の達成感と悠久かと思えるほどの疲労感と虚無感に襲われる。

 だがその感覚が、俺が生きていることを認識させる。

 なんていう事無い、ただの生存確認である。

 少しの間、その余韻に浸る。

 そして現実が蠢き始めた頃、俺はたった今出来たこのクソみたいなコラムを依頼者に送った。

 机の上の置き時計に目をやると、21時半を回っていた。


「やべぇ、もうこんな時間か。なんも食ってねぇ」


 俺はデリバリーでも頼もうと、スマホの電源を入れる。

 するとスマホの画面に不在着信の文字が連投される。


「はぁ……」


 二度目のため息には疲労感しかなかった。

 夢から覚めたような気分だ。

 違うか、現実から覚めないのか。

 そんなことを思いながら、俺は折り返しの電話を入れる。


「テメェ! なんで電話でねぇーんだよ!」


 開幕の言葉がこれである。

 俺は耳からスマホを少し離しながら返答する。


「知ってんだろ。俺は仕事中、スマホの電源切ってんの」

「ああ、知ってるわ! でも知るか! 私からの電話は常に出られるようにしとけ! 呆け!」


 いや、知っているのか知らないのかどっちだよ……。

 マジこの女、理不尽すぎるだろ。


「で、何のようだよ、マオ」

「ああん!? 馬鹿かテメェは! 飲みの誘いだよ! 今から西船橋に来い!」


 え、何この斬新なツンデレ。

 怒りながら飲みの誘いするやつおる?


「いや、でも俺今疲れている……」

「知るか! チバクンで待ってるからな!」


 それだけ言うと、マオは電話を切った。


「マジかよ……」


 俺はそう言いながらも、椅子から立ち上がり外へ行く準備をする。

 行かなきゃいい話なんだが、人間関係そう簡単なものじゃない。

 分かるだろ?

 人間は社会的な動物なのだから。

 これもまた、俺が善く生きるために必要なことだ。

 難しいことはない。友人の誘いは無理のない範囲で行く。それだけの話だ。

 俺は外着に着替えると、スマホや財布、家の鍵などをポッケに突っ込み静かに家を出た。

 外に出ると、夜の住宅街の暗さの中に、月明かりといくつかの街頭が光っていた。

 部屋の中と違う静けさ、雰囲気が俺の脳を覚ましていく。

 自転車を漕ぎ、最寄り駅まで向かった。

 駅まで行く途中の飲食店、主に居酒屋に人が溢れかえってごった返していた。


(ああ、今日は花金か。それに25日後か)


 曜日感覚がないので忘れていたが今日は金曜日。普通の人は土日休みの前の一時として飲んだりする日。それに25日が給料日の企業が多く、25日後の花金は人一倍混んだりする。

 自転車を駐輪場に置き、駅へと歩く。

 駅の近くは、より人で溢れていた。


(嫌だねぇ。この光景)


 人の声、環境音、暗い空と対照的な明るい地上。

 ここは極楽浄土な汚い現世。

 人の笑顔のなんと醜いことか。

 酒に溺れ、俗にまみれ、愛に飢えている。 

 俺はそんなことを考えながら雑多な人の群れと避け、駅へと向かう。

 タイミングよく電車が来たので、待つことなく向かう。

 途中一度の乗り換えをし、すんなりと西船橋に着いた。

 ちなみに、先程マオが言っていたチバクンとは西船橋から徒歩2分のところにある居酒屋のことだ。

 チバクンは千葉県を中心(てかほとんど千葉県内にしかない)にチェーンしている居酒屋。アホなほどに量を盛ることを売りにしている。

 そんなことを言っている間に、チバクンに着く。

 俺は深呼吸をし、集中力を高めて店の中に入った。


「いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」


 店員が元気よく迎えてくれる。


「待ち合わせです」


 俺が短く言うと、店員は笑顔で「どうぞごゆっくりー」とだけ言い他の客の対応に向かった。

 俺は店内を歩き、マオを探した。

 そこまで広くないのですぐに見つかった。

 入り口から奥へ進み、左角のテーブルに彼女はいた。

 すでにテーブルの上には、枝豆やフライドポテト、たこわさなどが置かれていた。

 そして俺を待つかのように、大ジョッキの生ビールが2つあった(マオの近くの方は半分減っている)。


「おせーよ。はよ座れ」


 マオは枝豆を食べながら、言った。

 俺はマオの正面の席に座る。

 そして食べ物には手を付けず、置かれているジョッキを一気飲みした。


「……ふっは! すみませんー! ビールおかわりくださいー!」

「はい! 大ジョッキビールがおひとつですね!」

「お願いしまーす」


 近くの店員さんに声をかけると、即答でオーダーが通る。


「分かってんな」


 マオはそんな俺の様子を見て満足そうに笑う。

 漆黒の髪と狂暴そうな鋭い目つき、にやっと笑うと出てくる八重歯。

 美しいやかわいい系ではなく、かっこいい系に近い彼女。

 生まれ持った凶悪さとそんな見た目が相まって悪者くさい。


「いや、何もわからんわ。てか満足そうに笑うな」

「あん? 私がそう言ってんだからそうなんだよ」


 自分の主観こそが絶対と言わんばかりに断言するマオ。

 どこの独裁者だよ……。

 俺はフライドポテトに手を伸ばしながら聞いた。


「で、何のようだよ?」

「何言ってんだ。私がお前を呼ぶ理由なんて決まってんだろ」


 マオはこいつ何言ってんだ? って顔をしながら言う。

 まぁ、だいたい予想は付くけどさぁ。


「ってことはやっぱり――」

「失礼しまーす。大ジョッキビールでーす!」


 俺が言おうとすると店員がタイミング悪く来た。


「ありがとうございまーす」


 そういってビールを受けとる。

 キンキンに冷えたビールジョッキを持ち、胸の前に出す。

 マオもジョッキを前に構える。


「ま、とりま乾杯しようぜ」

「ああ」

「「乾杯」」


 そう言って俺たちはジョッキを鳴らす。

 そして二杯目のビールを半分ほど飲み干す。


「俺の芝居を手伝え、ケンジン」


 マオは直截簡明に言った。


「……」


 ああ、戯言が始まったよ。


「まだ面子は確定してないが、おおよそ目星はつけてる。それで詳細な日程をだな」

「待て、待て待て」

「ん? どうした。言っておくが台本はまだ出来てない」

「その前に、だ。俺はやるとは言ってない」


 俺がそう言うと、マオは不機嫌そうな顔になった。

 あーあ。面倒くさいことになったな。

 俺は心の中で呟く。

 けど言うしかないかったんだ。仕方ない。


「ほう、それはあれか? 金の話か。それともこないだの――」


「そういうんじゃねーよ。俺にだって生活はあるし、時間だって有限だ。それに俺らもう25だぞ。いつまでもお前の趣味に付き合ってられないって話だ」

「趣味……? ケンジン。テメェ俺の芝居を趣味だって言うのか」


 マオの周りに怒気が見える。

 それでも俺は構わず言う。


「ああ、趣味だな」

「テメェ! 上等だ! 俺の芝居に対する想いを、演劇の価値観を否定するってのか!!」

「なに勘違いしてんだ」


 威嚇するマオに対して、俺は冷静に説いていく。


「趣味かどうかってのは感情論じゃない。どれだけ熱意を持っているか、正しい認識でいるかなど関係ない」


 人の見方など残酷で、熱意や価値観などは結果を伴ってようやく評価されるものだ。

 甲子園に行った高校と行けなかった高校、どちらの方に熱意があったと思われやすいか。同じ高校生でも甲子園に行ったという結果が熱意というものとして評価されるときもあるだろう。

 死んでから評価された画家、その画家の価値観は死んだという結果によって高い評価にされていないだろうか。

 いや、それ以前の話をしないとなのだろう。


「そもそも、趣味の反対の言葉をお前は知っているのか?」

「本分とかか?」

「似て非なるもの、答えは仕事だよ」


 要するに、好き嫌いにかかわらず生活上の必要だから行っている物事ってことだ。


「では趣味と仕事その明確な境界線は何だと思う?」

「そんなものがあるのか? 趣味を仕事にしている人とか、仕事が趣味とか言っているやつなんて腐るほどいるだろ」

「ああ、いるな。けど簡単な話だ。仕事は何のためにする?」

「何のためって……そりゃ、金のためだろ」

「そう。金だ。もっと言えば仕事と言って赤字を出せば趣味と同じで、趣味と言って黒字の金を出せばそれはもう立派な仕事だ」


 俺は断言した。

 きっと仕事には金以外の価値があるというやつもいるだろう。

 だが、そんなものは副産物だ。

 仕事の本質は金であり、金にならない仕事は趣味だ。


「……つまり、赤字の仕事なんてやる価値がないってか」

「そうだな。一時の赤字なら考えてもいいが、演劇なんて年がら年中閑古鳥が鳴いているだろ」

「テメェいつからそんなこと言える立場になった。経営者気取りか」

「違ぇよ、学生気分が抜けただけだ」


 俺がそういうとマオは黙り、ビールを一気に飲んだ。

 飲み終わると、抑揚のない声で言う。


「……覚めたってことか」


 覚めた、か。

 そういう言い方が嫌いじゃない俺がいた。

 我ながら、阿呆だ。


「じゃあケンジン。テメェは演劇が嫌いか?」

「……」


 マオはそれに俺が答えないと確信していたのでだろう。俺の答えを待たずに続ける。


「大人は楽だ。できなかった理由、やらなかった根拠を千個述べて自分を騙せる。けどたった一つしかないを自分の感情に落とせる奴はそういない。ケンジン、テメェがいつ大人になったかは知らない。けど俺がやろうって誘ったなら二つ返事でやると言え。それがテメェだろ」


 俺の中に熱が膨張しだした。

 ああ、ダメだな。


「お前はすげぇな。必要なときに必要な言葉を澄まし顔で言いやがる」

「当たり前だ。俺は演出家だからな」

「ほざけ。まぁ、話だけは聞いてやるよ」


 俺がそういうと、マオは得意げに話し出す。

 滅茶苦茶な話。虚実を持って現実を化かす悪戯。

 何かに一矢報いるための徒労が始まった。

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