第28話 剣士として、人として
第二十八話 剣士として、人として
サイド 剣崎 蒼太
「二秒、もたせろ」
そう口を開いたのは、人斬り。
ほぼ同時に動き出す両陣営。何をするつもりかはわからない。だが、何かをする前に全ての人斬りを殺しつくす。
炎による速射。剣を振りぬき棒立ちになった人斬り達を焼き殺すために、炎を巨大な蛇の様にまとめて走らせる。
だが、当然あちらも簡単には殺させるつもりはないだろう。最初に魔瓦が迷宮を操り、地面から壁がはえて炎を防ごうとする。
こちらも左手を向けてその壁に干渉。強度を下げて炎を突破させる。
壁の先、大盾を構えた人形ども。更にその後ろに魔瓦が杖を掲げ、紫色の障壁を展開。捨て身で人斬りの盾となろうとする。
「このっ!」
炎の蛇がそれらを飲み込みに行く。人形どもは一秒ともたずに溶け落ちた。魔瓦の障壁も一秒ほどで焼け付き、砕けていく。
「おおおおおおおお!」
だが、その一秒を使って人斬り達を守る様に新たな壁が出来上がる。
その壁は所詮即席に作られた物。これもまた一秒もたずに溶け落ちた。しかし、それでも――ッ。
「待たせた」
壁が、人形が、魔瓦が、それらを盾として築いた二秒間。その結果が、今眼前にある。
鼠色の袴に、見覚えのない家紋の刻まれた黒の着物。そして白の陣羽織。手に持った刀は僅かにだが鍔の装飾が増えている。腰には簡素な小刀が挿されていた。
見た目の変化はその程度。魔力の総量も大して増えていない。第六感覚が、身体能力もそれほど上がっていない事を伝えてくる。数は一人に減ったが、それに見合った強化はされていない。
はず、だった。
だというのになんだ、これは。その大した変化はないと伝えている第六感覚が全力で、『危険』と叫んでいる。
何もさせるわけにはいかない。接近させてはいけない。今この場にいるのは自分と人斬りのみ。魔瓦は他の場所。人形どももそろそろ品切れのはず。
速攻で燃やす。蒼の炎を人斬り目掛けて差し向け、一歩も踏み出させる前に奴の姿を炎の中に取り込んだ。
火力、速度。ともに万全とは言えなくとも、金原やアバドンの様な規格外でもなければ転生者でも無事では済まない。
だが、だというのに、なんで。
「は?」
人斬りが、手が届きそうなほど近くにいる。蒼の炎はまるで彼女に道を開ける様に左右に広がり、刀を振り切った姿勢で目の前に奴が立つ。
混乱しながらも、距離を開けるために後ろへ跳ぶ。なんにせよ奴の得物は刀。火をまき散らすわけでも魔弾を放つわけでもない。
眼前に障壁を最大最硬展開。斬撃への対策をとる。
だが、何故自分は斬られている?何故奴は剣を振り上げている?
「がっ……!?」
わけがわからない。だが、事実は変わらない。袈裟懸けに斬られ、死んでいないのならまず死なない様にする。
すぐさま奴の踏みしめる床の強度を最低に。自重で崩れるほどに脆く。後ろに飛び退きながら、空を舞い散る自分の血に剣を触れさせる。賢者の石と同じ力を持つこの血は、極論魔力の塊。ならば刀身の炎を増幅させる事も容易い。
蒼炎が人斬りを包むのを見ながら、十メートルほど後ろに着地する。
……ああ、なるほど。ようやくわかった。
溶鉱炉並みの温度で人斬りを飲み込んだはずの炎が、彼女の周囲で散っていく。その答えは簡単だ。
『斬った』のだ。炎を。
馬鹿げている。ありえない。だが、そうであるなら説明がつく。炎は道を開けたのではなく切り開かれた。自分が傷を負ったのは彼女が斬りつけてきたから。
酷く単純で、明快な理由。
「化け物が……!」
魔瓦と互いにそう罵ったのが馬鹿らしくなってくる。真の怪物は目の前にいた。
「……私は、そうか。そう、なのか」
ぼそぼそと呟く人斬りを前に、自分はすぐさま左に向かって走り出した。壁に向かって直進し、両手を交差させて体当たりで壁を打ち砕き通路にでる。
広い平地でアレと戦うのは不利。身体能力の差で引き離し、少しでも刀の振りづらい場所に……!
「まあ、そうなるか……!」
自分の道を阻むように、通路上にいくつもの壁が現れる。強度を下げている時間すら煩わしい。剣を叩きつけて、雑木林を剣鉈で切り開くように進む。
背後から迫る気配。迷宮の感知能力を一部ジャック。刀を緩く握って追いかけてくる人斬りを認識。
壁を後ろに向かって砕き、壊す必要のない物も殴って後ろへの散弾にする。
まるで清流で流される木の葉が石を避けていくように、スルリスルリと数十の音速一歩手前で迫る瓦礫を避けていく。奴の背後で土煙と共に通路が崩落していくのを気にした様子もなく、肩に担ぐように刀を構えた。
「燃えろ!」
振り向きざまに、剣に蓄えた炎を放つ。通路全体を平らげながら進む蒼の竜。だがそれはたった一刀のもとに切り開かれ、道を滑る様に進む剣士を阻む事も出来ない。
だが、それでも僅かにだが『理屈』はわかった。予想程度でしかないが。
「おおっ……!」
振るわれた刀を、左の籠手で受ける事に成功する。やはりか……!
右手一本の力で振るった剣を横薙ぎに振るうと、人斬りが刀の柄頭でいなす様にしながら、自分から地面を蹴って隣の壁に跳んでいく。
魔瓦が咄嗟に壁を脆くさせたか、人斬りの体が壁向こうの部屋に消えていく。同時に、自分にも別の壁が迫り、その部屋へと押し込んでくる。
下手に踏ん張ればその隙に斬られる。迷うことなく自分からその部屋に跳び込んだ。
先の東京ドームほどもあった空間とは違い、三十畳ほどの広さ。普通の立ち合いであれば決して狭くはない空間。されど、自分達にとっては間合いのうちだ。
正眼で構える人斬りと、八双の構えで相対する。
少しだけ、わかってきた。奴の刀は戦装束の一部であり、固有異能どころか異能ですらない。構造自体はただの刀。斬撃に関してもこの世の理から外れたものではない。
こちらが瞬きをする瞬間。吸った空気を循環させる瞬間。筋肉に信号を送った瞬間。筋肉が体を動かそうとした瞬間。
鎧越しであってもこちらのそれらを読み取り、隙間を縫って斬りかかり、筋一本すらにも合わせて太刀を振るっている。
自分には、いいや現代を生きる剣士には正しく理解する事すら出来ない『剣聖』の境地。そこにこの人斬りは踏み込んでいる。
だがしかし、理の中の範囲であるならば、理をもって対処は可能。こちらの隙をつき、原子レベルで軌道を計算した斬撃を放つなら、少しでもずらしてやれば斬られはしない。『遊び』をもたせて斬られるかもしれないが、そこまで考えてはきりがない。
もちろん、それほどの対応を成すには自分の技量では不足しかない。だが、自分には異能がある。
「いざ」
この空間では、下手な炎は隙を増やすだけ。刀身に流し込んだ魔力は放出せずに留め、蒼い光が暗い室内を照らす。
魔瓦の介入はない。奴は遠くで、ひたすらこちらとの距離を開ける事に専念しているようだ。この戦いにこれ以上の支援は出来ないと踏んだか、横槍はないだろう。
まさか、これほどの剣士と剣での立ち合いをする事になるとは。きっとまっとうに剣の道を歩む方々には望外の奇跡なのかもしれない。自分の様な俗物には、悪夢でしかないが。
「尋常に」
何かを、どこかを見る様な目で人斬りが応える。少し意外だ。その声にはどこか昔を思い出しているような雰囲気さえある。
カタリと、突入した時にひび割れた部屋の天井から欠片が降ってくる。
「「勝負」」
欠片が落ちたのと同時に、両者踏み込む。滑るような相手に対し、こちらは地面を砕くつもりで力強く。だがその力は周囲へ伝わらせず、前へと進む推進力へと全て還元する。
単純な速度はこちらが上。超高熱の刃を、上段から振り下ろす。それをぶれる様に体をこちらから見て左にずらし、鎧の隙間である首へと人斬りが刀を振るってくる。
半歩、さがる。視覚を含めた五感の隙間を縫おうとも、第六の感覚は眼前のこいつを捕捉し続ける。
胸の鎧を切っ先がかすめる。下へと落ちた切っ先が戻るよりも速く、こちらが切り上げを放つ。狙うは奴の右腕。手首を切り落とす。
だが、それは逸らされる。クルリと手首だけを使って添える様に刀の切っ先が蒼黒の剣。その鍔にあてられたのだ。刀身に触れさせれば融けると踏んだか。
またも奴の横を素通りしていく刀身。まだこちらの攻撃は終わっていない。左肩から人斬りの体にぶつかっていく。ついでに草履を履いた足を踏み潰そうと、具足の踵で踏み込んでいく。
またも、姿勢を崩さないまま流れる様な動きで逃げられた。横合いから自分の右膝裏を狙ってくる白刃に対し、こちらはそれを無視して再度人斬りの右腕を落としにかかる。
足と腕。生え変わるこちらには破格のトレード。迷うことなく右足は捨てた。
退いたのは、当然人斬り。斬撃を中断し後ろへ一歩さがる。いいや、中断ではない。動きが自然すぎる。ここまで読んだうえで膝裏を狙ってきたか。
滑らかに正眼に戻るのと、そのまま淀みなく面が放たれたのが同時にしか思えない。第六感覚でさえそれなのだ。普通に斬り合えば気づいたら殺されている。
刀身では間に合わない。剣の柄で斬撃を受け止める。刀が柄の半ばで受け止められるや否や、刀が柄を滑り左手の指を狙ってくる。
すぐさま左手を柄から放す。指先に切っ先がぶつかり、僅かに刀が欠けた。
右手一本。手首一つを使い、蒼の剣を人斬りの首へと回す。当たれば勝てる。退かせれば追う。
「このっ」
人斬りの選択は、前進。膝を折り剣の下を潜り抜け、肘を曲げてコンパクトにまとめた目つぶしを、左手で放ってくる。
それに対し頭突きで迎撃。奴の爪を割り、骨を砕く。組打ちなら間違いなくこちらが有利。膂力、強度、体格。技量以外の全てが勝っているなら、密着した状態で勝てるのはこちらだ。
近づいた人斬りの脳天に右肘を落としにいく。それを奴は素早く柄頭を間に挟んで受けながら、こちらの腹に足を当ててくる。肘打ちの衝撃を余さず体の回転に変換。綺麗すぎる巴投げをしてくる。
だがただで投げられてやる気はない。左手を床につけ体を支えると、無防備に晒された奴の腹目掛けて爪先を振り下ろす。不安定な体勢でも、この膂力差ならば。
危険を察知して、人斬りが横に体を転がして避ける。爪先は奴の脇腹を掠め、着物を裂きながら僅かに皮膚を抉り肉を潰していく。
横回転する人斬りと縦回転する自分。両者体勢を立て直すなり、ほぼ同時に踏み込んだ。
引き絞る様に振りかぶったこちらの剣と、柄頭近くを右手一本で握り放たれたあちらの突き。速度に差があれど、それをひっくり返すだけのリーチと技量が奴にはあった。
だが、自分は侍になったつもりはない。卑怯の誹りを受けようと、負けるわけにはいかない。
刀身に纏わせていた蒼を、輝きとして放出。熱は無く、ただ眩しいだけのそれ。一言で言えばただの目くらまし。
一度使った手。人斬りは僅かに目を細めながらも、それでも突きに迷いはない。左の籠手で受けに行くが、まとめて貫かれて脳まで破壊される。
それが、万全の刀であったなら。
欠けた切っ先。歪んだ刀身。ひび割れた柄。ここまでの打ち合いで既に奴の剣は限界を迎えていた。
左の籠手とぶつかるなり、刀が半ばから折れる。衝撃で右手を捻る人斬りに、輝きを失った剣を突き込んでいく。
それでもなお、卓越した技量か。経験の差か。奴の左手は腰に挿した小刀に伸びていた。あれで切っ先を逸らされ、折れた刀でこちらを仕留めにくるか。
勝負はその瞬間。奴が折れた刀でこちらを殺すのと、俺が逸らされた剣で奴の胴を裂くのが先か。
「え?」
間の抜けた声をあげたのは、どちらだったのだろうか。
蒼黒の剣が、あっさりと人斬りの鳩尾を貫いた。奴の左手はまるで小刀が汚れるのを拒絶する様に覆い隠し、滴る血を手の甲で受け止めている。
ほぼ反射で、そのまま刀身に魔力を流し込む。何度も繰り返したその手順は滞りなく進み、蒼の炎が人斬りの体を包み込む。
人斬りは目を見開いて、今度こそ小刀を握った。だがそれは攻撃でも防御でもなく、『小刀を明後日の方向に投げる』という意味不明の行為。
燃え尽きる中、人斬りの視線は自分で投げた小刀にだけ向けられている。
「ごめん、ね……」
かすれる様に呟かれた言葉の真意はわからない。だが、事実は一つだけ。
近代史において間違いなく忘れられる事のない暗殺を繰り返した人斬りが、今死んだ。
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